過ぎ去っていく時間は、止まらないし止められない。
アンジールが遠征に出発してからの日々は、過ぎ去るのが早いのか遅いのか、ザックスには良く分からなかった。アンジールが置いていったトレーニングメニューをこなしつつ、モンスター駆除の任務や合同演習に出たりした。
アンジールが出発してから十日後。携帯にラザードからメールが入った。それは、アンジールからの手紙が届いた事を知らせる内容だった。
「ソルジャークラス2ndザックス・フェア、入ります」
滑らかにドアが開いた。ラザードがモニターから顔を上げた。
「ご苦労だね、ザックス。アンジールから話は聞いていると思うが、彼からの手紙だ」
ラザードが一通の封書をザックスに手渡した。良く見る社用の封筒には、宛名にザックスの名前が記されている。裏にはアンジールの名前。
「確かに受け取りました。有り難うございます」
ザックスは嬉しそうに封筒を見る。
「教育係のアンジールが不在で、君には何かと不便を掛けていると思うがすまないね」
「いえ、アンジールからトレーニングメニューなどは貰っているので、大丈夫です」
極秘任務なので、任務の状況やアンジールについてラザードに聞く事は出来なかった。ザックスは歯痒かったが、致し方ないので我慢した。ザックスのそんな様子を感じ取ったのか、ラザードがザックスにコーヒーを差し出しながら言った。
「安心したまえ。アンジールは元気だよ」
「えっ」
カップに口を付けかけて、その手を思わず止めた。ラザードがこちらを見ながら微笑んでいる。
「知っての通り、極秘任務なので詳細を君に話す事は出来ないが……彼から受けた通信だと順調のようだな」
「そうですか……良かった」
ザックスはほっとして、コーヒーを口に含んだ。気にならないと言えば嘘になる。情けない事に、いつだって彼の事が心配だった。でも、取り敢えず安心した。
「返信があるのなら、いつでも持ってきたまえ」
「はい」
空になったカップを返し、ザックスは一礼してソルジャー司令室を後にした。
* * *
逸る気持ちを抑えて、部屋へと急ぐ。ドアを開け、入ると同時に装備を解き、リビングのソファに座った。
改めて手紙を見る。見慣れた筆跡は、間違いなくアンジールのものだった。ペーパーナイフで封を切って、きちんと折られた便箋を取り出して広げる。ザックスは丁寧に手紙を読み始めた。
『変わりなく過ごしているか? こちらの詳細は書けないが、無事遠征先に到着して、順調なのでこの手紙を書いている。
体は平気か? 俺の背中には、お前が付けた爪跡がまだ残っている。随分派手に付けてくれたと、見る度に思う。あの夜はお前がいつも以上に愛しくて、俺は夢中でお前を抱いた。』
「もぅ……恥ずかしいっての」
ザックスは赤面しながら、思わず呟いた。でも、嬉しかった。思えば、こうしてアンジールから手紙を受け取るのは初めてだった。トレーニングや生活の事、少し説教じみた事まで書いてあって、それがとても彼らしかった。この世界のどこかで、自分の事を思いながらこうして手紙を綴ってくれている。それだけで、ザックスは心が穏やかに満ちるのを感じた。
便箋を捲る。もう手紙も文末だ。
『ピアスホールも随分落ち着いてきた。お前の碧は、今俺の耳で光ってくれている。有り難う。案外目立たないものだと思っていたら、この前同期の奴に指摘された。俺に「聞きたくても、誰も聞けない」だそうだ。思わず苦笑してしまった。
今後可能な限り、お前に手紙を送ろうと思う。お前が返事をくれたら、俺はとても嬉しい。手紙は大事に取っておいてくれ。そして、俺が帰ってから』
その一文を読みながら、ザックスは目を見張る。胸の奥が切ないのか嬉しいのか、分からない苦しさで一杯になる。喉の奥が、きゅっとした。文末にはアンジールのサインと「×××」。キスの印に、ザックスは便箋を胸に抱き締めた。その顔には幸せそうな笑みが溢れている。
「アンジール、大好きだ……」
ザックスは手紙を何度も読み返した。そして、すぐに返事を書いた。
『手紙、受け取ったよ。有り難う。俺、凄く嬉しかった。任務もお疲れ様。統括からも「順調のようだ」と聞いて、安心した。
傷、ごめんな。あんたの事だから、きっと回復マテリアは使っていないと思う。でも、無理しないで使えよ。自分で言うのも何だけど、結構酷く付けたと思うから……。』
ザックスは書きながら思い出して、その耳を赤くした。自分の体にも、まだアンジールが散らした花がうっすらと残っている。カップに入れたコーヒーを口にした。ミルクも砂糖も入れて、殆どカフェオレのそれはザックスの体を優しく温める。
『トレーニングの方は、バッチリだ。ちゃんとこなしてるから、安心して。帰ったら、また相手してくれよな。きっと驚くぜ。
それから、手紙は大事に取っておく。アンジールも、取っておいて。帰ってきたら……うん、楽しみにしてる。嬉しいよ』
文末に名前と「×××」とを記して、ペンを置いた。封筒に入れる前に、もう一度読み返す。一箇所誤字を見つけて、ぐりぐりとペンで塗りつぶし、横に書き直す。これを見て、きっとアンジールは「お前らしいな」と言いながら、笑うに違いない。ザックスは便箋を丁寧に封筒に入れた。
20150217