まるで桃色のジェリービーンズみたいな爪を、アンジールは舌先で舐めた。滑らかな指先に舌を這わせると、ピクッと跳ねる。小指から一本ずつ口に含み、左右の指先を全て唾液で濡らした。
「あ、あの……」
ザックスは頬を赤くして、その様を見る。唇の隙間から覗く濡れた舌先に桃色。何だかとてもエロティックだ。
「ザックス、寒くないか?」
肩を殆ど出しているザックスに、アンジールは尋ねる。
「少し寒い、かな」
自分の肩を抱くようにしたザックスに、アンジールはブランケットを掛けた。そのまま包み込むように抱き締める。
「アンジール」
「何だ?」
腕の中でザックスがもぞもぞと動く。
「手、繋いで」
お互いの指先を組むようにして手を繋ぐ。ザックスがぎゅっと握ると、すぐに握り返される。
ザックスは手を繋ぐのが好きだった。リビングで寛いでいる時やベッドで共に眠る時など、いつでも手を繋ぎたがる。いつだったか「手を繋ぐのが好きだな」と言ったら、照れたように笑いながら「あんたに触れていたいんだ」と言った。
どうしようもなく、彼を愛おしく思った。
ザックスは先程の仕返しとばかりに、アンジールにキスをする。頬を擦り寄せて、こめかみに唇を押し当てた。柔らかな感触にアンジールは瞼を閉じる。
「ザックス」
「ん……、何?」
返事をしながらも、その唇はアンジールの頬に触れる。ちゅっ。
「その唇も……、染めないか?」
ザックスの動きが止まった。そっと顔を上げて、アンジールを見つめる。大好きな蒼い瞳に自分の姿が映っていた。
「み……、見たい?」
次の瞬間、ぎゅっと抱き締められて耳元がくすぐったいと思ったら、耳朶を舐められる。そして、アンジールの声が頭の奥に響いた。
「そんな事聞くな。見たいに決まってるだろ……」
桃色の指先から受け取った口紅のキャップを取る。光沢が綺麗な本体を捻るようにすると、スティック状の桃色が姿を現す。
「同じような色だな」
「準備良すぎだよな」
ふたりしてクスクス笑った。
「ほら、唇……」
「ん」
ザックスがやや顎を上げて、アンジールに顔を向ける。瞼はゆっくりと閉じられて、碧い瞳が暫しその姿を隠す。
『可愛いのに、色っぽいのな』
アンジールが顎に手を添えると、ザックスの唇が吐息を漏らすように小さく開かれる。我慢出来ずに、唇を重ねた。そろりと舌先で歯を探ると、ザックスの舌先がそれに答える。
ゆるゆるとお互いの舌の感触を味わう。ともすれば、今にも深く激しい口づけになってしまいそうで。
「ふ……っ、ぁ」
ザックスの息を継ぐ声に、アンジールは唇を離す。目の前の碧い瞳は、熱に潤みかけてて堪らなく艶めかしくなっていた。
「息、上がってるぞ」
「……バカ」
ザックスがアンジールの腕を、「早く塗れよ」とばかりに掴む。そしてもう一度、瞼を閉じた。
下唇に、何かが押し当てられる感触。それはゆっくりと左右に唇をなぞる。そして、上唇へ。口づけで濡れたザックスの唇を、桃色の口紅が小さく滑る。僅かに押し当てられるようにして、それは唇を離れた。
「終わったぞ」
アンジールは口紅をしまう。キャップを填めるパチンという音がした。ザックスが目を開ける。そして、確かめるように指先で唇に触れる。何だかべたつく。化粧品らしい香りがした。
桃色の指先が桃色の唇に触れて、何だか口元に花が咲いたようだった。
「鏡、見るか?」
ザックスは首を横に振った。
本当は、ちょっと見てみたいと思った。自分の唇が、口紅で色付いているのを。でも、見なくてもいいとも思った。
「アンジールだけが見れば……それで、いいよ」
ツヤツヤの唇をして、恥ずかしそうに笑ったザックスが、もうどうしようもなく……。
「お前……、どうしてくれるんだ」
「は? 何、いきなり、ッ」
気がつくとベッドに倒されていた。自分の両脇に手を突いて見下ろしてくるアンジールの眼差しが、何だかとても真摯なものだった。
沈黙がふたりを包んだ。目を反らせない。指先さえも動かせない。息が、止まってしまいそう。
『いいのに……』
沈黙を破ったのはザックス。ゆっくりと腕を伸ばしてアンジールの頬に触れ、親指で彼の唇に触れる。
そして、桃色の唇が綺麗に動いた。
「この唇……、欲しい」
うっすらと唇を開けて、そっと瞼を閉じると、待ち望んでいた熱と感触が訪れる。舌先を絡め合わせようとした直前に、ザックスが囁く。
「口紅、付いちゃうな」
「そんなの構わない」
「んっ、」
お互いの口内を探り合う。深く、もっと深く。
『キスだけじゃ、止まらないかもしれない』
『キスだけじゃ、止められないかもしれない』
どうする?
20100210