落花流水 04


 「なぁ……」
 見慣れた天井を見つめながら、ザックスはアンジールに声を掛ける。自分の胸元に顔を埋めるアンジールが、「ん?」と目線だけ上げた。既にみぞおちの辺りは何度も舌を這わされて、彼の唾液で光っている。
 「昼間の呼び出し……何かあった、の?」
 ザックスがアンジールの頭を抱えるようにしながら、吐息混じりに尋ねた。
 「…………」
 「アンジー、ル……?」
 返事がない事を訝しげに思い、少しだけ頭を上げる。胸の上で、ふたりの視線が交差した。僅かに見つめ合うと、アンジールが少しだけ唇の端を持ち上げた。
 「余裕だな」
 「えっ」
 「……その余裕、なくしたい」
 言うと同時に、胸の色付きを指先で甘く弾いた。ザックスの息を飲む音が聞こえる。指先で強弱を付けて刺激を与えると、いやらしく色付いて僅かに腫れ上がる。そっと口づけて唇で挟むようにすると、ザックスが鼻に掛かった嬌声を上げた。
 「あぁっ……、んっ」
 ザックスが振った問い掛けを曖昧にするように、アンジールは彼を甘くて淫らな快楽に引き摺り込む。刺激を与える度に体を捩るザックスの耳元に、唇を寄せて囁いた。
 「いやらしいな、お前のここ」
 「やっ、そん……な……、ぁ」
 今はこの腕の中の、愛しくて堪らない彼だけを感じていたい。アンジールは自分の体の昂ぶりを感じながら、ザックスの体を愛撫し続けた。

 * * *

 こめかみから、そっと指を差し入れて髪の毛を梳く。静かに、優しく。
 情事の後の気怠い空気が寝室に漂う。それは決して嫌なものではなく、ふたりにとってはある意味至福のものだった。アンジールは片肘を突きながら、ザックスの髪の毛を梳き続ける。さらりとした感触が掌に心地良くて、そういえば飽く事なくずっとこうしている気がする。
 「……ん」
 ザックスがその瞼を、ゆるゆると持ち上げた。何処か浮遊感の漂う、とろんとした瞳で目の前のアンジールを見つめる。髪の毛を梳いていた手で目元を撫でて、そのまま頬に滑らせる。ザックスが嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。
 「俺の髪の毛……気持ち良い?」
 「あぁ。髪の毛も何もかも全部、気持ち良い」
 「なっ……また、ッ」
 何か言い掛けたザックスの唇を、アンジールは自身のそれで塞いだ。案外、恥ずかしがり屋なのは、もうとっくに知ってる。照れ隠しに、あれこれ言うのも勿論知ってる。そういう部分が可愛いんだ、全く。
 「ザックス」
 キスを解いて、アンジールがおもむろに抱き締める。優しく、とても優しく。ザックスは、その胸に頬を寄せた。
 「何?」
 「……遠征が決まった」
 「そうなの? 昼間の呼び出しって、それだったのか?」
 「あぁ」
 ザックスがアンジールの胸元から顔を上げた。
 「俺は?」
 「お前はメンバーに入っていない」
 「どうしてっ」
 「今回は極秘任務だ。さすがにお前でも、詳細を話す訳にはいかない。すまない」
 「…………」
 何か言いたげな眼差しで、ザックスはアンジールを見つめた。
 噂では聞いた事がある。極まれに、1stだけで部隊が構成される事があると。3rdはともかく、上位の2ndでさえ後方支援にも配属されない。1stのみの少数精鋭、それは同時にかなり危険度が高い任務である事を示している。それは「極秘任務」として、まことしやかに3rdや2ndの間で噂として定着していたが、よもや本当に起こるなんてザックスには予想外だった。
 しかし、いつ何時、何が起こってもおかしくないのだ。この世の中は。
 ザックスが、先程まで纏っていた艶やかな雰囲気を脱ぎ捨てて、ソルジャーの真剣な目でアンジールに問うた。
 「可能な範囲で構わない……概要を話して」
 「遠征期間は、最低でも三ヶ月程かと。ラザードの話によると、指揮官は俺だ。部隊構成は、後方支援等含めても1stのみ」
 「……出発は」
 「今日から五日後だ……」
 「そっか。……了解」
 室内が、しんと静まり返る。この沈黙をどうして良いのか、ザックスには何だか良く分からなかった。アンジールの急な遠征に、自分は動揺しているのだろうか。しかし、自分だって2ndと言えどもソルジャーである事に変わりはない。たかが遠征でこんな気持ちになる、今の自分が嫌だった。それに今までもアンジール、若しくは自分が遠征に出る事なんて何度もあった筈なのに。
 しかしザックスの脳裏に、「極秘任務」の四文字がよぎる。ランク最上級の任務は、同時に危険度も最上級。
 知らず知らずのうちに、ザックスは眉を顰めていた。それを見たアンジールが、指先で眉間を小さく弾いた。
 「ほら、何て顔してるんだ」
 「あぁ……ごめん。いや……ちょっと驚いただけ。急だし」
 「そうだな。すまない」
 「謝るなよ、仕事だろ、仕事」
 「あぁ、そうだな」
 再び、室内が静まり返る。お互いが話す機会を伺っているような、奇妙な時間だけが過ぎる。ザックスはこの胸の奥に突如現れて渦巻いている、良く分からない気持ちの正体を探ろうとする。でも、それは曖昧に現れては消えて、掴めない。
 「ザックス、どうした?」
 苦しそうな表情のザックスに、アンジールはさすがに心配になった。俯き気味の顔に手を寄せて、そっと上向かせる。お互いの瞳の奥を覗き込んだ瞬間、ザックスは唐突に理解した。その唇から、ぽろりと言葉が零れた。
 「三ヶ月もいないなんて、初めてだ……」
 アンジールが自分の教育係に就いてから、そして深い関係になってから、その殆どの時間を共有してきた。それぞれが遠征に行っても、それは長くてせいぜい一ヶ月程だった。今までのそれは本当にたまたまだったのだろうが、お互いがそれ以上離れて過ごした事は今までなかったのだ。
 「そう言えば、そうだな……。寂しい、か?」
 アンジールが、少し困ったような表情で言った。俺、アンジールを困らせているのか? それだけは嫌だった。アンジールにとっては重要な仕事だ、出来るだけ気持ち良く送り出してあげたい。
 「んー、ちょっと、な……。でも平気、アンジールが留守中も、ちゃんと自主トレするぜ?」
 ちょっと頑張って浮かべたような笑顔のザックスの頭を、アンジールはおもむろにガシガシと撫でた。そして、ぎゅっと自分の胸に抱き寄せる。
 「ちょっ……苦し……っ」
 「少し我慢だ」
 「はぁ?」
 アンジールは声を上げて笑いながら、愛しいザックスを長い間抱き締め続けた。




 20101120