きみからのおくりもの 07


●ちゃぷんちゃぷん●


 バスルームからアラームが聞こえる。
 「なんか、なってゆー」
 ザックスがラグマットの上でごろごろ転がりながら、ソファに座ってるアンジールに向かって言った。最近のザックスはラグマットの端から端までを、ごろごろ転がるのがマイブームらしい。良く分からないが、彼には面白いようだ。
 「良し。ザックス、お風呂だ」
 「おふろー」
 床に寝ころんだまま両腕を伸ばすと、アンジールが抱き上げてくれた。今のザックスは小さくて軽くて、アンジールは楽々抱き上げる。本来のザックスを抱き上げる事も、しばしばあるのだが、さすがにその時はこうはいかない。
 脱衣所でザックスを下ろすと、彼は早速服を脱ぎ始めた。
 「脱いだ服は、ここのカゴに入れる。良いな?」
 「はーい!!」
 自分で脱ぎ始めたものの、案の定カットソーが上手く脱げなくて悪戦苦闘する。アンジールがしゃがみ込んで手伝う。
 「両手を挙げるんだ、万歳みたいに」
 「こう?」
 すると、スルリとカットソーが脱がされた。あっという間すぎて、何だか魔法みたいだ。
 「ありがとー」
 ザックスは笑った。
 バスルームのドアを開けると、ふわりと湯気が漂う。滑らないように気を付けろと注意すると、ザックスはそろりと歩いてバスタブの縁に掴まる。アンジールはバスタブに張った湯の熱さを確認して、湯桶でザックスの体に少しずつ湯をかけた。
 「ザッくんも、かけゆー」
 自分も同じようにやりたくて、アンジールから湯桶を貸して貰う。でも案の定、湯を沢山入れると持ち上げられなくて、アンジールに手伝って貰った。アンジールは湯をかけてくれたザックスに「有り難う」と言って、頭を撫でる。ザックスは得意気に笑った。そして、ふたりはバスタブの中に入った。アンジールに掴まりながら、ザックスは気持ち良さそうに目を閉じる。
 「きもちーねー」
 「あぁ、気持ちいいな」
 ちゃぷん、ちゃぷん。柔らかい水音がバスルームに響く。
 「あっ!!」
 ザックスが突然声を上げる。
 「どうした?」
 「あひゆしゃん!! あひゆしゃん、わしゅれたー」
 アンジールが立ち上がって、備え付けの棚に腕を伸ばす。そこには黄色いアヒルのビニール人形が。ザックスに手渡すと、嬉しそうに湯に浮かべた。
 このアヒルは前に買い物に行った際に、ザックスが雑貨屋の前で熱心に見ていたものだった。アンジールが「欲しいのか?」と聞いたら、予想外にザックスは「うぅん、いいの」と返事をした。本当は欲しいのを我慢しているのかな、とも思った。しかしザックスはすぐに歩き出したので、アンジールはそれ以上気に留めなかった。しかしその晩、ザックスは寝言で「あひゆしゃん……」と呟いたのだ。これにはアンジール自身が我慢できなくて、先日買い物に出た際にアヒルを買ったのだ。その日のお風呂でのザックスの喜び様は、それは大変なものだった。
 「あひゆしゃーん、あひゆしゃーん、ぷかぷかあひゆしゃーん」
 ザックスは自分で歌いながら、湯に浮かんだアヒルで突いたり動かしたりしている。
 「お気に入りか?」
 「うん!!」
 今日のお風呂もとってもご機嫌だ。


 「よーし、次は体を洗おうな」
 「あらうー」
 ザックスは洗い終えた髪の毛の水気を切るように、ふるふると首を振った。洗い場でふたり向かい合わせで座る。アンジールはバスルーム用の椅子、ザックスは湯を入れた洗面器の中に尻だけ入ってる状態だ。これがお気に入りらしい。「ザッくんのお風呂」と言っている。
 アンジールがタオルにボディソープを付けて泡立てる。あっという間にもこもこのホイップのような泡が沢山出来て、ザックスの体を洗う。
 「あわあわーあわあわー」
 「沢山あわあわだな」
 ザックスが自分の体に付いた泡で遊んでいる間に、アンジールは自分の体もタオルで洗う。ふたりとも泡まみれだ。
 「…………」
 ふとザックスが黙り込んでいる事に気付く。見ると、不思議そうな顔でアンジールの股の間をじっと見つめている。子供相手に恥ずかしがる必要は全然ないのだが、それが無垢な視線なので何だか妙に恥ずかしい。
 「ザックス」
 思わずアンジールは声を掛けた。ザックスは自分とアンジールのを交互に見る。
 「ザッくんのと、ちがーう」
 目で「何で?」と尋ねてくるザックスに、「俺は大人で、お前はまだ子供だから」と答える。ザックスは「ふーん」と言いながら、唐突にアンジールのそれを掴んだ。小さな手がきゅっと握り締める。突然の刺激にアンジールはビックリした。
 「わっ、こらっ!! ザックスッ!!」
 「いたいー?」
 「痛いから止めろっ」
 正直、それ程痛くはなかったのだが、それを言わなかったら止めそうになかったのだ。わざと泣きそうな声で痛がると、さすがにザックスも居たたまれなくなったのか「ごめんなしゃい」としゅんとした顔で言う。
 「もう、しないな?」
 「うん、しない」
 「よし、良い子だ」
 小さな額にキスをすると、ザックスは湯気で上気した顔を笑顔にした。
 シャワーで泡を洗い流す。アンジールが上の方からシャワーを注ぎかけると、ザックスは立ち上がり、声を上げながら両腕を上げて喜んだ。
 「しゃわしゃわー、しゃわしゃわー!!」
 「泡、残ってないな」
 「うん、ザッくんもしゅゆー、しゃわしゃわしゅゆー」
 アンジールがシャワーヘッドを手渡すと、ザックスは容赦なくシャワーをアンジールに向けた。いきなり顔面だ。
 「うわっ!! わーーっ!!」
 少しオーバーに驚いてやると、ザックスはご機嫌になって大はしゃぎした。ふたり揃ってすっかり綺麗になると、最後に湯に浸かりながら「10」まで数える。アヒルも一緒だ。今日は「7」までひとりで数えられた。ザックスの覚えは早い。色々な事をどんどん吸収して覚える。改めて感心しながら、ふたりはバスルームを出た。


 きちんと体を拭く前に走り出しそうなザックスを、アンジールはバスタオルごと包み込むように抱き締める。
 「向こうに行く前に、きちんと拭く。分かるな?」
 「はーい!!」
 「パジャマはソファの上だ。着られるか?」
 「うん、ザッくんきられるもーん」
 一通り水気を拭き取って、アンジールの「良し」の合図が出ると、ザックスはリビングに駆けて行った。アンジールも大雑把に水気を拭き取り、バスローブを羽織ってリビングへ行く。するとザックスが、パジャマを着るどころかラグマットの上でごろごろと転がっていた。恐らく、長めの毛足が素肌に心地良いらしい。
 「こら、ザックス。パジャマ着ないと風邪ひくぞ」
 アンジールが屈み込んでザックスを抱き上げると、そのままぎゅっと抱き付いてきた。「きもちー」と言いながら、バスローブに体を擦り寄せる。その仕種が、何だかとても愛おしい。アンジールはザックスを抱き上げたままソファに座り、手にしていたバスタオルをザックスに羽織らせた。
 「あったかーい、しゅべしゅべー」
 バスローブの合わせ目から小さな手を差し込んで、ザックスはアンジールの肌を撫でる。同じ動作でも、本来のザックスが行うと酷く艶めかしいのに、今はこんなにも可愛くて微笑ましい。アンジールはバスローブの合わせを開くと、そのままザックスの体を包み込むようにした。
 「あんじーゆー、きもちーねー」
 「気持ちいいな。お前が温かいからかな」
 「あんじーゆもねー」
 湯上がりの素肌はほかほか温かくてすべすべ。ザックスばかりではなく、アンジールも何だか心安らいできた。
 「あんじーゆ、しゅき」
 ザックスの呟きに、アンジールはその小さな頭に頬を寄せる。
 シャンプーの香りとお互いの温かさに包まれながら、ふたりは暫しそのままでいた。


 あたたかいね きもちいいね




 20100429