どうして一日は二十四時間なんだ。
明け方近くに、ふと目を覚ましたザックスは、隣で眠るアンジールを見つめながら唐突に思った。
遠征は、もう明日だった。
* * *
「……準備は各セッション、既に完了したな。それから、各自に今回の遠征用の携帯電話は行き届いているな? 何か質問があれば受け付ける」
アンジールが室内を見渡す。そこには今回の遠征に赴く1st達が集められていた。暫し待つが、特に声は上がらない。
「良し。では、集合は明日の〇七〇〇、第一ヘリポートだ。最終確認は同一五、出発は同二〇。速やかに、宜しく頼む。以上を以て、本日は解散」
「はっ」
張り詰めた空気を残しつつ、会議室から各々が散っていった。アンジールが息を付きながら、腕時計を見遣る。
「十五時過ぎ……か」
アンジールは静かに会議室の扉を閉めた。
* * *
「ザックス!!」
「あれ?! アンジール?」
掛けられた声に、スクワットの動きを止める。トレーニングルームのドアを開けて、アンジールが入ってきた。
「どうしたの?」
「俺は、今日はもう上がりだ。でも時間的にまだ早いし、久し振りに相手をしようかと思ってな」
背中の剣に手を掛ける。
「マジで?! やった!!」
ザックスには全く予想外の事だったので、嬉しさの余り飛び上がらんばかりの勢いだ。
「この時間帯、お前が利用予約入れてるのか?」
「うん、今日はね」
「そうか。ではどうする? ヴァーチャル・システムを起動するか?」
「んー……、うん、そうする」
「ステージは?」
「南国希望!! あと、ターゲットはいらない」
端末を操作するアンジールに、ザックスが笑う。
「お前、本当に好きだな。……っと、これで良し」
システム起動のアナウンスと共に、ブンとディスクが回転するような低い音が響く。パラパラとピースが空中を舞い、無機質だった空間があっという間に、緑生い茂る南国の風景に変化した。何もかもをリアルに再現するので、体感温度さえも蒸し暑い南国そのままだ。
「さて。ターゲットがいらないという事は……」
目の前のザックスを見据えながら、アンジールが剣の柄を握り直した。
「あぁ、その通り」
ザックスも背中から剣を抜くと、その切っ先を見つめながら力強く笑った。
体を動かすのは大好きだ。トレーニングも好きだ。でも、こうしてアンジールに相手をしてもらうのが、何より一番大好きだ。
ほら、周りは緑の香り立ち籠める南国。鳥の鳴き声、波の音、風が吹く度に木々の葉が揺れて音を立てる。少し蒸し暑いけれど、慣れ親しんだ季候だから問題なし。俺らしいだろ? 大好きだ、この感じ。そして、目の前のあんたも、誰より何より大好きだ。
『良い目だ』
アンジールは目の前のザックスをじっと見つめる。楽しくて仕方ないのを、全身から発している彼が愛しくて堪らない。
戦闘時の精神的な興奮は、性的なそれにも似ている。本能のままに体を動かして、何度も何度もぶつかり合う。沸き起こる感情、高鳴る鼓動に、上昇する体温。普段の姿とはまるで異なる、荒々しくも透明で綺麗な強さを纏う彼。剣を振るう姿は、瑞々しさに溢れ眩しくて美しい。流れる汗も、舞う髪の毛も、柄を握る指先も、自分だけに向けられていると思うと、こんなにも激しく興奮する。
さぁ、交わろう。
「ザックス、来いっ!!」
刹那。その唇の端を上げて、ザックスは目の前のアンジールに向かって駆け出した。
* * *
ちゃぷん。
静かな水音が響く。ぬるめの温度がとても心地良い。
トレーニングルームから部屋に戻ったふたりは、真っ先に風呂に入った。ヴァーチャル・システムを利用したトレーニングは、かなり充実した内容となり、時間が来て終了した後もザックスは、暫くその場に立ち尽くしてしまった程だ。体中を駆け巡る興奮の渦に飲み込まれそうで、鎮めるのに精一杯だったのだ。トレーニングルームを後にして、ガシャンと剣の音を立てながら足早に部屋に向かう。お互いが己の熱を鎮めるべく、ふたり共に無言だった。ドアのロックを解除して、部屋に入りドアを閉めた瞬間。どちらからともなく腕を伸ばして、深く口づけた。貪るようなそれは、濃厚で熱い。ひとしきり口づけて、漸くお互いの唇を離す。ふと顔を見合わると、アンジールとザックスは声を上げて笑い合い、抱き合った。
「痛むか?」
アンジールの言葉に、心地良さに瞼を閉じていたザックスが首を横に振った。
「平気」
アンジールはザックスの右腕に付いた傷に、そっと触れた。アンジールの一振りを避けきれずに、剣先が掠めてしまったのだ。
ちゃぷん。
バスタブに向かい合うように入りながら、無言で湯に浸かる。静かで、穏やかな時間が流れる。ザックスが湯桶を手にして、アンジールの頭に静かに湯を注いだ。貼り付いた髪の毛を、丁寧に掻き上げる。不意に手首を掴まれて、掌に口づけられた。ザックスは目を細めた。
今度はアンジールが、同様にしてザックスの頭に湯を注いだ。額の髪の毛を掻き上げてやると、ザックスがその碧い瞳を瞬かせる。瞳にゆらゆらと揺れる水面が映り、柔らかく光った。
『俺の負けだな』
アンジールはザックスの唇に、自分のそれを優しく重ねた。
20110305