きみからのおくりもの 08


●「おっきいザッくん……?」●


 アンジールがリビングに掃除機をかけている間、ザックスは寝室にいた。正確には「入れられていた」だ。
 お天気の昼下がり。アンジールが掃除機をかけ始めたら、ザックスは面白がって掃除機の後を追いかけた。アンジールの周りでちょこまかと動きまわり、終いには自らコードに足を引っかけて転んだ。
 「うっ……、ふぇっ……」
 「大丈夫か? ほら、気を付けないとな」
 アンジールは涙を滲ませるザックスを抱き上げて、ぎゅっと抱き締める。健気にも泣くまいと頑張るザックスは、ズズッと鼻を啜った。
 「あと少しで終わるから、それまでここで待っててくれ」
 「うん……。おわったら、ザッくんとあそんでー?」
 抱き上げられながら寝室に移動されて、静かに下ろされたザックスはアンジールの足を掴みながら彼を見上げる。
 「勿論だ。大人しくしてるんだぞ」
 「はーい!!」
 寝室のドアが静かに閉まると、再び掃除機の音が聞こえ始めた。


 「……いたくないもん」
 転んだ時にぶつけた額を撫でながら、ザックスは呟く。アンジールにさすって貰ったから、もう大丈夫。
 「これ、なに?」
 ザックスがベッドの上によじ登ると、そこには綺麗に畳まれた服らしきものが置いてあった。ザックスはおもむろにそれを掴むと、ベッドの上にバサッと広げた。
 「あんじーゆの?」
 広げたそれはソルジャーの制服だった。ノースリーブのハイネックはザックスも見慣れたものだった。アンジールが着ているのを見た事がある。しかし……。
 「いろ、ちがーう」
 そう、色が違うのだ。ザックスの記憶の中でアンジールが着ているのは、黒色のものだった。でも、今ベッドの上に広がっているのは、濃紺に近い紫色。
 それは、本来のザックスが着ていた制服だった。
 ヴァーチャル・システムを利用した訓練中に、システムのエラーに伴いザックスは子供の姿になってしまった。当然、その時着ていたのはソルジャーの制服で、小さなザックスは大きすぎる制服に埋もれるようにしゃがみ込んでいた。アンジールはその時のザックスの制服を洗濯して、ベッドの上に置いていたのだ。
 ザックスがまじまじと制服を見ていたら、寝室のドアが開いてアンジールが入ってきた。
 「もう終わったぞ、ザックス。待たせたな」
 アンジールの声に、ベッドの上で座り込んでいるザックスが、くるっと彼を振り返る。
 「これ、あんじーゆのー?」
 ザックスが手にした制服を掲げる。
 「あぁ、それはザックスの……、ッ!?」
 「しまった」と思った時にはもう遅かった。ザックスが不思議そうな顔で、じーっとアンジールを見る。碧い瞳がパチリと瞬きをした。
 「ザッくんの?」
 「いや、大きいザッ……あっ……、うむ……」
 アンジールが思わずしどろもどろになる。小さなザックスにどう答えたら良いものか、腕を組んで考え込んでしまった。無言になるアンジールとは反対に、ザックスはどんどん疑問をぶつける。
 「おっきいザッくん?! ……ザッくんとおなじ、なまえ?」
 「あ、あぁ、そうだ」
 アンジールは心の中で「そうしておこう」とコッソリ呟いた。どうやらザックスは、自分と同じ名前の人物がいると思ったらしい。ザックスは自分と同じ名前と聞いて、「おなじー!!」と嬉しそうに叫んでいる。綺麗に畳まれた制服は、振り回されてもうぐしゃぐしゃだ。アンジールがザックスの手から制服を取ると、ベッドに座って畳み始める。その様子をザックスが横から眺める。あっという間に制服は元通り綺麗に畳まれた。サイドテーブルに置いて、アンジールはザックスを自分の上に抱き上げた。小さな体がきゅっと抱き付いてくる。
 「ねー、おっきいザッくん、あんじーゆのともだち?」
 興味津々の顔で聞いてくる。アンジールは苦笑するしかなかった。
 「あぁ」
 『本当は友達なんかではなくて、もっと深い仲だけどな』
 「なかよし?」
 「あぁ、とても仲良しだ」
 「おっきいザッくんって、つおいー?」
 「なかなか強いぞ」
 『2ndでは間違いなく一番強い。俺が認める』
 1stになるのも、そう遠くではないだろう。本来のザックスにとっては、アンジールと同じ色の制服を着るのが夢であった。同時にアンジールにとっては、自分と同じ色の制服を着たザックスと任務に当たるのが、楽しみで待ち遠しかった。
 「ザッくんも、つおくなりたーい!!」
 ザックスは勢い良く叫ぶと、アンジールの上でぴょんぴょんと飛び跳ねる。アンジールは一気に現実に引き戻された。
 「お前は強くなるさ……」
 飛び跳ねる体を、思わずぎゅっと抱き締めた。絶え間ないザックスの笑い声を聞きながら、アンジールは何故か胸が少しだけ切なかった。本来の彼に、無性に会いたくなったのだ。


 リビングのソファに座って、ザックスは少し緊張した面持ちをしていた。ローテーブルが端に退かされて、ラグマットの上は広々としている。そこに横たわる二本の剣。一本はとても大きくて重そうな剣。もう一本は、比べると小さくて軽そうな剣。
 危ないからソファの上から絶対に降りるなと言われた。その時のアンジールはいつもより少し怖そうな顔をしていたので、ザックスは「うん」と頷くと、ソファの端っこに静かに座ってクッションを抱き締めた。
 「終わったら、また遊ぼうな」
 変に緊張させてしまったかなと思いつつ、アンジールはザックスに優しく声を掛けた。ザックスがコクンと頷く。
 アンジールが、自身のバスターソードとザックスのソルジャー剣の手入れを始めた。初めて見る光景にザックスは興味津々だった。大きな剣を片手で軽々と持ち上げるアンジールの姿に、ザックスは驚いて「しゅごい……」と呟く。小さなザックスは、実際にその剣を振るうアンジールの姿は見た事がないのだが、何となく薄ぼんやりと記憶の中にある。本来のザックスの記憶なのだろう。
 「あんじーゆ……」
 ザックスはそっと呼ぶ。その小さな声に、アンジールは自分がいつもと違う雰囲気を出している事に、ザックスが戸惑っている事を察した。無理もない。アンジールにしてみれば、ザックスが動き回るとうっかりでは済まない怪我に繋がるかもしれないのだ。それだけが心配で堪らないのだ。でも、さすがに少し可哀想に思えてきて、アンジールはザックスに優しく話しかけた。
 「どうした、ザックス」
 「それ、あんじーゆの?」
 「あぁ、俺のだ。バスターソードというんだ」
 「ばしゅたーそーど……」
 確認するように何度も口の中で呟く。ザックスの視線はアンジールの手元にある、バスターソードに一心に注がれている。じっと見つめる碧い瞳。
 「あんじーゆ……」
 「何だ?」
 「それ、ほしい。ザッくん、それほしい……」
 ザックスの言葉にアンジールは驚いて、手元から顔を上げた。刀身が光るバスターソードを静かに置いて、ソファに座るザックスの元へ近寄ると、彼をそっと抱き締めた。小さな腕はアンジールの逞しい腕を掴む。
 「ザックス……」
 「ザッくん、つおくなるから、ザッくんにちょーだい。ぜったい、ちょーだい」
 自分を見上げてくる大きな碧い瞳は、何処か切羽詰まったように揺れている。ザックスはこの時、ただただ思うままの言葉を口にしていた。どうしてバスターソードが欲しいのか何て、実は良く分からなかった。アンジールの、大きくて格好良くて綺麗なバスターソード。彼の剣が、純粋に欲しいだけなのだ。
 ザックスの今にも泣き出しそうな顔に、アンジールは優しく微笑みかけた。
 「大丈夫、お前にやるから」
 「ほんと?」
 「あぁ。お前がもっともっと大きくなって、強く強くなったその時には、このバスターソードをちゃんとお前にやるな」
 「ほんとに?」
 「本当だ」
 「ばしゅたーそーど、ザッくんのだからね。あげないでね、おっきいザッくんに、あげないでね」
 「えっ!? ザックス……」
 アンジールの動揺をよそに、ザックスはぎゅーっとアンジールの胸に抱き付いた。顔をぐいぐいと胸に押し付けてくる。暫く無言だったものの、どういう訳かやがてシクシクと泣き始めてしまった。小さくしゃくり上げながら、「ザッくんのー」と呟いている。アンジールはザックスの背中を優しくさすって、柔らかい髪の毛に顔を埋める。
 「ザックス、大丈夫だ……」
 ひたすら愛おしんで抱き締める。今のアンジールには、それしか出来なかった。やがて、小さな寝息が聞こえ始める。それでもアンジールはザックスを抱き締め続けた。ラグマットの上に置かれた二本の剣が、呼応するようにゆらりと光った。


 翌朝、ザックスはケロッとした表情をしていた。
 実はアンジールはザックスのメンタル面を心配していた。本来のザックスの記憶と、今のザックスの記憶が混同して、情緒不安定になっているのではないかと懸念したのだ。しかし、当の本人はそんな様子を微塵も感じさせる事はなく、朝から大好きなケチャップたっぷりオムライスをもぐもぐと頬張っている。取り合えず、アンジールはホッとした。
 「あんじーゆのおむらいしゅ、だいしゅきー!!」
 ニコニコ顔で手にしたスプーンを掲げるザックスに、アンジールが微笑む。
 「おっと、牛乳がないな……」
 席を立って冷蔵庫に向かう。その時、ザックスがぽつりと呟いた。
 「……ザッくん、おっきくなりたい」
 当然、アンジールは気付かなかった。
 大きくなって強くなって、アンジールが着ている服を自分も着る。アンジールが持っているバスターソードを貰って、それを持つ自分。そうなりたい、そうなるんだ。きっとアンジールは笑って頭を撫でてくれるに違いない。ぎゅってしてくれるに違いない。小さなザックスは、小さいなりに一生懸命考えた。
 『まけないもん』
 姿は分からない。でも、自分と同じ名前で、強くて、アンジールと仲良しの友達。
 いつしかザックスは、どう説明したら良いか分からない感情を本来の姿である自分、勿論その事はザックスには分からないけれども、彼に対して漠然と抱いていた。
 それはまるで、憧れと嫉妬にも似て。
 「ザックス、牛乳だぞ」
 気付くと目の前のアンジールが、カップをザックスに差し出した。小さな両手で受け取ると、ザックスはカップの中身を覗き込み、アンジールの顔を見る。
 「おっきくなる?」
 「なるさ。牛乳は栄養が沢山だからな」
 「んー」
 牛乳をゴクゴクと飲んで、ぷはっとカップから顔を上げたザックスは口の周りを白くしていた。
 「白いおヒゲが付いてるぞ」
 「おひげー!! きゃあっ!!」
 大笑いするザックスに、アンジールが笑いながらザックスの口元をタオルで拭う。食卓が一気に賑やかになった。
 何も変わっていないように思えた。しかしこの時、既に変化は始まっていたのだった。その事にアンジールは元より、ザックス自身も気付いていなかった。


 だいじょうぶ
 だいじょうぶだよ




 20100515