きみからのおくりもの 01


●はじまり●


 「んー、草の匂いが最高だね」
 ザックスは視界一杯に広がる草原を見回して言った。風が吹く度に草はサワサワと音を立てて、地平線へ向かって滑るように波紋を描く。風と光が織りなす草原の波に、ザックスは暫し目を奪われた。
 (ザックス、集中!!)
 突如アンジールの声が響く。ザックスは前をグッと見据えて、剣の柄を握る手に力を込めた。
 今はヴァーチャル・システムを使用しての訓練中。今日のステージは草原。見通しが良いし緑が綺麗だし、季候も良くて結構好きなステージだ。砂漠地帯に比べると、遙かにマシだった。
 (では、前回よりレベルを上げて行くぞ)
 「りょーかーいっ!!」
 楽しげな、且つ不敵な笑みを浮かべながら、ザックスはターゲットとなるモンスターの出現を待つ。風が髪の毛を靡かせて、時折草が宙に舞う。
 やがて、前方僅かに右方向の空間が、ゆらりと揺れた。
 「お待ちしてましたっ」
 碧い双璧が僅かに細められた。ターゲットを視界にハッキリと捉えると、ザックスは一気に掛け出した。グングンと距離が縮まり、剣を構える体勢に入った時。
 ジジッ。
 聞き慣れない音が響き、自分を包み込む空間にピシリとノイズが走る。突如空間はその景色を一変させて、壊れたテレビのように割れて砂嵐が混じり始めた。
 (システムエラー システムエラー)
 聞き慣れた人工の声が、聞き慣れないアナウンスを繰り返す。空間が歪む。バリバリと耳障りな音がして、視界に映る全てが崩壊を始める。小さなピースがバラバラと崩れ、ノイズとフラッシュがザックスを襲う。
 「ちょっ、コレどうなってるんだよっ、アンジールッ!!」
 突然の事態にザックスが叫ぶ。しかし、何も返事がない。トレーニング・ルームの外にいるであろうアンジールに、自分の声は届いていないようだった。
 (システムエラー システムエラー 十秒後に再起動を開始します)
 「再起動って……大丈夫なのかよ、このままで」
 ザックスは膨大な量の情報の中に佇んでいた。もう、先程まで目の前一杯に広がっていた草原はどこにもない。数字やらコード、見慣れない記号が宙を物凄い勢いで飛び回る。まともに見ようとすると、頭がおかしくなりそうだった。
 ブ、ン……ッ。
 突然真っ暗になった。同時に、ザックスは肉体と精神が離れてしまったような、奇妙な感覚を味わう。そこから先は、記憶が途切れた。


 「エラー?」
 モニターに突然現れた「SYSTEM ERROR」の文字に、アンジールはエラー解除のコードをキーボードで素早く打ち込んだ。しかし、弾かれてしまう。
 「何だとっ?」
 頭に入っている解除コードを片っ端から打ち込むが、全て同じ結果だった。アンジールがさすがに焦り始めた。特殊ガラス越しに見る室内は、エラーを知らせる赤いランプが点滅を続けている。外から見ると別に何でもなさそうだが、ヴァーチャル空間内のザックスの目の前には、一体どんな光景が広がっているか想像が付かなかった。
 「ザックスッ!! 大丈夫か?」
 呼び掛けても返事がない。どうやら外からの声が聞こえないらしい。ザックスは呆然と立ち尽くしていた。
 「クソッ」
 アンジールがモニターの横を拳で力強く叩いた。バリンとガラスが砕け散り、中にある緊急停止レバーを引き上げようとした時、システムがダウンした。
 ブ、ン……ッ。
 目の前のトレーニング・ルーム内が真っ暗になった。カラン、と乾いた音がした。そして、ドサッという鈍い音。
 「ザックスッ!!」
 アンジールは入口のロックを手動で解除する。緊急時のマニュアルは頭に叩き込んでいるものの、実際にロックの手動解除を行うのは初めてだった。普段は自動で滑らかに開閉するドアを、手でこじ開ける。思った以上に重かったので驚いた。
 真っ暗な室内。ドアの横にあるパネルに幾つかコードを打ち込む。すると、非常灯が点いて室内をオレンジ色に照らした。ここの状況はシステム管理部門が即把握して、すぐに予備電源が回される筈だ。それまでの僅かな間、この状況が続く。
 部屋の真ん中にうずくまっている影が見えた。すぐ脇に剣が落ちている。アンジールは駆け寄った。そして愕然とした。
 そこにはザックスの姿がない。代わりに、ザックスの制服にくるまれているような状態の子供がうずくまっていた。アンジールが床を見ながら立ち尽くしていると、子供がもぞもぞと動く。
 「うー」
 小さく呻きながら、体にまとわりついている制服を重たげに引きずり、やっとこせ起き上がって床に座る。丁度アンジールに背を向けている状態なので、どうやらこちらには気付いていないらしい。ノースリーブの制服から出ている腕は、小さくて細くて柔らかそうだった。子供、それも幼児特有の柔らかさと言うか、そんな感じだ。
 アンジールは頭の奥で軽い眩暈を感じながらも、自分も床にしゃがみ込んだ。何かの間違いであって欲しい。今まで何度かそう思った状況はあったけれど、今回ばかりは切に思う。
 最悪の事態が頭をよぎりそうになり、思わず頭を振った。意を決して、アンジールは目の前で座っている子供にそっと声を掛けた。
 「おい……」
 アンジールの呼び掛けに、小さな体がピクッと反応する。頭上から声が聞こえたと思ったのか、大きく首を反らせるようにすると、バランスを崩して後ろにひっくり返りそうになる。アンジールが咄嗟に受け止めてやると、ビックリしたような顔をしつつ、嬉しそうに笑ってアンジールを見上げてきた。
 その大きな瞳は、あのザックスの碧色そのものだった。
 『何て事だ……』
 最悪の事態がほぼ決定の状態で、アンジールはそれでも恐る恐るその名を呼んでみた。
 「……ザックス、か?」
 「うんっ」
 とびきりの笑顔で返事をすると、自分の体を支えているアンジールの腕に、ぎゅーっとしがみついた。アンジールは思わずその場に突っ伏してしまいたくなった。




 20100319