●かっこいい?●
アンジールはパソコンの前で悩んでいた。すると、足元にザックスが寄ってくる。
「あんじーゆ、なにしてんの?」
「あぁ、ちょっと仕事だ。そうだザックス、お前何色が好きだ?」
「あお!!」
ザックスが元気よく答えると、そのまま「ザッくん、あおしゅきー」と言いながら部屋の中をグルグル回る。「気を付けろよ」と言いながら、アンジールは再びパソコンのモニターに視線を戻した。
仕事というのは嘘だった。開いている画面は通販サイト。しかも子供服のページだった。そう、ザックスの服を調達しなければならないのだ。部屋にいる時や寝る時はともかく、いつまでも自分のシャツをずるずると羽織らせている訳にはいかない。ザックス本人はこのずるずる感が気に入っているらしいが、そうは言ってられないのだ。第一、外に出られない。買い物に行くにもザックスを置いていく訳にはいかないので、アンジールは早急にザックスの服を調達する事にしたのだ。
本人が青色が好きだというので、取り敢えず意見を尊重しつつ、適当に上下一式とその他諸々を選んで注文ボタンをクリックした。幸いどれも在庫があるので、数日の内に届くとの事だった。よもや自分が子供服を買うだなんて、思ってもみなかった。
「これで良し、と」
パソコンの電源を落として、アンジールが椅子に座ったまま伸びをする。それを見たザックスが、待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。
「おしごと、おわりー?」
「あぁ、おしまいだ」
「んじゃ、ザッくんとあそぼー」
言いながら、ザックスは既にアンジールの上によじ登ろうとしている。アンジールは笑いながら彼を抱き上げると、そのまま高く持ち上げた。
「たかいー!!」
「ビックリしたか?」
「もっとしゅるー」
ザックスは手足をばたつかせながら、アンジールにもっととせがんだ。
「良し。じゃあ、もっとするぞ」
一度下ろしてから、再び高く持ち上げる。ザックスはその度に嬉しそうに叫んで笑った。
『ウエイトトレーニングにしては、少し軽すぎるな……』
ザックスの体を軽々と持ち上げながら、アンジールは心の中で呟いた。
数日後、アンジールの部屋に荷物が届いた。通販サイトで注文したザックスの服だった。箱を抱えてリビングに入ってきたアンジールに、ザックスは駆け寄る。
「それ、なにー?」
「開けていいぞ」
床に箱を置くと、ザックスは嬉しそうに箱を開け始める。しかし、ピッタリと貼られた梱包テープがなかなか剥がせない。苦戦しているザックスに、アンジールが端っこを少し捲ってやる。ザックスはそこからビーッと一気にテープを剥がす。それさえも面白いのか、笑い声が絶えない。
今のザックスはアンジールが気にも留めない、日常の何でもない事でも物凄く楽しそうに行う。きっと何もかもに興味があるのだろう。すぐに「なに?」と聞いてくるし、何でも自分でやろうとした。でも、なかなか自分の思う通りに出来なくて、癇癪を起こす事もしばしばだ。
食事や着替えなど身の回りの事は、一通り覚えているようだった。恐らく、本来のザックスのままなのだろう。しかし、覚えていても発育途中の体がそれに着いていかないらしい。何をするにもそれなりに時間も掛かる。アンジールが手伝おうとすると、「ザッくんできるもんっ」と強気に言い返した。でも結局上手くできなくて、終いにはムキになって泣いてしまう事もあった。
そんなザックスの姿をアンジールはやれやれと思いつつ、微笑ましく思いそっと見守った。懸命な姿がとても可愛らしくて、そして妙に感動してしまったりした。これはもう、立派な「親バカ」かもしれないと、思ったり思わなかったり……。
「わぁ……」
箱を開けたザックスが中身を見る。綺麗に畳まれて袋に入った小さな服。自分の服だと分かるのだろうか、期待の眼差しで「これ、ザッくんの?」と聞いてくる。
「そうだ、お前のだ。いつまでもこのままじゃ、何処にも行けないしな。ちょっと着てみような」
アンジールがザックスに羽織らせたシャツを脱がせようとすると、ザックスがアンジールの腕にぎゅっとしがみついた。
「あんじーゆー、ありがとっ!!」
キラキラと目を輝かせて叫ぶザックスに、アンジールは「どういたしまして」と笑う。そしてザックスは、「ザッくん、できる」と言いながら羽織っているシャツを脱ぎ始めた。その間にアンジールは服に付いたタグやシールを取り払う。
長袖のカットソーは白と黄色の二枚、本来のザックスも良く着ているパーカーは青色のものを一着、ウエストがゴムのズボンは黒色のものを一本、スニーカー一足。後は部屋着も兼ねたパジャマと靴下や下着やら。取り敢えず、これで一通りの着替えが揃った事になるので一安心だ。
「可愛いなぁ」
アンジールはカットソーを持ちながら、その小ささに思わず呟いてしまった。それを聞いたザックスが、「かわいいちがうー、かっこいいー」と言い返す。それが何だか可笑しくて、アンジールは笑いながら「そうだな、かっこいいだな」と言った。ザックスは満足そうに笑いながら、カットソーを着させて貰う。
「どうだ? きつくないか?」
「へいきー!!」
すっかり着替えたザックスはご機嫌だ。その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。同時に、背中でパーカーのフードが上下にぴょこぴょこ揺れる。気掛かりだったサイズも問題ないらしい。アンジールはほっとした。こうして見ると、なかなか良く似合っている。こういうカジュアルな格好が、小さくてもやっぱりザックスには良く似合う。
「ザッくん、かっこいいー?」
「あぁ、凄くかっこいいぞ」
アンジールが言うと、予想通りにぎゅーっと抱き付いてくる。アンジールがザックスにフードを被せながら、「明日、買い物でも行くか?」と尋ねる。
「おでかけ?」
「あぁ、一緒にお出掛けだ」
「いっしょ!! あんじーゆとおでかけ!!」
その後のザックスは部屋着も兼ねたパジャマに着替え、暫く「おでかけー、おでかけー」と騒いでいた。余程楽しみなのだろう。そして騒ぎ過ぎて疲れてしまったのか、夕食を済ませるとソファの上で早々に寝てしまった。
「やれやれ、はしゃぎ過ぎたんだな……」
洗い物を終えたアンジールが、ソファのザックスを静かに抱き上げる。規則正しい寝息を立てるザックスを寝室へ運ぶ。そっとベッドに下ろしてブランケットを掛けると、何やら小さな寝言を口の中でもごもご言っている。
「おやすみ、ザックス」
額に小さなキスを落として、アンジールはサイドテーブルの照明を一番小さくした。
またあしたね
20100326