モモイロ☆ユウギ 01


 最初は面白半分、冗談半分の筈だったのに。
 気付けばお互い、結構本気になってたりして。


 「ただいま」
 その日、アンジールより遅く帰ったザックスは、大きな袋を抱えていた。
 「お帰り、ご苦労だったな。……それ、何だ?」
 リビングから顔を覗かせたアンジールが、ザックスが抱えている袋を目にして尋ねた。しかしザックスは、無言のままリビングに入る。
 「……笑うなよ?」
 ザックスは困ったような恥ずかしがっているような、何とも言えない不思議な表情でアンジールを見上げた。
 「あぁ、笑わない」
 アンジールは真面目な表情で答える。その表情を見て、ザックスは少し俯きながらポツリと呟いた。
 「……女の格好する事になった」
 「は?」


 事の発端は数日前、同期の仲間達と食堂で話していた時。
 たまたまもうすぐ誕生日のやつがいて、それなら皆で祝おうと盛り上がって、せっかくなら余興みたいな事もやってしまおうと、話はどんどん大きくなった。皆、バカ騒ぎの大義名分を手に入れたので、盛り上がりが半端じゃない。
 そして、余興で誰が何をやるかは、くじ引きで決める事になった。ザックスが気合いを入れて引いたくじには、赤ペンで「女装」の二文字が書いてあった。
 「マジかよ……」
 思わず出た呟きの後に、冷やかしも込めた大歓声が上がる。色んな意味でアタリらしくて、「衣装は俺らが用意するぜ」と笑顔で言われ、バシバシ肩を叩かれた。
 正直、「ちょっと待った」と言いたかった。しかし、皆盛り上がってるし、あくまで余興、盛り上がれば問題なしという事で、ザックスは「楽しんだ者勝ち」の精神に徹する事にした。
 そして今日、当日の衣装等一式が入っているらしい袋を手渡されたのだ。


 「……という訳」
 「なるほど。お前も大変だな」
 アンジールはソファに座ったザックスに、カフェオレを渡しながら言った。隣に座ると自身はブラックを飲む。
 「大変と言うか……ま、皆で盛り上がれば楽しいしな」
 「で、どんな格好をするんだ?」
 「あぁ、実はまだ見てないんだけど……」
 ザックスは袋を開けると、ごそごそと中身を確認し始めた。
 「うわっ!! マジかよ……。俺がこれ着るのかよ!? あいつらー」
 ザックスはそう言いつつ、面白そうに袋の中身を引っ張り出す。
 まず出てきたのは、薄いピンク色のふわふわなシフォンのワンピース。上半身はノースリーブで細い肩紐を結ぶタイプ。胴回りはシャーリングで割とフィットするようなデザインだが、スカート部分は淡いグラデーションのフリルが段々になっていてヒラヒラしていた。
 デザインは女の子が好きそうなものだが、サイズはどう考えても男性ものだ。良く見つけたものだと、ザックスは感心してしまった。
 それから共布のストール、パールのネックレスにラインストーンが眩しいヘアクリップ。小さなポーチには、ご丁寧に化粧道具まで入っている。
 「あいつら、自分がやらないからって……」
 袋の中身を全てローテーブルに広げ、改めてまじまじと見る。ここまで完璧だと、ザックスもさすがに呆れ気味だ。そんな彼を、アンジールは暫し無言で見つめていた。
 空になったカップをローテーブルに置く。コトリと乾いた音がした。
 「せっかくだから、試しに着てみたらどうだ?」
 「は?」
 「ぶっつけ本番よりマシだろ?」
 ザックスは少々驚きの表情で、アンジールをまじまじと見た。
 「もしかして……見たい?」
 「見たい」
 「アンジール……、あんたも物好きだな」
 「さぁ、どうかな?」
 アンジールが小さく笑った。ザックスもつられて、クスリと笑う。ザックスは広げた袋の中身を抱えると、そのまま寝室へ向かう。
 「さすがに恥ずかしいから、着替え中は入るなよ」
 そして、ドアが静かに閉じられた。


 ドアが閉まると同時に、ザックスは寝室の床にヘナヘナと座り込んでしまった。
 強気にあんな事を言ってみたものの、既に後悔していた。今になって、猛烈に恥ずかしくなってきてしまったのだ。でも今更、「やっぱり嫌だ」なんて言えない。
 『見たら絶対、笑うよな……』
 同期の仲間達なら、笑い飛ばして盛り上がってしまえば良い。でも、アンジールに見られるのが恥ずかしかった。笑われるのが恥ずかしかった。ザックスは床に座ったまま、グズグズと考える。
 しかし、やがて。
 『あーっ、もうっ!!』
 ザックスは意を決して、着ていた制服を勢い良く脱ぎだした。


 「ザックス?」
 いくら待てど寝室から出てこないザックスに、アンジールはノックしてドア越しに声を掛ける。
 「おい、ザックス?」
 「ちょ……、ちょっと待った」
 慌てる声が聞こえたかと思ったら、ドアがゆっくり小さく開く。隙間から覗くようにして、ザックスが言う。
 「絶対笑うなよ?」
 「あぁ」
 「誓えよ?」
 「分かった。誓う。絶対、笑わない」
 「そのまま待って。俺が『良い』って言ったら入って」
 アンジールはドアの前で待つ。ザックスはドアから離れて寝室の奥に入ると、「良いよ」と声を掛けた。
 静かにドアを開けると、ザックスが立っていた。その体に薄いピンク色のふわふわなワンピースを纏って。
 「ザックス……」
 思わず声が漏れてしまった。ザックスは恥ずかしそうに俯き気味で立っている。その頬が微かに色付いていた。ワンピースの裾は僅かに膝を隠している。露わになっている両肩に細い肩紐が掛かっていた。首には共布のストールが巻かれている。
 ザックスの動きに合わせて微かに揺れる裾が、何だか花が風に揺れているみたいだった。
 「ア、アンジール?」
 無言のアンジールに、ザックスはいたたまれない気持ちになる。「やっぱり止めておけば良かった」と思った瞬間、体がふわりと温かさに包まれた。アンジールの両腕が、ザックスを優しく抱き締めていた。
 「あ、あの……」
 突然の予想外の事に、ザックスが困惑する。アンジールはザックスを、ぎゅっと抱き締めて「可愛いな」と言った。その声を聞いて、胸の奥がきゅんとした。
 「か……、可愛いって……、男に言う言葉じゃないだろ」
 「でも、仕方ないだろ。俺から見れば、凄く可愛い。お前が可愛くて、堪らないんだ……」
 そっと体を離して、アンジールは改めてザックスを見た。
 実は用意されたワンピースを見た時点で、「着たら可愛いに違いない」と思っていた。それが予想以上だったのだ。自分と同性である事は間違いない事実で、だけど全く以て可愛らしい事この上ない。
 そうは言っても、ザックスはそれなりに訓練しているから筋肉も付いているし、身長だって決して低くなく、むしろ街中だと目立つくらいなのに。それでも彼を「可愛い」と思ってしまう自分は、かなり重傷だ。
 「本当は、笑いたいだろ?」
 「全然」
 「こんな格好して、可笑しいだろ?」
 「いや」
 「でも、」
 「全く、お前は」
 そして、唇にキスされた。触れ合わせるだけのキス。でも、凄く優しくて温かい。ザックスはアンジールの背中に、躊躇いがちにおずおずと両腕を回した。
 ちゅっ、と小さく唇を吸われる。ザックスの睫が微かに震えた。

 どうしよう……




 20100205