「暑ぃ……」
空調で管理されているビル内は気にならないが、季節は夏真っ盛りだ。外に出ると、日差しが痛いくらいに肌に突き刺さる。南国の季候には慣れているものの、都会の暑さは熱気が籠もって半端ない気がする。
仕事が早上がりのザックスは、一度着替えてから買い物に出た。外は昼間の暑さを充分に残していて、空気が熱い。
「使い切ったからカレールーと、それからジャガイモ……」
手元のメモを確認しながら、手際良く買い物を済ませる。最後に缶ビールを二本。部屋に戻ったら、すぐに冷蔵庫で冷やしておけば、アンジールが戻る頃には程良く冷えている筈。
膨らんだ買い物袋を下げながら、通りを歩く。こめかみに、汗が流れるのが分かった。少しだけこそばゆい。
「そこのお兄さん」
ふと声を掛けられる。足を止めて声がした方を向くと、道端でアクセサリーを売っている女性が手招きをしている。目鼻立ちがハッキリとして、少し派手目のメイクと複雑に編み込んだ髪の毛が良く似合う。正直早く帰りたかったが、人懐っこい笑顔で手を招かれると何となく無視出来ない雰囲気だった。ザックスが近くに歩み寄る。
「格好良かったから、つい。どう、彼女に如何?」
テーブルの上に広げられた、沢山のアクセサリーを見せる。ネックレスに指輪にピアス……キラキラと色とりどりのそれらは、見ていて眩しいくらいだ。
「嬉しいけれど、あいにく相手がいないんでね。残念」
「あーら……勿体ない。へぇ、素敵なの着けてるわね」
女性がザックスの左耳に着けられているピアスを指差した。
「これ? さすがに分かるね! 良いだろ、結構奮発したぜ」
ソルジャーになってから貰った初めての給料で、自分自身に買ったピアス。自分の瞳の色と同じ碧を探して、あちこち歩き回った思い出がある。ザックスには、アクセサリーは見た目はともかく、直感で「良い」と思ったものを買うという信念があった。例え安物でも、そういうことは関係なしだ。
「綺麗な碧ね。良い石だわ」
「だろ? 俺の瞳と同じ色だ」
ザックスの言葉に、女性が驚く。そして、まじまじとザックスの顔を覗き込んだ。そこには、碧く輝く魔晄の瞳。
「お兄さん、ソルジャー?」
「おうよ」
ザックスが自信たっぷりに頷くと、女性は楽しそうにケラケラ笑い出した。
「何がそんなに可笑しいんだよ」
「えっ?! あら、ごめんなさい。こんなに気さくな人がソルジャーだなんて、ちょっとビックリしちゃって。ソルジャーって、もっと怖い人なのかと思っていたから」
「あー……まぁ、そう思うのも分かる気がする。まー、俺は俺だ。ソルジャーも色々いるのよ」
ザックスもケラケラと笑った。ふと、手に提げた荷物の重さが気になった。
「っと……悪ぃ、そろそろ行くわ」
「ちょっと待って。これ、あげるわ」
「え? 良いのか」
女性が差し出したのは、全体的に碧い石で装飾が施されたヘアクリップだった。
「えぇ、なかなか楽しい気持ちになれたから、ぜひ。あなたの瞳の色に合うでしょ? このクリップで、その暑そうな前髪、留めてね」
「え? あぁ、助かる! 最近マジ暑いもんな。サンキュ」
女性に手を振られながら、ザックスは部屋への道を急いだ。随分と日が傾いても、まだまだ暑さだけが気怠げに漂っていた。
* * *
「…………」
自分を迎えに廊下に出てきたザックスを見て、アンジールは暫し無言になった。
「お帰りー、お疲れ様。……って、あれ、どうかした?」
いつもならキスをしてくれるのに、今日のアンジールは剣を立て掛けながらも、その場に突っ立ったままだ。
「いや、その、頭のそれ」
「あっ!!」
ザックスは思わず頭に手を遣る。そこには買い物帰りに貰ったヘアクリップが、ザックスの前髪を留めていた。有り難く貰ったものの、ちょっとデザインが如何にも女性っぽいかなと思いつつ、暑いから使ってみたら思いの外、額が涼しくて良かったのだ。
リビングに移動しながら、ザックスはしどろもどろに話す。
「いや、買い物の帰りにさ……、アクセサリー売ってる女性がくれたんだ。その前髪、暑そうだから留めろって……」
アンジールが小さく笑いながら、ザックスの手を退けさせる。碧い石が幾つも付いた、少し派手目のヘアクリップ。
「良かったじゃないか。似合うぞ」
「本当?! って、これどうみても女性物だろ……」
ザックスが俯く。頭が動いた時に、ヘアクリップに付いた石がキラリと光を反射した。ほら、そういう仕種が可愛いんだ、お前は。
「見立てが良いな。お前の瞳の色と似ている石だ」
「だろ? そうなんだよなー」
笑うザックスの頭から、アンジールがおもむろにヘアクリップを外す。ひとつに纏めて留められていた前髪をグシャグシャと掻き混ぜて、額に散らす。そのままゆっくりと前髪を掻き上げて、アンジールは現れた額に口づけた。
「あ……えっと」
どうして良いのか分からないザックスを尻目に、アンジールが前髪をひとつに纏めて再びヘアクリップで留めた。そっと唇を額に寄せて、触れた。
「ただいま、ザックス」
「えっ、うん……お帰りなさい」
その場でふたりは、ギュッと抱き締め合った。
* * *
遅めの夕食を共に終えて、一日の汗を流し、寝室を整え終えた時。
「ザックス、ちょっと来い」
「何?」
ベッドに座ったアンジールの手には、重要文書輸送用のボックスがあった。隣に座ったザックスが、それをじっと見つめる。
「これ、何か分かるか?」
「うーん……結構、頑丈そうだよな」
手からボックスを受け取ったザックスが、重さを確かめるように持って、コンコンと軽く叩いてみたりする。
「重要文書輸送用のボックスだ。良いか、俺が遠征に出ている間の、お前のトレーニングメニュー等は渡していく。しかし、お前の状況も把握したいし、それによって適宜メニュー変更の指示も出したい。しかし、今回の遠征では、携帯でお前と直接連絡を取る事が出来ない」
「そうなの?」
「あぁ、通常使っている個人の携帯は持参不可だからな。だから、お前に手紙を送る。お前への手紙を、重要文書と共に輸送に乗せる事にした。このボックスを使ってだ。ただし、お前が直接このボックスを操作する事はない。このボックスは俺とラザードの間を往復するから、俺からお前への手紙がある時は、ラザードからお前に連絡が行く。そしたら司令室に手紙を受け取りに行ってくれ」
「うん、分かった」
「逆に、お前から俺に手紙がある場合は、司令室に持って行ってくれ。ラザードに渡せば良い。既にこの件については了解を得ているから、何も問題はない。しかし、」
「分かってる。他言はしない」
「良し」
アンジールはザックスの頭をガシガシと撫でた。ザックスの中で、アンジールの遠征が酷く現実味を帯びてきた。もう数日後の事なのに、何だかもっとずっと先のような気がしていたのだ。意識しないようにしていた訳ではないけれど、何処かで無意識に考えないようにしていたのかもしれない。
黙り込んだザックスの胸中を察してか、アンジールは優しく彼の頭を撫でると、ベッドの中へ入るようにブランケットを上げた。
「今日はモンスターの駆除へ行ったらしいな」
「あぁ。楽勝!! でも、場所が嫌だったなぁ」
ザックスが思い出したのか、嫌そうな顔をした。アンジールがクスリと笑う。
「差し詰め、砂漠か沼地……そんなところか?」
「うー……、当たり。沼地。夏の沼地って最悪だよなっ!! もー凄ぇ蒸し暑いの。足元ぬかるんでるしさぁ」
モンスターの強さは大した事はなかったが、一緒に行った2ndのひとりが、ぬかるみに足を取られてバランスを崩した。たまたま隣にいた自分に咄嗟に掴まってきて、危うく自分も沼地へ転がり込むところだったのだ。
「炎天下で泥パックだなんて、ごめんだっての。なぁ?!」
ザックスは頬を膨らます。膨らんだ頬を、アンジールの指先が突く。
「肌がツルツルになったかもしれないのに」
楽しそうに言いながら、アンジールがザックスの首筋を撫で上げた。思わず背筋がゾワリとする。
「なぁ……」
首筋の肌触りを楽しむアンジールを、ザックスがそっと呼ぶ。
「ん? 何だ」
あぁ、ほら、耳がほんのりと朱いぞ。そんなに恥ずかしがらなくても良いのにな。
アンジールがザックスの指先に、自分のそれを絡ませた。ザックスが嬉しそうに微笑む。彼は手を繋ぐのが好きなのだ。
「あの……」
「どうした、ほら……ん?」
前髪を払って、額に額をコツンと付ける。鼻先が触れ合って、僅かにこそばゆい。ザックスが、小さくそっと囁いた。
「ちょっとだけ……しよ?」
言ってから恥ずかしくなったのか、頬を赤らめてきゅっと瞼を閉じる。
「ちょっとだけ?」
「う、ん……ちょっとだけ。あ、明日も仕事、あるし……アンジールも疲れてるだろうし」
瞼を閉じながら言うザックスの顔を、両手で包み込んだ。するとザックスがふわりと目を開けて、恥ずかしげに、でも真っ直ぐに見つめてくる。
「じゃあ、ちょっとだけ、な」
瞼に頬に、啄むようなキスを何度も落とした。ザックスがくすぐったそうに、目を細める。その耳元で「可愛いな」と囁くと、「ん」と鼻に掛かった声を上げてアンジールのシャツを掴んだ。いつもなら、「可愛いって言うな」と怒るのに。
「んっ……ちょっとだ、け……ふあっ」
敏感な箇所を触れられて、体全体がきゅんとした。肌を撫でる掌の感触が心地良い。いつも以上に「可愛い」と言う彼の言葉が、今日は何だか素直に嬉しい。アンジールの指先の動きにゆるゆると体温を上げられて、ザックスはその熱を移すかのように、彼の体にぎゅっと抱き付いた。何度も「ちょっとだけ」と言うザックスに、アンジールは「分かった分かった」と言いながら優しく笑った。
20101230