divine design 前編


T

 同じものを持ちたくて、お互いのものを交換したくて。
 そんな、恥じらいながら恋する少女のような感情を、自分が持ち合わせていたなんて。
 そして、驚くべき事に彼も。
 それを知った時の喜びといったら。
 やがて、ひとつずつ、少しずつ、ひっそりと密やかに。ふたつのものをひとつにするように、ふたり、同じにした。
 ともすればそれは、生まれて初めての恋だから。

 出会う事は必然でした。
 自分は、彼に恋するために、生まれてきたのかもしれない。

 確かに音がした。それは、透明な音。
 瞬きの時間で、
 恋に 落ち、た。


U

 アンジールはザックスの瞼に口づけるのが好きだった。
 伏せられた瞼の縁には、自分と比べると少し長めの黒色の睫が、緩い弧を描いて綺麗に伸びていた。呼吸をしながら、時折微かに震えているそれは、まるで蝶の羽根のよう。
 静かに唇を寄せ、息を止めるようにしてそおっとそおっと唇で彼の瞼に触れると、ザックスはいつも少しくすぐったそうに首をすくめた。
 接点。唇に滑らかな感触とザックスの体温を感じる。ザックスはアンジールのシャツの裾を、音もなく静かに掴んだ。
 「……ん、」
 やがて、ザックスの体がピクッと小さく跳ねる。触れ合っている瞼と唇を通じて、ザックスはアンジールが小さく笑ったのが分かった。
 唇で瞼の感触と体温を味わったアンジールが、今度は舌先で瞼を小さく舐めた瞬間だった。
 舌先で瞼の下に隠されている眼球の曲線を確かめるように撫でる。内眼角の窪んだ部分を小さく押すと、内側から柔らかく押し返してきて、アンジールはその感触を味わうべく何度も繰り返した。
 瞼を閉じたままのザックスは、いつしかアンジールにしがみつく。時折見られているのが、見えなくても分かった。アンジールの熱を持った視線を、薄い皮膚越しに感じる。
 とても恥ずかしいのだけれど、それ以上の興奮が密やかに体の奥でうごめきだすのだった。
 湿った小さな音と共に、濡れた温かさを感じた。
 「ん……ぁ、」
 ザックスの鼻に掛かった甘い声が唇から零れ落ちる。
 アンジールの舌先が、ザックスの瞼を割り入って、柔らかい眼球へと触れたのだった。
 この瞬間が、ザックスはとても好きだった。脳髄を直撃して、甘美な痺れが全身を瞬時に駆け巡る。
 「ん、ふ……ぁ……」
 時折聞こえるくちゅりと濡れた音は、酷く卑猥でいやらしい。アンジールの唾液とザックスの涙が混ざり合って、滑らかな頬を伝う。
 初めて眼球を舐められた時、ザックスは驚きのあまり泣きそうになった。まさか、こんな場所を舐められるとは思いもしなかったのだ。
 しかし、やがてその行為に快感を見出すようになると、ザックスは夢中になった。柔らかく舐められて、達してしまいそうになった事もあるほどに。
 不意に舌先が離れる。触れ合わさっていた部分が空気に晒されて、ひんやりとした。
 「本当に……綺麗な瞳だな」
 ザックスは返事をする代わりに、ゆっくりとまるで見せ付けるように瞬きをした。濡れて光る目元が精美だ。ねだるようにうっすらと開かれた唇にキスを落とす。
 先ほどと同じような動作で口内を舐めると、ザックスがくぐもった声を上げた。同時に、シャツの裾を緩く引っ張られる。ちゅっと音を立てて、唇が離れた。
 「こっちも、して……」
 首を僅かに傾けて、舐められた方と反対側の瞼をアンジールに差し出す。その仕種に、アンジールは体の中心が熱くなるのを感じた。
 「艶っぽくて……とても、いやらしい」
 「やぁ……、ん、ぁ」
 もっと、もっと触れて。その舌先を奥まで差し込んで、舐め上げて欲しい。
 「ザックス、綺麗だ……、お前の……、」
 対の碧玉。甘美なる至宝。
 「あっ……い、ぃ……あぁ……っ」
 眼球を舌で覆われながら、固い熱を押し付け、擦られる。ザックスの細い腰が小刻みに揺れていた。


V

 ベッドサイドの間接照明が、横たわるふたりを柔らかく照らす。
 ザックスはアンジールの鼓動を聞いていた。彼を生かしている規則正しい音が、とても心地良く耳に伝わる。
 アンジールは自分の胸元にあるザックスの頭を撫でていた。髪の毛の感触を確かめるように、ゆっくりと何度も何度も。
 空調のおかげで、すっかり汗は引いていた。さっきまで、ふたりあんなに乱れて濡れていたのに、触れ合う素肌はさらりとしている。それは、どんな上質のシーツでも比べ物にならないほどに気持ち良い。
 ザックスが静かに頭を動かした。首筋に残された情事の名残が、匂い立つように艶めかしい。
 「アンジールの瞳、凄く綺麗……」
 濃蒼の中心部分の奥底を覗き込みながら、ザックスは何処かうっとりとした表情で「欲しい」と呟いた。アンジールが微笑んで言った。
 「おまえに、やる」
 ザックスはとても嬉しそうにふわりと笑うと、唇をアンジールの瞼に寄せた。そして、いつもアンジールが自分にやるように、彼の瞳を小さく舐めた。

 見つめ合いながら、欲しいと思う。欲しいと願う。
 目の前の彼だけが持っている、自分だけの「あおい宝石」。
 欲しいと願う気持ちは、やがてひとつの決心へと変わる。
 それをふたりで確かめ合った。


W

 その部屋は、どことなくアルコールのひんやりとしてツンとした匂いがした。
 「アンジール、お前……本気かっ?!」
 「あぁ」
 「信じられない。こんな事、俺以外の他の誰かにばれたらどうするっ!! 此処にいられなくなるぞ。大体、ソルジャーが許可なくしてその身体に傷を付けるような行為は、身体機能に問題が生じる可能性があるから行ってはいけないという事を、お前は知っているはずだろう?」
 「だから、お前に頼んでいるんだ。俺達はこの肉体自体が神羅の機密だ。一般人と比べるとある意味、既に細胞レベルで人体構造が異なる。自己修復能力の高さが良い例だ。その機密の保持を徹底するために指定外の医者にかかってはならない。要するに、神羅の医者……研究者にしかかかれない。しかし今回は、神羅のデータに記録を残す訳にはいかないんだ。だから、こうしてお前に頼んでいる……。技術的にも可能なんだろう?」
 「それは、可能だが……しかしっ」
 堂々巡りに陥りそうな遣り取りを何度か繰り返すうちに、これ以上は埒があかない事を男は理解した。そして遂に、「分かった」の一言と共に大きく息を吐いた。椅子に背中を投げ出す。背もたれがギシリと大きく音を立てた。
 『こいつ……、本気だ』
 例え自分がこれ以上何を言っても、彼の考えは変わらないだろう。覚悟を決めた目だ。目の前の友人のそれは。
 アンジールが「すまない。感謝する」と言って、男に頭を下げた。
 「止してくれ。お前の頼みだ……聞かない訳にはいかない」
 その男は白衣を纏っていた。胸のポケット部分には、ネームプレートと各種のセキュリティ解除キーも兼ねているカードが付けられている。男は長い指先で、書類や薬の散乱したデスクの端をトントンと叩く。向かい合うふたりの間に、沈黙が流れた。
 トントン……、トン。
 先に口を開いたのは白衣の男だった。
 「やるなら、俺の実験室だ。そこしかない」
 「あぁ、任せる。設備は揃っているのか?」
 アンジールの問いに、男は小さく笑った。
 「おかげさまで、それなりの機材を入れて貰ってる。そのためにせっせと研究に勤しんで、あれこれ開発して貢献してるんだ。一応な。それなりの成果を出せば予算も付くし、ある程度は自由にやらせて貰えるからな」
 「そうか」
 「だが……申し訳ないが、さすがに今回ばかりは俺ひとりでは無理だ。作業が複雑だし、負担が大きすぎるから助手を付けさせて貰う」
 アンジールは僅かに眉間に皺を寄せて、怪訝そうな表情をした。
 「心配するな、俺のチームにいる信用できる奴等で、口外は一切しない。しかも優秀だ」
 「そうか。なら構わない」
 「しかし……本当に、いいんだな」
 「あぁ」
 「相手の了承も、」
 「取ってある。当たり前だ」
 アンジールは念押しした友人の目を真っ直ぐ見つめながら頷いた。
 目の前の白衣の男……彼とは同期だった。彼もソルジャーとなるべく、自分と同時期にその肉体に特別な施術を受けた。割り振られたクラスも同じだったし、気が合うので一緒に食事をしたり訓練に出たりした。共に1stを目指して、すべては順調に進んでいるかのように思われた。
 しかし彼は施術数ヶ月後、肉体に原因不明の拒絶反応が出てしまったのだ。過去に例がない初の事態。当時の神羅では、拒絶反応を抑える方法は確立していなかった。
 精神崩壊が先か、肉体崩壊が先かの瀬戸際が数ヶ月続いた後、彼は辛うじて一命を取り留めた。「取り留めた」といっても、神羅が彼一個人を死なさないために躍起になった訳ではない。人がひとり死のうが、それは巨大な組織では微々たる事に過ぎない。
 彼はある意味、「治療」と称して実験サンプルにされたのだった。今後、彼と同様の状況が発生した時のために。結果、拒絶反応を抑える方法を確立すると同時に、彼はもう二度とソルジャーとしての肉体と能力は持てなくなった。いや、通常の肉体さえも持てなくなった。日常の生活するのがやっとだった。彼は臓器の半分以上が、人工物に入れ替わってしまったのだから。代償はあまりにも大きかったのである。
 幸い、脳神経系統には何ら異常が見当たらなかった。よって、優秀だった彼は特例措置で神羅に残り、以前から関心があった生体医療の道へと進み、高度な技術を驚くべき早さで身に付ける。それは勿論、自分の肉体のメンテナンスを行うためでもあった。彼は今でもその肉体を維持するために、一日当たり相当量の薬を服用したり、直接入れなくてはならなかった。デスクの上に散乱している薬もその僅か一部だ。
 進む道は異なってしまったけれど、アンジールと彼が友人である事に変わりはなかった。アンジールは時折彼の力を借り、彼もまた、アンジールに力を借りているのだった。
 「どのくらいの期間が必要だ?」
 アンジールは友人が手渡したカップを受け取りながら聞いた。紙コップに入ったコーヒーからは、思った以上に良い香りがした。友人は鼻の頭を指の腹で擦るような仕種をしながら、何やらブツブツと呟く。これは、物事を考えている時に出る彼の癖だ。
 「そうだな……ひと月は欲しいが……可能か?」
 「ひと月か……調整してみる。少々、職権乱用になるかもしれんがな」
 唇の端を僅かに上げて笑うアンジールに、友人もククッと笑った。ふたりでこんな風に過ごすのは、久方振りだ。
 『コーヒーなんかではなくて、アルコールの類が欲しいところだな……』
 アンジールがコーヒーを飲むのを眺めながら男は思った。でも、それももう叶わない。自分はそういう体になってしまったのだ。
 「お前に……すべて任せる。俺と、あいつの……願いなんだ。頼んだ」
 「……まったく。妬けるな」
 わざと殊更嫌みっぽく言ったのに、目の前のこいつは静かにゆっくりと笑った。
 それは俺が今まで見た事のない、本当に嬉しそうな……幸せそうな笑顔だった。




 20111016