落花流水 13


 目的地である島、現時点では仮にこれを本島と呼ぶ事とする、その島の南西の対岸すぐ近くに小島があった。勿論無人島で、島は周囲およそ四キロ程で、砂浜と少しの森があるだけだった。本島と小島、ふたつの島の距離は大体八百メートル程だろうか。
 この周辺の海域は時期によってはとてもに強い海流が発生して、泳いで渡る事は非常に困難になる。幾つもの渦が生き物のように複雑にうねり、一度引き込まれたら海流が落ち着くまで海上に上がってくる事が出来ないという。
 アンジール達を乗せたヘリは、当初の予定では本島へと着陸する事になっていた。しかし、やむを得ず小島に着陸する事になったのである。事前の調査では、システムのトラブルが原因と見られる観測不能の状態に度々陥り、島の詳細な地理的データを収集する事が難しかったのである。結局原因は未だに良く分からないまま、所謂「現在鋭意調査中」のままで、各関係部署の面々は躍起になっているのであった。
 さて、本島の北側は海に面して切り立った崖がそびえ立ち、すべてを拒む、さながら天然の城壁のようであった。それが島の西側の岩場へと途切れなく続いている。当然、ヘリが着陸出来そうな平地がないのである。
 東側から南側にかけては、なだらかな砂浜で比較的平地であった。砂浜の一角に木で出来た簡素な造りの船らしきものが数隻見えたので、島の人々はその周辺を生活範囲としているようだった。しかし、彼らは他の島々と交流・交易は行っているとの報告は聞かない。島の中心部は鬱蒼と茂る森。島内での生活範囲は地理的な事を考えると、決して広くはないようであった。
 「現在のこの付近の海流は?」
 アンジールが仲間のひとりに声を掛ける。
 「今の時期は穏やかで、渦も発生していません。取り敢えず、全員着陸で大丈夫かと」
 「そうだな。では、このまま本島対岸の島へ」
 「了解」
 場合によっては、操縦士以外のメンバー全員と必要な物資をまず本島に降ろす事も考えたが、海流の状態が平常であるため、小島から本島へのゴムボートでの移動が可能と判断する。
 ヘリは穏やかに、問題なく小島へと着陸した。今回使用しているヘリは、本来は輸送用であるヘリに武装を施して、改良によって攻撃能力を取得した所謂「武装ヘリ」である。同軸反転ローター式で全長が短く、駐機に比較的場所を取らない利点がある一方で、機体全体の高さがあるため格納庫の天井を高くしなければならなかった。滑走路が不要で比較的何処にでも離着陸が可能であり、且つ空中でのホバリング、対地速度ゼロの状態を保てるヘリコプターは、やはり非常に便利である。攻撃能力はどうしても戦闘機には劣るが、その機動力の高さは他の追随を許さないので、神羅では各種ヘリコプターの開発に近年非常に力を注いでいる。
 「潮の匂いだな……」
 ヘリから降りたアンジールは、目の前に広がる太陽を反射してキラキラと光る海を見て、思わず目を細めた。空を見上げると、綺麗な青色が果てしなく広がっている。思わずザックスを思い出して、ひとり苦笑した。
 「やっぱり空気が違うな」
 他のメンバーも心地良く吹く風に、暫し移動で疲れた体を伸ばしながら海を見遣った。
 「まさに、『太古の森』ってところだな」
 アンジールに声を掛けたのは、同僚のグレーンだった。機内で遺書の話をした彼である。今回のメンバーの中では、アンジールと最も親しい間柄だった。
 「あぁ、その通りだな」
 上空から海鳥の鳴き声が聞こえてくる。ヘリが降り立った場所は、砂浜と草地の境目のようなところだった。ヘリはこのまま小島に駐機させて、ミッドガルとの通信拠点とする。活動の拠点となるメインのキャンプは対岸の本島に設営する予定だった。
 「よし」
 アンジールの掛け声にメンバーが集まる。
 「何も異常はないな。では、必要物資をゴムボートで本島に運ぶ。上陸地点は予め確認済みだ」
 本島の南東付近は、岩場と砂浜の混在する地点だった。要するに、東側からこの地点までが島民の生活範囲の南限ともいえる。アンジール達はこの境界より西側の比較的平坦な場所に、キャンプを設営する事にしていた。
 素早く物資をヘリから運び出して、ゴムボートに詰め込むと本島に運ぶ。
 「アンジール、俺はヘリに残っていた方がいいか?」
 メンバーのひとり、ヘリの操縦士を兼ねているバレルが、ゴムボートが海面に残した航跡を見つめているアンジールに声を掛ける。
 「あぁ、基本的にはそうして貰いたいが、お前には本島での活動でサポートとして付いて貰いたいとも思っている」
 「了解。ヘリに誰か残すなら、通信系統に長けたルーメンに任せたらいいと思うが」
 「そうだな、あとで本人に伝えておこう」
 「あと、やはり気になるのが……」
 バレルが僅かに眉間を寄せた。アンジールが先に言葉を紡ぐ。
 「通信の状況か?」
 「あぁ、どうも時折不安定になる。計器類を見ながらルーメンも気になると言っていた。こちらからならともかく、ミッドガルからの受信も先程一時的に途切れた」
 アンジールが僅かに目を見開く。バレルは本島を睨むようにしながら呟いた。
 「この周辺は少々厄介だぞ」
 「……そうだな、分かった。ではやはり、ルーメンにヘリに待機して貰って、通信・計器類の維持並びに俺達のトレースを頼もう」
 「了解。取り敢えず今は、特殊シールドを展開する」
 「頼んだ」
 ヘリはその機体に特殊シールドを展開した。一瞬砂嵐のようなものがヘリの周辺に走ったと思ったら、空間に細かいピースのような物が無数に現れてヘリを覆う。すると、忽ちヘリはその姿を消してしまった。これはヴァーチャル・システムの原理を応用したもので、対象となる物体の周囲に仮想空間を出現させてカモフラージュしてしまうというものだった。人体には危険且つ悪影響が生じるので、現時点で人への使用は認められていない。
 折り返し小島へ戻ってきたゴムボートに、アンジールとバレルも乗り込んで本島へと上陸した。訓練で慣れているので支障はないが、一般人ならそれなりにハードな岩場を登り、キャンプを張る地点へと辿り着く。
 岩場を登り切ったそこは、すぐに森が迫っていた。人の気配はない。時折、鳥や動物の鳴き声が辺りに響いて、絶え間ない波の音に溶け込む。潮の匂いと森の木々の匂いが混ざり合った空気は、密度が濃いようだった。島民が居住している場所の反対側部分にあたる。
 「周辺を見てくる」
 偵察に出ようとしたひとりに、アンジールが気付いて声を掛ける。
 「頼んだ。ただし、こちらからアクションを起こすなよ」
 「了解」
 「ルーメン」
 荷物チェックの手を止めて、ルーメンと呼ばれた男がスッと立ち上がる。物静かそうな雰囲気で、肩程の長さの髪の毛を後ろで無造作に束ねていた。
 「お前にはヘリに残って、通信・計器類の維持並びに俺達のトレースを頼みたい。通信系統に詳しいお前が適任だと、バレルからの助言だ」
 アンジールの言葉に、ルーメンが静かに笑った。
 「了解。こちらが整い次第、いつでも戻れるようにしておく」
 「頼んだ」
 アンジールは彼の肩をポンと叩いた。
 残りのメンバーで、その場に生えている樹木を上手く利用しながら、手早くキャンプを設営する。簡易型の通信機器などを設置して動作を確認し、ヘリから電波を自動発信させる。双方の送受信も特に問題ないと確認できたところで、偵察に出ていたメンバーが「特に異常なし」と言って戻ってきた。
 アンジールがメンバー全員を前にして、話し始める。
 「皆、今回の任務の内容を今一度確認しておく。第一は、科研が希望するモンスターの調査とそのサンプル採取だ。先の調査隊に甚大な被害が出たが、未だに科研はサンプルを入手したがっている。正直、皆の中にも複雑な思いがあると察するが……、ここはひとつよろしく頼む。第二に反神羅勢力の制圧、若しくは排除との命令が出ている。これについては最悪の場合も考えられるが、俺としては極力それは避けたいと思っている」
 脳裏に「最終コード発動」という言葉がよぎる。その場にいるメンバー全員も、同じ事を考えているようだった。
 「この島についての基本的なデータは、予め渡した資料と機内で行った説明の通りだ。島内での行動だが、こちらから島民に何らかのアクションはしない事。ゲリラグループと思しき者に遭遇した場合、ひとりでは追わない事。また、こちらから攻撃しない事。相手が所持している武器の類いは高が知れていると思われるが、詳細は不明なので注意するように。それから、」
 「破壊行為と殺生は極力行わない事!!」
 その場にいる全員が声を揃えて言ったので、アンジールは面食らったような表情をした。
 「アンジールが指揮官の時は、鉄則だからな」
 グレーンが片目を瞑りながら笑った。他のメンバーも頷く。アンジールは場に訪れた和やかな雰囲気に、ひとつ息をついて小さく笑った。
 今回の遠征メンバー選出にはアンジールも関わり、彼の意向が充分に反映されていた。各人の戦闘能力も勿論大切だが、アンジールは人柄及び性格を重視してメンバーを選出、打診している。彼らはアンジールと何度か任務を共にした者たちで、基本的に彼の遣り方や考え方、そして人柄を慕っている者たちだった。
 「あぁ、その通りだ。皆が良く理解していてくれて、助かる。至らないところもあると思うが、その際はバックアップを頼みたい。この調子で、遠征期間中よろしく頼む」
 「了解!!」
 アンジールは一人ひとりと握手を交わした。太陽は西に傾きかけている。海がオレンジ色に染まりかけて、穏やかに揺れていた。




 20121014