落花流水 09


 夕食はザックスが「俺が作る」と言って、メニューはチキンライスになった。例の如く、ケチャップの味が強く効いているに違いない。手伝おうとキッチンに入ると、ザックスが「俺がやるから良いの」と言って聞かない。アンジールは「何かあったら呼べよ」と言って、リビングに戻った。
 この夕食が終わったら、暫くはアンジールと一緒に食事が出来ない。遠征中の食事は、酷くはないが良くもない。レーションも随分と味と種類に富んできたが、所詮携帯食に変わりはない。ザックスは、「思い出して食べたくなる」くらいのチキンライスを作ろうと、せっせと準備を進めた。
 「出来たっと」
 大きな皿に、炒め上がったチキンライスを盛る。丁寧に形を整えて、更にケチャップを掛けた。端っこに、うずら卵の水煮をふたつ添えてみたりした。寄り添うように並ぶ小さな卵に、ザックスはひとり満足そうに微笑んだ。
 「お待たせ」
 リビングのローテーブルに運ぶと、良い香りが一面に広がる。
 「美味そうだな」
 「美味いと思うよ」
 ザックスが得意気になって、アンジールにスプーンを手渡した。
 「相変わらず、ケチャップは沢山だな」
 チキンライスを見ながら笑うアンジールに、「美味しいから問題なし」と言う。
 「では、いただきます」
 アンジールがスプーンでチキンライスを掬う。その様子を、ザックスは少し緊張しながら見つめた。
 「どう?」
 「あぁ、美味いぞ」
 ザックスの顔に笑顔が溢れた。そして、アンジールの手からスプーンを取り去る。
 「俺が……食べさせる」
 チキンライスを乗せたスプーンを、アンジールの口元へ運ぶ。度々「美味い?」と聞いては、アンジールの返事に嬉しそうに微笑む。
 「ほら、お前も食べろよ」
 「うん」
 口の中に広がる、ケチャップの味。大好きな味、大好きな時間、大好きな彼。
 『バ、……カ』
 喉の奥がきゅうっとして、目頭が熱くなった。おかしいんだ、俺。どうして、どうして泣きたくなるんだ? 泣くなよ。
 急に俯いて無言になったザックスに、アンジールがその背をさする。
 「大丈夫か?」
 「……ん、平気。ちょっと喉に詰まった、ハハッ」
 泣きたくなった気持ちを胸の奥に押し戻して、ザックスは笑顔で顔を上げた。「次はうずら卵も一緒な」と言いながらスプーンにチキンライスを乗せるザックスを、アンジールは切なげに見つめる。抱き締めたくなった。
 「ごちそうさま。とても美味かった。ありがとな」
 「うん。足りた? 少しならお代わりあるけど」
 「いや、もう充分だ。美味かった」
 ザックスが食べ終えた皿を運んでシンクに置く。そのまま冷蔵庫を開けて、中を覗いた。
 「あのな、デザートは? プリンだけど……」
 「今はもう入らないな。後で貰おうかな」
 ザックスは「そっか」と呟いて、冷蔵庫のドアをぱたんと閉めた。
 「アンジール」
 「何だ?」
 「じゃあ、コーヒーは? お湯沸かそっか」
 「んー……いや、大丈夫だ」
 「うん……」
 ザックスは手にしかけたケトルを、そのまま静かにガス台の上に戻した。
 えっと、じゃあ他には……。
 キッチンでひとり立ち尽くすザックスを見て、アンジールは小さく笑った。
 『全くお前は……』
 「ザックス」
 「なっ、何?」
 名前を呼ばれて、何故か酷く驚いてしまった。ビクリと動いた体が、何だか恨めしい。
 アンジールがリビングのソファに座ったまま、こちらを向いている。
 「ザックス」
 「…………」
 「こっち来い」
 ザックスはキッチンに立ち尽くしたままだった。呼ばれているのに、行きたくない。もう少し……、あともう少しだけ、楽しい夕食の時間を何とか続けたいのだ。ザックスは拳をぎゅっと握り締めた。
 「ザックス」
 少し強めに自分を呼んだ声に、ザックスは顔を上げた。アンジールと目が合う。彼が困ったように笑った。
 「おいで」
 「あ……」
 自分をそっと手招く。ザックスはゆっくりと、リビングのソファまで移動した。アンジールの前に立つと、すぐに抱き締められた。
 「もう、何もしなくて良いから……側にいてくれ」
 「アンジール……」
 ザックスはアンジールを跨いでソファに上がると、彼の首筋に腕を回してしがみ付いた。ぎゅっとしがみ付くと、背に回された腕が自分を力強く抱き締める。暫し無言で、ふたりは抱き締め合った。




 20110522