「ザッくんねー、こいしたーい!!」
「は……?!」
ザックスの元気な発言に、アンジールは作りたてのプリンを思わず床に落としそうになった。
お天気で暖かな午後の昼下がり。
アンジールはザックスのおやつにプリンを作った。卵と牛乳で栄養もあって、しかもザックスが大好きときたものだから、アンジールは週に一度はプリンを作るようになってしまった。
初めてこのプリンをおやつに出した時、ザックスは暫く「ぷいん、おいしかったねー」と言っていた。余程美味しかったのだろう。歳相応に舌っ足らずなので、上手く「プリン」と言えずに、限りなく「プリン」に近い「プイン」と聞こえる。それで「ぷいん、ぷいんー」と飛び跳ねながら嬉しそうに連呼するものだから、アンジールはその可愛さに微笑みっぱなしだ。
さて、今日も一緒にプリンを食べようと、トレーにプリンを乗せていたら、ザックスが先の発言をしたのだった。
ラグマットの上にクッションを積み上げ、ザックスがちょこんと座っている。目はアンジールの手元に釘付けだ。目の前にプリンが入ったカップが置かれると、「わあぁ」と目をキラキラと輝かせて、「ぷいーん!!」と叫ぶ。
「おいしーねー」
プリンを頬張りながら、ザックスはアンジールに向かって笑った。自分も一口食べて、「美味しいな」と笑いザックスの頭を撫でる。とっても嬉しそうな顔をするものだから、アンジールは堪らない。するとザックスはプリンをスプーンで、そうっと掬うとアンジールの方へ向けた。
「あーんしてー」
どうやら自分がアンジールに食べさせたいらしい。本来のザックスとも、こうしてお互いに食べさせ合う事がしばしばあった。笑い合って食べさせ合う事もあれば、同じ動作なのに妙にエロティックに感じてしまう時もあったりして、そうする事がお互いにとても好きだった。
「あーん」
アンジールがザックスの差し出したスプーンに、口元を寄せる。小さく震えるプリンは、つるりとアンジールの口に入り、喉を通り抜けた。
「おいしー?」
「あぁ、美味しい」
ザックスが満足げに笑って、自分も「あーん」と口を開ける。アンジールは自分のプリンを小さく掬って、ザックスの可愛らしい口元へ運んだ。
「おいしかったねー」
「ザックスはプリンが好きだな」
「うん!! ザッくん、ぷいんしゅきー。あんじーゆのぷいん、だいしゅきー!!」
お腹も気持ちも満足して、ザックスはクッションから下りた。
すっかり空になったカップをトレーに乗せて、アンジールがキッチンへ下がる。カップを洗ってリビングに戻ろうとしたら、いつの間にか足元にザックスが来ていた。アンジールの足にしがみつき、「あんねー」と言いながら体を左右にぶらぶら動かした。アンジールが屈み込もうとすると、すぐに両腕を伸ばしてくる。ザックスはアンジールの「抱っこ」が大好きだった。小さな体を優しく抱き上げると、首筋にきゅっと両腕を回してくる。
「どうした、ザックス」
アンジールがザックスの顔を覗き込みつつ、リビングに移動する。ゆっくりとソファに座ると、ザックスは顔を上げてアンジールを正面から見つめた。大きな碧い瞳がパチパチと瞬く。
「あんねー、ザッくんね、こいしたいのー」
どうやら先程の会話の続きらしい。ザックスはもじもじしながらも、楽しげに話す。その仕種が妙に可愛らしい。しかし、アンジールにはザックスが何の話をしているのか、皆目見当も付かなかった。
『こいしたい・・・・・・って、何の事だ?! まさか、恋じゃあるまいし……』
アンジールは小さな頭を撫でながら、ザックスと話を続ける。
「ザックス、『こいしたい』って何だ?」
「あんねー、こいー。ザッくんもー」
アンジールに自分の言いたい事が上手く伝わらなくて、ザックスは少しぐずったような顔になった。アンジールはザックスが何を言いたいのか、懸命に考える。
「『こいしたい』のか?」
「うん」
「うーん……」
自分の目の前で考え込むアンジールに、ザックスは泣きそうになりながら一生懸命話した。
「こいー、こいねー、おっきーのー。ひらひらー。ザッくんもしたいー」
『大きい? ひらひら?』
胸をとんとん叩かれ、終いには頬をぺちぺちと叩かれ始める。「あんじーゆー」とザックスが半べそをかいた時、アンジールは唐突にひらめいた。
「ザックス! もしかして、『鯉のぼり』の事か?」
ザックスの顔が途端に笑顔になった。
「こいー!! それー!!」
嬉しくて叫ぶように言うと、アンジールにぎゅーっとしがみつく。
アンジールは壁に掛けているカレンダーを見た。そう言えば、もうすぐ「こどもの日」だった。
とある異国では、この日を「端午の節句」と言って、吹き流しを鯉の姿に模して作ったのぼりを飾る風習があるとは、聞いた事がある。ここミッドガルにはない風習だが、極まれに時期に合わせてビルの屋上や郊外の建物で、規模は小さいが実際に見る事は出来る。風に靡いて青空を気持ち良さそうに泳ぐ鯉のぼりの姿は、とても爽やかだった。アンジールも間近で見た事があるのは数回程度だった。この時期になるとテレビのニュースで取り上げられたりするので、恐らくザックスはそれを見たに違いない。
『それにしても、「こいしたい」とは……子供の表現は面白いな』
アンジールはザックスの発言に、改めて感心してしまった。大人は忘れてしまった、子供ならではの発想の豊かさ、意外さみたいなものを、ザックスとの会話では日々感じるのだった。
「あんねー、ザッくんこいするのー。こーやって……」
ザックスはアンジールの上からするりと降りると、おもむろにラグマットの上に俯せた。そして手足を伸ばして、泳いでいるようなポーズを取る。
「ひらひらー、ひらひらー」
小さな手足がピコピコと動く。くるりと仰向けになって、アンジールに向かって「こいー」と笑いかける。
要するに「鯉のぼりになりたい」らしい。何とも可愛らしい事を言うザックスの願いを叶えてやりたくて、アンジールはどうしたら良いか考えを巡らす。気付けば腕組みをしていた。
「あんじーゆ、おねがいー」
ザックスはソファに座るアンジールの足にしがみついて、零れ落ちそうな大きな瞳を瞬かせ、懇願の眼差しで彼を見上げた。全く以て、自分はこの目に弱いのだ。
「良し、ちょっと考えてみるな」
「あんじーゆーっ!!」
ひょいと抱き上げると、小さな体はきゅっとしがみついて、頬を擦り寄せてくる。アンジールはその背を撫でながら、「何とかしてあげたい」と思う気持ちを強くさせるばかりだった。
20120503/初出20100502