最初は面白半分、冗談半分の筈だったのに。
気付けばお互い、結構本気になってたりして。
「ただいま」
その日、アンジールより遅く帰ったザックスは、大きな袋を抱えていた。
「お帰り、ご苦労だったな。……それ、何だ?」
リビングから顔を覗かせたアンジールが、ザックスが抱えている袋を目にして尋ねた。しかしザックスは、無言のままリビングに入る。
「……笑うなよ?」
ザックスは困ったような恥ずかしがっているような、何とも言えない不思議な表情でアンジールを見上げた。
「あぁ、笑わない」
アンジールは真面目な表情で答える。その表情を見て、ザックスは少し俯きながらポツリと呟いた。
「……女の格好する事になった」
「は?」
事の発端は数日前、同期の仲間達と食堂で話していた時。
たまたまもうすぐ誕生日のやつがいて、それなら皆で祝おうと盛り上がって、せっかくなら余興みたいな事もやってしまおうと、話はどんどん大きくなった。皆、バカ騒ぎの大義名分を手に入れたので、盛り上がりが半端じゃない。
そして、余興で誰が何をやるかは、くじ引きで決める事になった。ザックスが気合いを入れて引いたくじには、赤ペンで「女装」の二文字が書いてあった。
「マジかよ……」
思わず出た呟きの後に、冷やかしも込めた大歓声が上がる。色んな意味でアタリらしくて、「衣装は俺らが用意するぜ」と笑顔で言われ、バシバシ肩を叩かれた。
正直、「ちょっと待った」と言いたかった。しかし、皆盛り上がってるし、あくまで余興、盛り上がれば問題なしという事で、ザックスは「楽しんだ者勝ち」の精神に徹する事にした。
そして今日、当日の衣装等一式が入っているらしい袋を手渡されたのだ。
「……という訳」
「なるほど。お前も大変だな」
アンジールはソファに座ったザックスに、カフェオレを渡しながら言った。隣に座ると自身はブラックを飲む。
「大変と言うか……ま、皆で盛り上がれば楽しいしな」
「で、どんな格好をするんだ?」
「あぁ、実はまだ見てないんだけど……」
ザックスは袋を開けると、ごそごそと中身を確認し始めた。
「うわっ!! マジかよ……。俺がこれ着るのかよ!? あいつらー」
ザックスはそう言いつつ、面白そうに袋の中身を引っ張り出す。
まず出てきたのは、薄いピンク色のふわふわなシフォンのワンピース。上半身はノースリーブで細い肩紐を結ぶタイプ。胴回りはシャーリングで割とフィットするようなデザインだが、スカート部分は淡いグラデーションのフリルが段々になっていてヒラヒラしていた。
デザインは女の子が好きそうなものだが、サイズはどう考えても男性ものだ。良く見つけたものだと、ザックスは感心してしまった。
それから共布のストール、パールのネックレスにラインストーンが眩しいヘアクリップ。小さなポーチには、ご丁寧に化粧道具まで入っている。
「あいつら、自分がやらないからって……」
袋の中身を全てローテーブルに広げ、改めてまじまじと見る。ここまで完璧だと、ザックスもさすがに呆れ気味だ。そんな彼を、アンジールは暫し無言で見つめていた。
空になったカップをローテーブルに置く。コトリと乾いた音がした。
「せっかくだから、試しに着てみたらどうだ?」
「は?」
「ぶっつけ本番よりマシだろ?」
ザックスは少々驚きの表情で、アンジールをまじまじと見た。
「もしかして……見たい?」
「見たい」
「アンジール……、あんたも物好きだな」
「さぁ、どうかな?」
アンジールが小さく笑った。ザックスもつられて、クスリと笑う。ザックスは広げた袋の中身を抱えると、そのまま寝室へ向かう。
「さすがに恥ずかしいから、着替え中は入るなよ」
そして、ドアが静かに閉じられた。
ドアが閉まると同時に、ザックスは寝室の床にヘナヘナと座り込んでしまった。
強気にあんな事を言ってみたものの、既に後悔していた。今になって、猛烈に恥ずかしくなってきてしまったのだ。でも今更、「やっぱり嫌だ」なんて言えない。
『見たら絶対、笑うよな……』
同期の仲間達なら、笑い飛ばして盛り上がってしまえば良い。でも、アンジールに見られるのが恥ずかしかった。笑われるのが恥ずかしかった。ザックスは床に座ったまま、グズグズと考える。
しかし、やがて。
『あーっ、もうっ!!』
ザックスは意を決して、着ていた制服を勢い良く脱ぎだした。
「ザックス?」
いくら待てど寝室から出てこないザックスに、アンジールはノックしてドア越しに声を掛ける。
「おい、ザックス?」
「ちょ……、ちょっと待った」
慌てる声が聞こえたかと思ったら、ドアがゆっくり小さく開く。隙間から覗くようにして、ザックスが言う。
「絶対笑うなよ?」
「あぁ」
「誓えよ?」
「分かった。誓う。絶対、笑わない」
「そのまま待って。俺が『良い』って言ったら入って」
アンジールはドアの前で待つ。ザックスはドアから離れて寝室の奥に入ると、「良いよ」と声を掛けた。
静かにドアを開けると、ザックスが立っていた。その体に薄いピンク色のふわふわなワンピースを纏って。
「ザックス……」
思わず声が漏れてしまった。ザックスは恥ずかしそうに俯き気味で立っている。その頬が微かに色付いていた。ワンピースの裾は僅かに膝を隠している。露わになっている両肩に細い肩紐が掛かっていた。首には共布のストールが巻かれている。
ザックスの動きに合わせて微かに揺れる裾が、何だか花が風に揺れているみたいだった。
「ア、アンジール?」
無言のアンジールに、ザックスはいたたまれない気持ちになる。「やっぱり止めておけば良かった」と思った瞬間、体がふわりと温かさに包まれた。アンジールの両腕が、ザックスを優しく抱き締めていた。
「あ、あの……」
突然の予想外の事に、ザックスが困惑する。アンジールはザックスを、ぎゅっと抱き締めて「可愛いな」と言った。その声を聞いて、胸の奥がきゅんとした。
「か……、可愛いって……、男に言う言葉じゃないだろ」
「でも、仕方ないだろ。俺から見れば、凄く可愛い。お前が可愛くて、堪らないんだ……」
そっと体を離して、アンジールは改めてザックスを見た。
実は用意されたワンピースを見た時点で、「着たら可愛いに違いない」と思っていた。それが予想以上だったのだ。自分と同性である事は間違いない事実で、だけど全く以て可愛らしい事この上ない。
そうは言っても、ザックスはそれなりに訓練しているから筋肉も付いているし、身長だって決して低くなく、むしろ街中だと目立つくらいなのに。それでも彼を「可愛い」と思ってしまう自分は、かなり重傷だ。
「本当は、笑いたいだろ?」
「全然」
「こんな格好して、可笑しいだろ?」
「いや」
「でも、」
「全く、お前は」
そして、唇にキスされた。触れ合わせるだけのキス。でも、凄く優しくて温かい。ザックスはアンジールの背中に、躊躇いがちにおずおずと両腕を回した。
ちゅっ、と小さく唇を吸われる。ザックスの睫が微かに震えた。
どうしよう……
20100205