少し長めの睫に縁取られた碧い瞳は、薄く色の付いたレンズの向こうでくるくると表情を変える。さらりとした感触の髪の毛は、前髪を残して立てるように後ろへ流され、少しはねている感じが彼らしい。
まだ十代の細さがあるものの、綺麗に流れるような筋肉が付いている。黒のカットソーに少し大きめのパーカーを羽織って、細身のデニムに足元はいつもの軍ブーツ。180センチを僅かに越えた身長は、街の中だとそれなりに人々の目を引いた。
目の前のグラスが、カランと音を立てた。アイスコーヒーの注がれたグラスは、その表面に細かい水滴を幾つも付けている。
ここは街中のカフェ。オフの午後をオープンテラスで過ごしていた。天気が良いので、テラス席はほぼ満席だった。通りに面していて、行き交う人々を眺めながらお茶を飲む。
さすがに男性同士の客は少なくて、いたとしても大抵スーツ姿だ。打ち合わせ中か、仕事の合間の休憩中だろう。だから、否応なしにアンジールとザックスは人目を引いた。
「で、前回より大幅に時間短縮。凄いよな、俺」
ザックスは得意気に言って、笑った。昨日参加した合同トレーニングについて、報告も兼ねて話しているのだ。
「あぁ、それは確かに凄いな。頑張ったな」
「へへっ。サンキュ」
ザックスはグラスに挿したストローで、中身をくるくる掻き混ぜた。グラスに氷が当たる音が、カラカラと耳に心地良く響く。「俺、この音好きなんだよね」と言いながら、グラスを見つめた。そして、ストローで中身を飲む。
「ここの店では、これが一番好き。なぁ、どうしてこんなに美味いと思う?」
「どうしてと言われてもなぁ」
返答に困ったアンジールの顔を見て、ザックスはまた笑った。
ここのカフェを指定したのはザックスだった。彼はここのオレンジアイスティーが大好きなのだ。アイスのアールグレイにオレンジジュースを混ぜたそれに、涼やかなミントの葉が浮かんでいる。ザックス曰く、自分で混ぜてもこの味にはならないらしい。やはり、茶葉が違うのだろうか。
ふいにアンジールの携帯が、メール着信を知らせる電子音を発した。画面を開いて確認すると、来週から始まる合同演習についての確認事項だった。折り返し連絡を入れるべく、席を立つ。
「すまない、すぐ戻る」
「うん、りょーかい」
ザックスはひらひらと手を振りながら、店の出入り口に向かうアンジールを見送った。
「……好きなんだよなぁ」
ストローで氷をつつきながら、ザックスはぽつりと呟いた。
連絡を入れ終えたアンジールが、店内へ戻る。こうして全体を見回しても、彼は目立っていた。雰囲気が異なるというのだろうか。店内の客や道を行き交う人々から、時々視線を投げかけられている事に本人は微塵も気付いていないだろうけれど。頬杖を突きながらグラスの中身を覗き込んだりして、その出で立ちとは相異なる少しアンニュイな雰囲気が、また何とも言えなかった。
「…………」
アンジールは息を付いて、テラス席へと戻った。
「すまなかったな」
「あ、うぅん。急用? 大丈夫?」
心配そうに聞いてくるザックスに、「平気だ」と言って少し温くなったアイスコーヒーを口にした。
「お前、気付いてるか?」
「え? 何を?」
今度はアンジールが頬杖を突きながら、ザックスを見つめた。この薄い色のレンズが邪魔でならない。
「人目を引いてる事に」
アンジールの言葉に、ザックスはさり気なく辺りを見回した。幾つかの視線とぶつかって、彼女たちはさっと目を反らす。ザックスはバツの悪そうな顔をした。アンジールはそんな彼にクスリと笑った。
「そんなに嫌そうな顔をするな」
「違っ、ただ……、もういい。出る」
「おい」
ザックスはさっさと出入り口へ向かう。
「全く……しょうがないな」
アンジールは伝票を手にして、ザックスを追うべく静かに席を立った。
「ザックス。何をそんなに拗ねているんだ?」
「別に拗ねてない」
「そういう言い方を、拗ねてるって言うんだ。ほらっ」
「ちょっ」
アンジールはザックスの腕をぐいと引っ張って、細い路地に入った。建物と建物の間は狭くて薄暗く、急な事で目が慣れない。きっと明るい表からは良く見えないに違いない。配管や段ボール、瓶や缶が雑多に置かれている。厨房の裏口でもあるのだろうか。
念の為、通りに面した側にアンジールは立った。こうすれば、自分より少し背が低いザックスが自分の影に隠れるから。
「ほら、言ってみろ。何が気に入らないんだ」
アンジールは掛けている眼鏡を外す。外を歩く時は魔晄の瞳が悪目立ちしないように、薄く色が付いたレンズの眼鏡を掛けるようにしていた。ザックスも同様だった。
ザックスも掛けている眼鏡を外した。その碧い瞳は、心持ち僅かに潤んでいる。
「……好きなんだ、アンジールが」
少し前にお互いの気持ちを確かめ合って、気恥ずかしさと嬉しさに胸がいっぱいになった。
「あぁ、知ってるさ。俺もお前が好きだ」
アンジールが蒼い双璧を細めて見つめると、ザックスは頬を微かに染めて俯いた。拳がきゅっと握られている。
「だから……ああやってチラチラ見られるのが、嫌だったんだ。俺、アンジールの事だけ……好きなのに」
実はザックス自身も、どうして自分があんな行動をしたのか良く分かっていなかった。ただ、胸の奥が訳も分からず嫌な気持ちになって、不安になって、その場から離れたかったのだ。
「バカだな」
そう言って、アンジールはザックスを両手で優しく抱き締めた。急に屋外でそうされた事に戸惑うザックスに、「分からないから大丈夫だ」と言って安心させる。すると、ザックスの両腕がアンジールの背中にゆるゆると回された。
「好きな相手と手、繋ぎたいよな」
「うん」
「ずっと見つめたいよな」
「うん」
「キスしたいよな」
「う、ん」
そして、優しくキスされた。路地の表の喧噪が、ずっと遠くに聞こえる。アンジールの背中がザックスを庇うようにして、唇を触れ合わせた。下唇を甘噛みされて、背中に回されたザックスの指先が小さく跳ねた。そっと、唇が離れる。アンジールは優しく微笑んでいた。
「ごめん、アンジール……」
「何がだ?」
その広い胸元に、ザックスはコツンと額を押し付けた。
「俺、我が侭言った。分かってる……分かってるけど……、ごめん」
「謝らなくてもいいさ。お前の気持ちは、良く分かってる」
ふたりで街中を歩きたい。でも、その間は隣にいても触れられない。大っぴらに手を繋ぐ事なんて、出来ない。ふたりだけの秘めた関係だから。分かっているけれど、感情が上手く理解してくれなくて、こんな風に苛立ってみたり不安になってみたり。そして、拗ねてみたり。
何だか凄く、可愛いじゃないか。
アンジールは腕の中の恋人が愛おしくて、ぎゅっと抱き締める。
「もっとキスしたい」
「え……」
アンジールの唇が重なったと思ったら、そっと舌先で唇を割られた。歯列を舐められて、背中が震えた。ちゅっと音を立ててアンジールが顔を上げると、ザックスは耳まで赤くしていた。
「嫌だったか?」
「…………」
ザックスはアンジールの問い掛けに、無言のまま首を横に振った。嫌じゃない。ただ、驚いてドキドキが止まらないだけなのだ。
「教えたいな、お前に」
「何を?」
ザックスはアンジールを見上げてくる。
おいおい、これはワザとなのか? それとも確信犯なのか? 全くお前って奴は、どうしてこんなに……。
アンジールは少しだけ意地悪い笑みを浮かべると、ザックスの耳元で囁いた。
「えっ……あっ、と、その……俺、」
予想通りの反応を示したザックスに、アンジールは笑って彼の頭を撫でた。
「ア……、アンジール」
「何だ」
「帰ろ?」
顔を真っ赤にして、アンジールのシャツを握り締める。
「もう帰るのか? まだ見たい所あるんじゃないのか?」
「もういい。部屋に帰りたい……」
「良し、じゃあ帰るか」
最後にもう一度、キス。見つめ合って、笑い合った。ふたりで眼鏡を掛け直す。明るい表に出る直前まで、指先は繋いだままだった。
20100222