ハジメテ 前編


・ニョタ(女体化)ネタです。
上記条件が大丈夫な方のみ、どうぞ。
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 『就寝前に、水またはぬるま湯でお飲み下さい。
  理想的な睡眠時間は6時間。最低でも4時間眠らなければ効果は現れません。
  持続時間は数時間〜数日と、個人差があります。
  人体に有害な物質は含まれておりません。』


 最後の一文に思わず「本当かよ」と突っ込んだ。それでも俺は嬉々として、その妖しげな色をした錠剤をシートから取り出し、水と一緒に飲んだ。そして、付属しているカードに日付と時間を書き込む。
 勿論、アンジールには内緒だ。話せば間違いなく説教されるに決まってるからな。
 好奇心もあった。思わず彼の事を思い浮かべた。物凄く驚くに違いない。その顔が見たいのだ。
 それから、バイト代が通常より桁が一つ多かったのだ。桁が一つ多いって事は、その分危険が伴うのは十分承知。一応、承諾書も書かせられるしな。でも、最悪元に戻れなくても、犬とか猫になる訳じゃないから良いかな、なんて。
 でも、それより何より一番の理由がある。俺にとっては結構重要……、かな。
 何でもない顔をして、いつも通りに彼の隣で眠りに就く。おやすみのキスを交わして、優しい温もりに包まれて眠る。
 目が覚めたら……、お楽しみ。


 「…………」
 アンジールが小さく寝返りを打つ。薄く目を開けて室内を確認すると、カーテンの隙間から日が差し込んでいた。ベッドサイドの時計に目を凝らすと、午前八時を少し過ぎたところ。起きても良い時間だが、折角のオフ。もう少し寝ていようと思い、アンジールは隣で眠るザックスの体をその腕で引き寄せた。
 「……ん?」
 すぐに違和感を感じる。抱き寄せた感触がいつもと異なるのだ。体つきが一回り小さくなっているようだった。そっと肩のラインをなぞると、妙に丸みを帯びて柔らかい感じがする。目を開けてみると、ザックスはいつものように体をぴったりとアンジールに寄せて、ブランケットに顔を埋めるようにすっぽりくるまって寝ていた。
 その頭を優しく撫でると、サラサラとした心地良い手触り。
 「気の所為、か……」
 寝ぼけていたのだと思い、アンジールはザックスの頭を撫でながら小さく笑った。寝ている時は本当に子供のように無防備なザックスが、可愛くて愛しくて仕方なかった。時々、その腕とか足で無意識に殴られたり蹴られたりするのだか、穏やかな寝顔を見ると痛みもあっという間に甘さに変わるのだった。
 自分はつくづく、ザックスが好きなのだと改めて思う。
 ザックスの体がもぞもぞと小さく動く。
 「ん……」
 「ザックス、起きたのか?」
 「んー……、うん……起きた」
 「え……?」
 自分の腕を掴んでくる指の細さに、目を疑った。ゆっくりと顔を上げて、見上げてくる碧い瞳が妙に大きく見えて、長い睫が小さく揺れる。唇は薄いピンク色で妙に肌に映える。そして何より、その声。柔らかくて、いつもより少しトーンが高い。
 アンジールの困惑を余所に、ザックスはベッドから起き上がった。着ているシャツは一回り以上大きくて、だぼだぼ状態。首筋や襟足が妙に艶めかしい。半袖から覗く腕はしなやかだが細く、力ずくで掴んだら折れてしまいそうだった。それに、胸の部分の膨らみは明らかに女性のそれである。
 まだ少し眠いのか、目を擦りながらアンジールの方を向いた。
 「アンジール、おはよ」
 「お……お前、ザックスか?」
 「は? 当たり前だろ、何そんなに……おぉ!!」
 怪訝な顔が一瞬で変わる。ザックスは自分の体を見ながら「凄い、本当になった」と驚きと喜びの声を上げた。アンジールは頭の奥がグラリと揺れる。もう一度寝てしまえば、これは夢だと済ませられるだろうか。いや、無理だろう。残念ながら今、自分は確かに起きていた。
 目が覚めたら、ザックスの体は女性になっていたのだ。
 「ザックス、お前一体、……ッ!!」
 言い掛けの言葉は、唇をザックスのそれで塞がれた事で飲み込んでしまった。キスは同じなのに感触が異なる。唇がいつもより柔らかくて温かくて、小さいのだ。
 ザックスはベッドに横たわるアンジールの上に体を乗せて、ねだるようなキスを繰り返している。ちゅっと聞こえる音さえも可愛らしくて、アンジールは思わず流されそうになる。
 が、しかし。
 胸元に感じる本来有り得ない柔らかい感触に、ザックスの体を抱き締めると体を反転させた。今度はザックスがベッドに横たわる。見上げてくる碧い瞳は微かに潤んでいて、唾液で濡れた唇は薄く開かれていた。両手首は顔の横でアンジールに掴まれたまま。
 「お前……、また治験のバイトしたな?」
 「うん」
 「今回はどういう薬なんだ」
 「見ての通り……女の体になる薬」
 「危険だから治験のバイトはするなとあれほど言ったよな」
 「う、ん」
 「なら、どうしてっ」
 「い、痛いっ!!」
 アンジールはザックスが上げた声にハッとした。そして、思わず力を入れて掴んでしまったザックスの手首を離す。白い肌に赤い跡が付いていた。ザックスは涙目で手首を交互にさする。そのままアンジールの視線から逃れるように、ふいと顔を横に反らした。その仕種にアンジールは胸の奥が痛んだ。
 「すまなかった……大丈夫か?」
 「……うん」
 アンジールはザックスを見下ろす。何気ない仕種も雰囲気も何もかもザックスなのに、体だけが女性なのだ。妙というか不思議というか……。碧い瞳や左耳のピアス等、ザックスの特徴をひとつひとつ確認しているアンジールの耳に、ザックスの呟く声が聞こえた。
 「……せ……かったんだ」
 「ん? 何だ?」
 「驚かせたかったんだ……」
 「喜べ。もう充分に驚いてる」
 「それと……」
 俄にザックスの頬が紅潮してきた。気付けば耳の端まで真っ赤になっている。思わずアンジールは耳朶に唇を寄せて、「それと?」と囁いた。そのままちゅっと小さな音を立ててキスをすると、ザックスの肩がピクリと跳ねる。
 そっと反らしていた頭を動かして、ザックスがアンジールを見つめた。しかしそれは一瞬で、すぐに視線は外されて其処ここを彷徨う。恥ずかしがっているのだ。でもやがて、消えてしまいそうな声で言った。
 「言ったじゃん……“女性だったら可愛いだろうな”って……」
 「俺が?」
 ザックスは恥ずかしさで泣きそうな顔をしながら、小さく頷いた。アンジールは記憶を探る。
 「この間……飲んだ時……。俺覚えてるし」
 「飲んだ時……、あぁ」
 思い出した。確かにそのような事を言った。
 先日、貰い物のワインをふたりで開けた時だ。ザックス好みの甘いワインは口当たりが良く、それ程アルコールに強くないにも関わらずいつもよりピッチが速かった。アンジールはどちらかと言えば辛口の方が好みなので、味見程度に飲んだだけで違う物を飲んだ。ほぼザックスひとりでボトルの半分以上を空にした辺りで、彼はくったりとローテーブルに突っ伏してしまったのだ。甘いからと言ってアルコール度数が低いわけではないのだ。
 その薄紅色に上気させた頬をローテーブルにペタリとくっつけて、僅かに中身の残っているグラスを揺らす。ロゼの液体がゆらゆらと小さく揺れるのを見ながら「綺麗だなぁ」と舌っ足らずで呟くその姿は、アンジールから見たら何だか酷く可愛らしかった。その体をそっと起こして抱き寄せた。
 「お前、飲み過ぎだ。もう止めておけ」
 「ん」
 思いの外素直に返事をして、ザックスはアンジールに抱き付いた。アルコールの所為で体温が微かに高く、寄せた頬なんて特に温かい。触れるだけの短いキスをした唇からは、甘くて良い香りがした。
 「横になるか?」
 「ん……、でも……ひとりじゃ嫌」
 顔を見られるのが恥ずかしいのか、アンジールの胸元に額を押し付け、シャツの裾を握り締めながら言う。
 「お前、可愛いな」
 「……一応、男なんですけど」
 「嫌だったか?」
 「……別に」
 「お前がもし女性だったら、さぞかし可愛いんだろうな」
 アンジールは自分で言った言葉に笑いながら、ザックスを抱き上げてベッドに運んだ。ベッドに横たえられたザックスは、口では言わないもののその瞳と仕種でアンジールを求めた。
 正直、酔っているザックスを抱くのは躊躇してしまう。お互いに気持ちは通じ合っているし、もう何度も肌を重ねてはいる。そして自分は、殆ど素面と言って良い程しか飲んでいない。それでも、どうも「酔った勢いで」になってしまいそうで嫌なのだ。
 アンジールは抱き付いたまま離れないザックスの体を優しくさすった。
 「ほら、こうしててやるから」
 「……好き、アンジール……好きだよ」
 「俺もお前が好きだ、ザックス」
 「好きなら、……お願い……」
 ザックスは掌で顔を覆い、小さく泣きながら「して」と言った。アンジールは胸の奥が熱くなった。背中をさすっていた優しい掌が体のラインを辿り、静かに熱を上げたザックスへと触れた。




 20100824