きみからのおくりもの 02


●はじめまして?●


 ヴァーチャル・システムのエラーに伴う何らかの作用で、ザックスは幼児の姿になってしまった。
 システム管理部門は前代未聞の事に驚きつつも原因究明に全力を注ぐと言い、騒ぎを聞きつけた科研はすぐさまザックスを研究所に連れてくるように言ってきた。だが、そんな危険な真似は出来ないと、アンジールは頑固阻止した。科研に連れていったら、一体何をされる事やら。「原因究明」の大義名分の元で、興味本位にザックスにあれこれ実験を施すに決まっている。
 ラザードに報告に行った際に、アンジールはザックスを連れて行った。彼をブランケットで包み込んで、なるべく人目に触れないように半ば駆けるようにしてソルジャー司令室へ飛び込んだのだ。
 「失礼しますっ」
 慌ただしく駆け込んできたアンジールに、ラザードはコーヒーの入ったカップを差し出した。
 「状況は聞いているが、もしかしてそれが……」
 ラザードはアンジールが抱えているブランケットを見る。もぞもぞと動いていた。
 「あぁ……ザックスだ」
 アンジールがブランケットの一部分をそっと退かすと、中から小さなザックスが顔を覗かせた。急に眩しかったのか、「うー」と呻きながらしかめっ面になっている。目が慣れてくると、ブランケットを小さな手で握り締めつつ、辺りをきょろきょろ見渡した。
 「ほ、本当にこの子がザックスなのかい?」
 ラザードは思わず手にしていたカップを落としそうになった。デスクの上に置いて、ザックスをそっと覗き込む。ザックスはラザードの顔を暫しじっと見る。その瞳は碧色。小さくても間違いなく、ザックスの魔晄の瞳の色だった。やがてザックスはおもむろに、ブランケットの中に顔を隠した。どうやらラザードの事は良く分からないらしい。
 「あぁ、ザックスだ。瞳を見ただろ?」
 アンジールが腕の中でブランケットに包まれているザックスを、そっと抱き直した。ザックスはアンジールにきゅっとしがみついている。
 「確かにこの子は魔晄の瞳だね。そうか、ザックスがねぇ……」
 何かを考え込むように顎に手を当てながら、ラザードは瞳を閉じた。部屋に妙な沈黙が流れる。
 「それで、今後の事なんだが……」
 アンジールはラザードと、今後について打ち合わせを始める。起こっている事態にはまるでお構いなしのように、いつしかザックスはアンジールの腕の中で小さな寝息を立てていた。


 自室に戻ったアンジールは、すやすやと眠っているザックスをソファに寝かせると部屋着に着替えた。当分の間、つまりそれはザックスが元に戻るまでの間、アンジールは休暇となってしまった。そもそも施設内に子供がいて安心な場所が殆ど皆無に等しいので、誰かに預けたりするのがほぼ不可能であった。それに、突然元の体に戻るかもしれないので、目を離すのが不安なのだ。要するに目を離せないのだった。
 アンジールは静かにソファに座る。隣で眠るザックスを改めてじっと見た。間違いなく彼だ。彼の幼い時のままの姿なのだろう。当たり前だが、初めて見る姿にアンジールは思わず微笑んでしまった。こういう本来有り得ない事態じゃないと、何をしても見られない姿だった。
 ザックスの頬にそっと指先で触れる。すべすべで、ぷにっとした感触。何だかマシュマロみたいだとアンジールは思った。普段の彼とは違う、明らかに子供の頬だった。
 「ん……」
 気付いたのか、ザックスの体が身動ぐ。目を擦るようにしたり、あくびをしたりして、ゆっくりと碧い瞳が姿を現した。
 「ザックス」
 自分を覗き込んでくるアンジールに、ザックスは小さな腕を伸ばす。アンジールはその体を抱き上げると、向かい合うようにして自分の上に座らせた。後ろにひっくり返らないように、そっと背中を支えてやる。
 「良く眠れたか?」
 ザックスは「うん」と言いながら、大きく頷いた。ザックスの状況を把握する為にも、アンジールは彼に色々と質問をしてみる事にした。
 「自分の名前、ちゃんと言えるか?」
 「ザックス・フェア」
 「そうだな。ではザックス、お前何歳だ?」
 「ザッくんねー、」
 ザックスはニコニコしながら、アンジールの顔の前で指を三本立てた。最初、小指を親指で上手く押さえられなくて、もう一方の手で押さえていた。
 「三歳だな」
 「うん!! みっちゅ」
 小さな頭を撫でてやると、嬉しそうに笑った。
 「じゃあ、何処から来たか分かるか?」
 「んーと、んー……、わかんない」
 質問の意味が分からないのか、ザックスは不思議そうな顔をして少し俯いた。アンジールがそっと頬を撫でると、すぐに顔を上げて笑顔になった。
 「俺の事、分かるか?」
 「うん!! あんじーゆ」
 「アンジール、だ」
 「あ……、あ……、あんじー……ゆ」
 どうやらラ行の発音が上手くできないらしく、どうしても「あんじーゆ」になってしまう。アンジールはクスリと笑った。幼児期は、特にサ行とラ行の発音が調音器官が未熟な為難しく、上手く発音できないのだ。こればかりは致し方ない。
 話題がアンジールの事となると、ザックスは俄然張り切った。質問しなくても自らどんどん喋る。
 「あんねー、ザッくんねー、あんじーゆといっしょだよ」
 「そうだな、いつも一緒だよな」
 「うん!! あんじーゆねー、つおいんだよ」
 「ははは、そうか。お前も頑張ってるから、強くなれるさ」
 「うん!! ザッくん、あんじーゆ、しゅきー」
 ザックスは「きゃあ」とはしゃぎながら、アンジールの胸にぎゅーっとしがみついた。
 アンジールはザックスの背を撫でながら考えを巡らす。今のザックスには、どうやら自分の事は分かるらしい。しかも、幼児語ながらも告白までされてしまった。告白も何も本来のザックスは自分の恋人であるのだが。それを覚えていて小さなザックスは「好き」と言っているのか、それとも単に「好き」と言っているのか、今のアンジールには分からなかった。
 基礎となっている部分は三歳児相応のものであるようだが、本来の年齢時の記憶も曖昧に残っているらしい。現にアンジールの事を知っている。
 じっと考え事に耽っているアンジール。そんな彼にザックスは、自分に構ってくれない事を抗議するかのように、小さな手でアンジールの頬をぺちぺちと叩く。
 「あんじーゆ、おはなしー」
 「えっ、あぁ……よしよし、じゃあザックス、」
 「ザッくん、あんじーゆ、しゅきー!!」
 アンジールが話し始めたところで、唐突にザックスが叫ぶ。しかもアンジールの上で飛び跳ねるものだから、ソファが大きく上下に振れた。この予測不能な行動が、いかにも幼児らしいものだった。
 「ザックス、ちょっと静かにしろ、ほらっ」
 「あんじーゆは? ザッくんのこと、しゅき?」
 飛び跳ねるのを止めて、じっとアンジールを見つめた。クルクルと良く動く碧い瞳。体が小さくなってしまった今は、その瞳の大きさが本来の彼より一層際だつ。純粋な汚れなき瞳でじっと自分を見つめるザックスに、アンジールは思わず息を止めた。心の奥底深くまで覗かれているような気がする。「大人には見えない物が子供には見える」とよく言うが、まさにその通りかも知れないと思った。
 アンジールはザックスの頭を撫でて、その柔らかな頬に自分の頬を寄せた。
 「俺もザックスの事は、大好きだ」
 「しゅきっ!!」
 少しこそばゆそうな仕種をしながらも、ザックスはアンジールに頬に自分の頬をぎゅっと寄せる。アンジールは小さな体を抱き締めながら、その温もりを感じていた。




 20100322