夕食はザックスが「俺が作る」と言って、メニューはチキンライスになった。例の如く、ケチャップの味が強く効いているに違いない。手伝おうとキッチンに入ると、ザックスが「俺がやるから良いの」と言って聞かない。アンジールは「何かあったら呼べよ」と言って、リビングに戻った。
この夕食が終わったら、暫くはアンジールと一緒に食事が出来ない。遠征中の食事は、酷くはないが良くもない。レーションも随分と味と種類に富んできたが、所詮携帯食に変わりはない。ザックスは、「思い出して食べたくなる」くらいのチキンライスを作ろうと、せっせと準備を進めた。
「出来たっと」
大きな皿に、炒め上がったチキンライスを盛る。丁寧に形を整えて、更にケチャップを掛けた。端っこに、うずら卵の水煮をふたつ添えてみたりした。寄り添うように並ぶ小さな卵に、ザックスはひとり満足そうに微笑んだ。
「お待たせ」
リビングのローテーブルに運ぶと、良い香りが一面に広がる。
「美味そうだな」
「美味いと思うよ」
ザックスが得意気になって、アンジールにスプーンを手渡した。
「相変わらず、ケチャップは沢山だな」
チキンライスを見ながら笑うアンジールに、「美味しいから問題なし」と言う。
「では、いただきます」
アンジールがスプーンでチキンライスを掬う。その様子を、ザックスは少し緊張しながら見つめた。
「どう?」
「あぁ、美味いぞ」
ザックスの顔に笑顔が溢れた。そして、アンジールの手からスプーンを取り去る。
「俺が……食べさせる」
チキンライスを乗せたスプーンを、アンジールの口元へ運ぶ。度々「美味い?」と聞いては、アンジールの返事に嬉しそうに微笑む。
「ほら、お前も食べろよ」
「うん」
口の中に広がる、ケチャップの味。大好きな味、大好きな時間、大好きな彼。
『バ、……カ』
喉の奥がきゅうっとして、目頭が熱くなった。おかしいんだ、俺。どうして、どうして泣きたくなるんだ? 泣くなよ。
急に俯いて無言になったザックスに、アンジールがその背をさする。
「大丈夫か?」
「……ん、平気。ちょっと喉に詰まった、ハハッ」
泣きたくなった気持ちを胸の奥に押し戻して、ザックスは笑顔で顔を上げた。「次はうずら卵も一緒な」と言いながらスプーンにチキンライスを乗せるザックスを、アンジールは切なげに見つめる。抱き締めたくなった。
「ごちそうさま。とても美味かった。ありがとな」
「うん。足りた? 少しならお代わりあるけど」
「いや、もう充分だ。美味かった」
ザックスが食べ終えた皿を運んでシンクに置く。そのまま冷蔵庫を開けて、中を覗いた。
「あのな、デザートは? プリンだけど……」
「今はもう入らないな。後で貰おうかな」
ザックスは「そっか」と呟いて、冷蔵庫のドアをぱたんと閉めた。
「アンジール」
「何だ?」
「じゃあ、コーヒーは? お湯沸かそっか」
「んー……いや、大丈夫だ」
「うん……」
ザックスは手にしかけたケトルを、そのまま静かにガス台の上に戻した。
えっと、じゃあ他には……。
キッチンでひとり立ち尽くすザックスを見て、アンジールは小さく笑った。
『全くお前は……』
「ザックス」
「なっ、何?」
名前を呼ばれて、何故か酷く驚いてしまった。ビクリと動いた体が、何だか恨めしい。
アンジールがリビングのソファに座ったまま、こちらを向いている。
「ザックス」
「…………」
「こっち来い」
ザックスはキッチンに立ち尽くしたままだった。呼ばれているのに、行きたくない。もう少し……、あともう少しだけ、楽しい夕食の時間を何とか続けたいのだ。ザックスは拳をぎゅっと握り締めた。
「ザックス」
少し強めに自分を呼んだ声に、ザックスは顔を上げた。アンジールと目が合う。彼が困ったように笑った。
「おいで」
「あ……」
自分をそっと手招く。ザックスはゆっくりと、リビングのソファまで移動した。アンジールの前に立つと、すぐに抱き締められた。
「もう、何もしなくて良いから……側にいてくれ」
「アンジール……」
ザックスはアンジールを跨いでソファに上がると、彼の首筋に腕を回してしがみ付いた。ぎゅっとしがみ付くと、背に回された腕が自分を力強く抱き締める。暫し無言で、ふたりは抱き締め合った。
20110522