きみからのおくりもの 06


●ともだち●


 「あんじーゆー」
 「何だ?」
 「いーにおいー」
 ラグマットの上に仰向けに寝転がっているアンジールの上に、俯せに寝転がっているザックスが小さな鼻をクンとさせた。今日は朝から天気が良くて、今は昼食後の一休み中。ザックスとのんびりしながら、朝から仕込んでいたアップルパイを焼いているのだ。
 ザックスは常にアンジールにくっつきたがる。こうして寝転がっているアンジールの体によじ登るのが大好きだった。ザックスからしてみれば、どうやら安心するらしい。くっつきたがり屋は本来の彼と一緒だ。
 「今、アップルパイを焼いてる」
 「あっぷーぱい!!」
 アンジールはクスリと笑った。上手く「アップルパイ」と発音できなくて、それが何だか妙に可愛らしいのだ。
 「出来たらみんなで食べような」
 「みんなー?」
 「セフィロスとジェネシスだ。分かるか?」
 ザックスは暫し考える。
 「んー……、わかんない」
 「俺の友達だ。遊びに来るぞ」
 「うん」
 アンジールの胸の上で、彼の顔に向かって手を伸ばす。小さな手で頬に触れて、ぺちぺちと確かめるように叩く。アンジールがそっと手を握って、小さな小さな指先にちゅっとキスをした。ザックスがふんわりと笑う。
 「あんじーゆ、あんじーゆ」
 もぞもぞと動いて体を移動させると、ザックスはアンジールの頬に「しゅきー」と言いながら、ちゅっと唇を押し当てた。小さくて柔らかい唇が、少しだけこそばゆい。
 「ザッくんにもー」
 リクエストに答えて、アンジールはザックスの頬にちゅっとキスをした。「きゃあ」とはしゃいで、手足をばたつかせる。
 『こんなに小さくて、可愛いのな……』
 ザックスの笑顔を見つめながら、ふと本来の彼の姿が脳裏に浮かび上がる。
 『……いつになったら、元に戻る?』
 ザックスが小さくなってから、もう10日以上が過ぎていた。原因は不明のままで、元の姿に戻る術も見つからない。小さなザックスとの生活にもすっかり慣れてしまったアンジールであったが、いつまでもこのままではいられないと思う。当初は「早く元に戻って欲しい」と思っていたが、不思議な事に今はそれ程強くは思わなくなっていた。
 本来の姿に戻った時、小さなザックスは一体どうなってしまうのだろう。
 自分と過ごした間の記憶は、どこへ行ってしまうのか。どうなってしまうのか。あれこれ考え始めると、きりがなかった。思わずザックスの体をきゅっと抱き締める。
 「やー、くゆしー」
 腕の中でザックスが身動ぐ。アンジールは我に返った。腕の力を緩めると、ザックスがけほけほと咳き込む。
 「悪かった、ザックス。苦しかったな? ごめんな?」
 「ん」
 「大丈夫か?」
 「へーき」
 アンジールはザックスの背中を優しくさする。ザックスは気持ち良さそうな顔をしていた。
 「お前が大好きで、ついぎゅっとしてしまった」
 「ザッくんも、あんじーゆ、だいしゅき!!」
 広い胸板に頭をぐりぐりと押し付けるようにして、ザックスは笑っている。リビングには香ばしいアップルパイの香りが漂っていた。


 「ジェネシスは急に演習の教官に入って、来られなくなった。『後日必ず行くから、その時にパイを焼け』と伝言だ」
 「そうか。多分、俺が休んでいるから、その分の穴埋めだ。すまないな……。俺から連絡を入れておく」
 「あぁ、そうしてやってくれ」
 自分の頭上で何やら話が行き交っている。ザックスは後ろからアンジールの足にしがみつきながら、そっと上を見上げた。大きくて黒い服の人が立っている……。
 「もしかして、そいつが……」
 セフィロスがチラリと、アンジールの足元にしがみついているザックスを見た。ザックスがその体をビクッとさせて、一層強くアンジールの足にしがみつくと、体を後ろに隠した。自分の視界から相手が消えると、相手にも見えないと思っているらしい。実際は足にしがみつく小さな手足が丸見えだ。
 「あぁ、ザックスだ。ほら、ザックス……、俺の友達のセフィロスだ」
 アンジールの言葉に、セフィロスの目が細められる。
 「分かっていないのか?」
 「あぁ、分かっていないというか、覚えていないというか……」
 アンジールはザックスを促しながら抱き上げようとしたが、その前にザックスは勢い良くリビングに向かって駆けて行ってしまった。
 「おい、ザックスッ!! ……すまない、ビックリしてるみたいだ」
 「……らしいな」
 ふたりはリビングを見遣りながら、溜息をついた。


 アンジールがキッチンで焼き立てのアップルパイを切り分けている間、セフィロスはテーブルに座ってお互いにたわいのない会話を交わす。ザックスはその様子を、リビングのソファの影から、じっと窺うように見ていた。会話の内容は良く分からない。でも時々、自分の名前が出てくる。
 『あんじーゆの、ともだち……』
 ザックスはセフィロスを見た。丁度こちらに背を向けて椅子に座っているので、床に届きそうな程長い銀髪が光を受けてキラキラとして、時折サラサラと動いた。それはとても綺麗にザックスの目に映る。
 黒い服に身を包んで、ちょっと怖いけれど、髪の毛が長くて綺麗なアンジールの友達。
 ザックスはそっと近付く。好奇心の方が勝ったのだ。そろそろと近付いてその銀髪を間近で見ると、本当に綺麗でザックスは思わず一房を掴んだ。
 「わー、きれー……」
 「ん?」
 セフィロスが振り返って足元を見ると、ザックスの視線とぶつかった。
 「あっ」
 途端に、ザックスが少し怯えたような表情になる。セフィロスは今し方までのアンジールとの会話を思い出す。
 『怖がるから、なるべく笑ってやってくれ。出来れば、視線を同じ高さに』
 友人の頼みとなれば仕方ないと、セフィロスは静かに笑みを浮かべながら声を掛けた。
 「ザックスか?」
 「う、ん」
 一房を掴んだまま、小さく返事をする。セフィロスは椅子から降りると、床にしゃがみ込んだ。ザックスの顔を見て、「魔晄の瞳……間違いなくあいつだな」と思いながら、そっと頭を一撫でする。するとザックスは笑顔になった。
 「あんじーゆの、ともだち?」
 「あぁ。セフィロスだ」
 「しぇ……しぇふぃ、お……しゅ?」
 ザックスには言いにくい音ばかりの名前に、悪戦苦闘している。何度も呟くが、上手く「セフィロス」と発音できない。セフィロスは彼にしては珍しく、クスクスと笑った。そんなふたりを、アンジールは微笑ましげに見守る。
 「さぁ、食べよう」
 アンジールがアップルパイを取り分けた皿をテーブルに並べた。


 「しぇふぃ、あんじーゆのあっぷーぱい、しゅき?」
 自分とアンジールの向かいに座るセフィロスに、ザックスは口の周りに小さなパイ生地を沢山付けながら言った。あまりにも言いにくそうなので、遂にセフィロスはザックスに「セフィ、でいい」と言った。これにはアンジールも笑ってしまった。
 「あぁ、好きだ」
 「ザッくんもしゅきー!!」
 「こら、ザックス、椅子の上に立たない」
 テーブルは賑やかだった。アンジールの焼いたアップルパイはとても美味しいし、もうすっかりセフィロスに慣れたザックスは、持ち前の好奇心も相まってどんどん話しかける。
 「しぇふぃ、あとでザッくんと、あそぼー?」
 「良いぞ。まずはアップルパイを食べてからだ」
 「うん!! あっぷーぱーい」
 セフィロスはチラリとアンジールを見た。アンジールは、少し申し訳なさそうな顔をする。
 『すまないな』
 『気にするな』
 まさか彼がここまでしてくれるとは、正直思っていなかったし、期待していなかった。アンジールは友人に感謝しながら、アップルパイを口にした。


 時間はあっという間に過ぎる。
 ザックスはセフィロスに構って貰って大喜びだった。セフィロスはやはり戸惑いつつも、アンジールに助け船を出して貰いながら、何とかザックスの相手をした。
 「ねーねー、しぇふぃ、つおい?」
 リビングのソファに座りながら、ザックスはセフィロスを覗き込むようにして尋ねる。サラサラの髪の毛の感触が気に入ったのか、小さな手で毛先を撫でる。
 「さぁ、どうだろうな」
 曖昧な返事にザックスはアンジールを見た。アンジールが「とても強いぞ」と答えると、「しゅごーい!!」と叫んで、「でも、あんじーゆもつおいよー」と付け足す。
 「アンジールが好きか?」
 自分の上をちょこまかと動くザックスを手で支えながら、セフィロスは唐突に言った。ザックスが動きを止めて、じっとセフィロスを見る。そして、とびきりの笑顔で答える。
 「だいしゅき!! でも、しぇふぃもしゅきー!!」
 そのまま彼の首に髪の毛ごとぎゅーっと抱き付いた。さすがのセフィロスもちょっと驚く。
 「気に入られたようだな」
 アンジールが戸惑うような表情をしている友人に向かって笑った。
 「……まるで仔犬だな」
 自分をぎゅっと抱き締めてくる小さな体を、セフィロスはそっと撫でた。


 みんな だいすきだよ




 20100415