きみからのおくりもの 04


●いっしょにおでかけ●


 「ザックス、トイレは?」
 「ない」
 「大丈夫か?」
 「うん」
 確認して、アンジールはザックスの小さな足に小さなスニーカーを履かせた。今日はザックスが小さくなってから、初めての外出だ。施設内ではなるべく人目に付かずに外に出たかったので、緊急用の連絡通路を利用する事にした。しかも、1stと上層部専用の通路だ。
 「ザックス、建物の中にいる間は、ちょっと静かにしててくれ。分かったか?」
 「うん」
 人差し指を唇の前で立てて、「しー」と言っている。アンジールの言ってる事が理解できたらしい。アンジールは「えらいぞ」と頭を撫でた。
 ザックスを抱き上げてパーカーのフードを被せると、アンジールは静かに部屋を出た。ドアはオートロックなので、鍵は勝手に閉まる。そのまま同じフロアにある、緊急用の連絡通路へ向かった。ドアの前で素早く認識コードを打ち込み、網膜のスキャンを受ける。小さな電子音と共に、ロックが外れてドアが滑るようにスライドした。
 窓も何もなく人工の灯りが妙に白っぽい、平坦な通路がずっと続いている。時折、空調らしき音が低音でブーンと音を立てる以外は、カツカツとアンジールの足音が響くのみだった。ザックスは微かに怯える。アンジールの胸にしがみつきながら、「こわい」と呟いた。
 「大丈夫だ、俺がいる。怖くない」
 アンジールがザックスを覗き込みながら、そっと囁いた。
 「うん」
 アンジールが小声で話したので、「静かに」と言われた事を思いだしたのだろう。先程のように人差し指を立てて唇に当てながら、「しーしー」と呟いている。フードの上からその頭を撫でて、アンジールは出口のドアに認証コードを打ち込もうとした。


 「ザックス、もう大丈夫だぞ」
 アンジールの声にザックスは顔を上げた。眩しくて、思わず目を細める。ここはもう街の中。見上げれば青空、周りは休日の混雑には及ばないが、それなりに人々が行き交っていた。被らせていたフードを脱ぐと、ザックスはきょろきょろと辺りを見回した。
 「さぁ、お出掛けだ」
 「おでかけー!!」
 ザックスは嬉しさのあまり、足をばたつかせた。一番最後の帰り際に、食品を買えばそれで充分だった。なので、今日は街中をゆっくりと散歩感覚で歩いてみようとアンジールは思っていた。ザックスの気分転換にもなるし、それに小さなザックスと出掛けるのが、実はアンジールにはちょっと楽しみだったのだ。「大変かもしれないだろうな」と思いつつ、楽しもうと思っていた。
 小さなザックスは目の回る忙しさで、あちこちに興味を持つ。アンジールに抱かれたまま移動して、自分が気になる場所になると「おりる」と言った。ケーキ屋のウィンドウの前ではケーキの数を数え始める。でも頑張っても「5」までしか数えられなくて、途中で泣きそうになり、アンジールと一緒に「10」まで数えた。果物屋の前では思わずカゴの中の桃に指を押し付けそうになった。アンジールに止められてちょっと拗ねると、お店のおじさんが味見のリンゴを一切れくれた。通りのポールに繋がれた犬に「わんわん、さわりたいー」と騒ぎ、恐る恐る差し出した手をベロリと舐められてビックリした。花屋の前では「ザッくん、あれしゅきー」と指差して叫び、お店のおばさんから「お土産ね」と言って一輪のガーベラを貰った。行く先々でその都度アンジールは、「有り難うございます」やら「すみません」やらを繰り返しつつ、ザックスと共に笑顔だった。
 「あんじーゆー」
 「どうした?」
 「ザッくんねー、のどかわいた……」
 殆ど喋りっぱなしなので無理もない。それに天気も良いし、アンジールも少し休憩したかった。
 「そうか。じゃあ、飲み物買って公園で飲もう」
 「うん!!」
 少し大きめの公園の入口には、パラソルを広げたカートが飲み物や食べ物を売っていた。アンジールはリンゴジュースとアイスコーヒーを買う。ザックスを下ろして飲み物を二つ受け取ると、近くのベンチへ向かった。案の定駆け出したザックスに、「気を付けろよ」と声を掛ける。
 「ほら、両手でしっかり持って」
 ベンチによじ登るように座ったザックスが、ストローの差し込まれたカップを受け取る。カップ一杯にジュースが入っているので、隣に座ったアンジールが片手でカップを支える。
 「おいしー」
 ぷはっと声を上げるような勢いで飲んだザックスが、アンジールにも頻りにジュースを勧める。一口飲んで「美味しいな」と笑うと、ザックスは嬉しそうに笑った。自分が気に入ったものをアンジールと共有できた事が嬉しいのだ。
 ザックスはアンジールにピッタリと寄り添う。アンジールはザックスの体に、抱き寄せるように片腕を回してアイスコーヒーを飲んだ。
 「ザッくんも、それのみたいー」
 「これはコーヒーだから、お前にはまだ早い。凄く苦いぞ」
 「のみたいー、ちょっとー」
 アンジールのカップに手を伸ばす。こうなったらザックスは頑固だった。この時期特有の固執傾向が現れていると思われる。何でもやってみたいし、何でも欲しくなってしまうのだ。一口味見したら気が済むだろうと思い、アンジールは「ちょっとだぞ」と言いながらストローを咥えさせる。
 「……にがーい」
 ストローを伝ってアイスコーヒーが口に入った瞬間、思わず笑ってしまいそうな程に、ザックスは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。そしてすぐに自分のリンゴジュースを飲む。
 「そっちの方が美味しいだろ?」
 「うん、りんごしゅきー」
 二つのカップが空になる。ベンチの前を行き交う人々を眺めつつ、そろそろ行こうかとアンジールが思った時。突如ザックスの目が輝き始めた。向こうから風船を沢山持った女性が歩いてきたのだ。色とりどりの風船は、フワフワと女性の頭上で揺れている。ザックスはベンチから、勢い良く飛び降りて掛け出した。
 「おいっ、ザックス!!」
 アンジールが慌てて後を追おうとして、花屋で貰ったガーベラと空になったカップをベンチに置いたままにしたのに気付き、すぐに拾ってカップを脇のゴミ箱へ入れる。
 「ふーしぇん、たくしゃーん」
 ザックスは沢山の風船を見上げる。女性が笑いながらザックスに話しかけた。
 「僕、風船、好き?」
 「ザッくん、しゅきー」
 「じゃあ、一つあげるね。何色が良いかな?」
 「あおー!!」
 元気よく手を挙げて返事をしながら、ザックスは青色の風船が結ばれた紐を受け取る。そこにちょうどアンジールがやって来た。
 「ザックス、急に走り出したら……、すみませんっ」
 アンジールは女性に謝りながら、風船の代金を払おうとした。「良いんですよ、プレゼントです」と言いながら、女性はザックスに「ね?」と笑いかけた。
 「ザックス、ちゃんとお礼言ったか?」
 「ありがとー!!」
 「どういたしまして。良いわねー、パパとお出掛け?」
 ザックスは一瞬きょとんとしつつ、すぐに笑顔で「うん」と大きく頷いた。そのまま女性はザックスに「ばいばーい」と手を振り、風船を揺らしながら歩いていった。ザックスも手を振りながらその場で見送る。
 「ザックス、良かったな。折角の風船が飛ばないように、結ぼうな」
 アンジールはその場にしゃがみ込むと、ザックスの手首に風船の紐を結びつけた。ザックスの頭上に、青色の風船がフワフワと漂う。
 「あんじーゆ」
 「ん? 何だ?」
 「……ぱぱ?」
 「えっ!?」
 ザックスに「パパ」と言われて、アンジールは動揺してしまった。先程の女性との会話で「パパ」と言われた時に、ザックスがきょとんとしていたのを思い出す。ザックスは何だか神妙な顔つきをしていた。
 「ザッくんのぱぱ……どこ……、あんじーゆ、ぱぱ……? うぅん、ちがう……ぱぱ……」
 ザックスの思考が混乱してきている。無理もない。本来ならば、ザックスの父親は彼の故郷ゴンガガの実家にいる筈だが、今のザックスにそれが理解できているかは分からなかった。どっちにしても、このままだとザックスが不安がってしまう。
 「ザックス、おいで」
 アンジールは立ち尽くしたままのザックスを両腕で抱き締める。小さな腕はすぐにアンジールにしがみついてきた。
 「ザックスの側には、俺がいる。いつも一緒だ。な?」
 「ん」
 「ザックスが大好きだ!!」
 アンジールはザックスを抱き上げた。急に体が宙に浮いて、ザックスは驚く。でも、目の前には大好きなアンジールの笑顔。
 「あんじーゆ……、あんじーゆっ!!」
 漸く笑顔が戻って、ザックスはアンジールの首にぎゅーっと抱き付く。「だいしゅきー」と何度も言いながら。
 「よーし、夜ご飯の買い物して帰ろうな。今日は何を食べようか? ザックス、何食べたい?」
 「ザッくんねー、んとねー、……はんばーぐ!!」
 「じゃあ、ハンバーグに決まりだ」
 「はんばーぐ、はんばーぐー!!」
 キラキラした笑顔を零しながら、アンジールとザックスは公園を後にした。その姿は何処の誰が見ても、とても微笑ましいものだった。


 おうちにかえろうね




 20100330