・「おっぱいプリン」ネタです。汗。
上記条件が大丈夫な方のみ、どうぞ。
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「ぶーんぶーん、ぶーん」
リビングに仰向けになったザックスが右手を挙げて、声に合わせながら左右に振っている。その手には少し前に買ってもらった飛行機のおもちゃが握られていた。小さな男の子がとりわけ車や電車、飛行機と言った乗り物全般を好むように、ザックスも乗り物が大好きだ。この飛行機のおもちゃは、最近のお気に入り。
「ぶーん。あひゆしゃん、のいましゅかー?」
今日のフライトのお客さんは、お風呂場からやってきたあひるさん。大きなあひるさんと小さなあひるさんの二羽。当初は一羽だったけれど、「さみしいかも」と言ったザックスの声を聞いてアンジールがもう一羽買ってきてくれたのだ。二羽はいつも一緒の仲良しだ。
ザックスが飛行機を手にしたままくるりと体を回転させて、俯せになったその時。足先で何かに触ったような感触がした。同時に賑やかな音が聞こえる。どうやらテレビの電源がオンになってしまったようだ。見るとザックスの足元には、テレビのリモコンが転がっていた。
「なにー?」
急に賑やかな音が聞こえて、起き上がったザックスはふとテレビを見た。
「……わぁ!!」
何を驚いたのか、小さな口がぽかんと開きっぱなしになっている。しかし、その表情は徐々に楽しげ且つ嬉しげなものへと変化する。そのままザックスは、暫しテレビ画面に釘付けになってしまったのだった。
飛行機は小さな手に握られたまま。二羽のあひるさんは、どうやら今日は飛行機に乗れそうにありません。
「あんじーゆーっ!!」
リビングからパタパタと足音が聞こえてくる。
「どうしたザックス?」
寝室でリネンの類を整えていたアンジールの足元に、駆け寄ってきたザックスがどーんと抱き付いた。ぴょこぴょこ跳ねながら、アンジールをぐいと上を見上げる。何やら興奮しているらしく、頬が紅潮している。
アンジールが屈み込んで腕を伸ばすと、ザックスも直ぐさま小さな腕を伸ばす。そのままひょいと抱き上げられて、アンジールが小さな額にちゅっとキスをする。何事かとザックスの顔を覗き込んだ。
「あんねー、ザッくんねー、ぷいんほしーぷいんーっ」
プリンはザックスが大好きなおやつのひとつ。市販の物も好きだけれど、やっぱりアンジールの手作りプリンが一番大好きだった。
「プリン? プリンが食べたいのか?」
アンジールの言葉に、ザックスは「うん、うん」と大きく首を数回縦に振る。髪の毛がふわんふわんと揺れて、アンジールの顎に当たる。それはちょっとだけこそばゆい。
「うん、ぷいん!! おっぱいぷいーん」
「おっぱいプリン?!」
ザックスの口から飛び出した言葉に驚きつつも、その魅惑的な単語が含まれた言葉にちょっとドキリとしてしまった。こればかりは致し方ない、男の性なのだと思ってしまう。ザックスはどちらかと言うと「おっぱい」という単語よりも、「プリン」の方に魅力を感じているようだ。「ぷいんーぷいんー」と歌うように連呼している。
リビングの方からテレビの音が聞こえてくる。アンジールはザックスを抱き上げたままリビングに行くと、丁度テレビ画面は「おっぱいプリン」なるものを紹介していた。
要するに、おっぱいの形をしたプリンの事である。器に開けた時、おっぱいに見えるような形をしていて、先端は少し膨らみ、ご丁寧に薄ピンク色になっている。アンジールは思わず苦笑してしまった。
女性アナウンサーが少し恥ずかしげに、でも「ユーモアのあるデザートですね」と笑いながら紹介している。確かにユーモアはある。話のネタとしては良いかもしれないが……。
「ぷいんー!! ザッくんもぷいんー」
試食しているアナウンサーを見ながら、ザックスがテレビに向かって身を乗り出す。そう言えば、そろそろおやつの時間だ。偶然にも、冷蔵庫には午前中に作っておいたプリンが冷えている。
「ザックス、プリンならちゃんと作ってあるぞ。おやつにしようか?」
「ぷいん、ちゅくったの?」
ザックスが期待の眼差しでアンジールを見つめる。大きな瞳がきらきらだ。
「あぁ。ちゃんと作ってあるぞ」
「おっぱいぷいん?」
ザックスが更に期待の眼差しでアンジールに問う。やはりザックスの中でも、今回は普通の「プリン」ではダメらしい。おっぱいの形をした「おっぱいプリン」が良いのだ。アンジールは少し困った顔をしながら、ザックスに優しく言う。
「うーん、おっぱいプリンではないが、美味しいプリンだぞ」
「えー、ザッくん、おっぱいぷいんがいいー」
小さな頬を膨らませながら、ザックスは残念そうな顔をする。アンジールは「ごめんな」と何とかなだめようとするけれど、ザックスは首をぷるぷると左右に振った。やがて、諦めきれないのか手足をばたつかせながら、「おっぱいぷいん、ちゅくってー」と泣きそうな顔になる。
アンジールはザックスの背中を優しくさすった。ザックスの必死の「おねがいー」を聞いてしまうと、何としてでも応えなければと思ってしまう。
「よし、ザックス。今日のおやつには間に合わないから、明日のおやつに作ろう」
手足のばたつかせを止めて、ザックスがアンジールを見つめる。ずずっと小さく鼻を啜った。
「おっぱいぷいん? あした、ちゅくゆの?」
「あぁ、明日作ろう」
ザックスの顔が期待に満ちたそれになる。
「おっぱいぷいん?」
「あぁ、おっぱいプリン」
アンジールは自分で言った「おっぱいプリン」の言葉に思わず笑いそうになってしまった。
* * *
翌日。
ザックスは朝から「おやちゅ、まだー?」とアンジールに何度も尋ねた。その都度アンジールは「まだだぞ」と言いながらザックスの頭を撫でる。
「おやちゅ、おっぱいぷいんー?」
「そうだ。いつものプリンが良かったのか?」
ザックスがふるふると首を左右に振る。何だかちょっと恥ずかしそうにしているのは気のせいだろうか。
「ザックスとの約束通り、ちゃんとおっぱいプリンを作ったぞ」
「うんっ!! うふふー、おっぱいぷいーん」
ザックスはアンジールにきゅっと抱き付きながら可愛く笑った。
おっぱいプリン作りは昨日の夜から始まった。まずはあの形を再現するために、プリン型をどうするかアンジールは悩んだ。当然の事ながらいつも使っているプリン型ではダメで、何かで代用しなければならない。ザックスを寝付かせてから、アンジールはキッチンの棚をがさごそと探る。すると、何となく形が似ているかもしれないと思えるような、お椀型のカップが出てきた。しかし、やはり先端部分にあの膨らみはない。
「うむ……仕方ないな」
アンジールはあるものによって、先端部分を代用する事を思いつく。それに必要な材料があるかを確認したら、最後の一缶が残っていた。これをプリンの上に乗せれば多少似てなくても、何となくごまかせてしまうのではないだろうか。寧ろ、ザックスは違う意味で喜んでくれるかもしれない。要はおっぱいプリンの完全な再現よりも、ザックスが如何に納得して満足するかが重要なのである。
完成したプリンを想像して、アンジールは思わず苦笑してしまった。
「それにしても、おっぱいプリンとはな……」
冷蔵庫から材料を取り出しながら、アンジールはザックスのためにおっぱいプリン作りを始めたのだった。
そして。
時計の針が午後三時を指す。ザックスはまだ時計を読む事は出来ないけれど、「おやつのじかん」の時計の針の位置は覚えていた。
「あんじーゆー!!」
「よし、おやつの時間だな」
「うんっ!!」
ザックスはリビングの床にクッションを積み上げると、その上にちょこんと座ってスタンバイ。待ち遠しげに目でアンジールを追っている。すると、トレーを持ったアンジールがキッチンからやって来た。ザックスの隣に座ったアンジールが、器を静かにザックスの前へ置く。
「これ、おっぱいぷいん?」
少々不思議そうな顔で目の前に置かれたプリンを見ながらザックスは呟く。
「あぁ、そうだ。何か変か?」
「ここ、ちがーう」
ザックスが小さな指先でプリンの先端を指す。いつもより丸く、そして少し黄色みが抑えられた色をしているプリンの先端は薄ピンク色。でも、昨日テレビで見たように膨らんでいない。
すると、アンジールは小さく笑った。ザックスが違いを指摘するであろう事は既に計算済み。アンジールはすかさず言った。
「ザックスのプリンは特別なんだ。ほら、こうしたら……どうだ?」
アンジールがプリンの先端に、シロップ漬けのサクランボ、勿論種はきちんと抜いてある、をちょんと乗せる。ちょっと色は異なるけれど、プリンの上に丸い先端が出来た。上から順に紅・薄ピンク・薄卵色の三色グラデーションだ。
「わあぁぁ」
ザックスが先端に乗っかっているサクランボをまじまじと見つめる。プリンの上にこんな風に何かが乗っているのは初めてだった。
「どうだ?」
「あんじーゆのには、しゃくらんぼ、ないの?」
アンジールの前に置かれたプリンには、サクランボが乗っていない。ザックスは自分のプリンと交互に見比べる。
「ザックスのは特別だ」
「とくべちゅ……ザッくんの、とくべちゅ……」
何だか聞き慣れない響きの言葉。でも、自分のプリンだけに乗っかっている紅いサクランボは、ザックスにとってとても大切だ。
「このおっぱいプリンじゃ、嫌か?」
じっと無言でプリンを見つめるザックスに、アンジールがそっと顔を寄せて聞いた。するとザックスは、ぷるぷると顔を左右に振る。
「ザッくんのおっぱいぷいん、とくべちゅー」
「あぁ、特別だ。美味しいぞ」
「たべていい?」
「ちゃんと『いただきます』をしたらな」
そしてリビングに、「いただきまーしゅ」と元気な声が響く。ザックスは小さなスプーンでサクランボに触った。すると、つるんとプリンから滑り落ちてしまう。もう一度掬おうとしてもつるつると滑ってしまうので、ザックスは指先で摘んでそのまま食べた。少し甘酸っぱくて、柔らかいサクランボ。
「おっぱいぷいん、おいしーねー」
半分ほど食べ終えたところで、ザックスがにこにこ顔で嬉しそうに言う。自分の分を食べ終えたアンジールが、ザックスの口端に付いたプリンの欠片を指先で拭う。
「ザックスは、いつものプリンとどっちが好きだ?」
「おっぱいぷいんっ!!」
まるで「はーい」といわんばかりにスプーンを握った手を挙げて、ザックスは叫んだ。やはりこの「特別さ」と、いつものプリンとは異なる「物珍しさ」が良いのだろうか。それとも、「おっぱい」が良いのだろうか……。
アンジールは嬉しそうにプリンを食べるザックスを眺めつつ、内心悩む。ザックスにとって今後、「プリン=おっぱいプリン」になったら少々困ってしまう。ある意味、問題だ。
「ザックス、おっぱいプリンは時々おやつだぞ」
「なんで?」
「作るのが難しいからだ」
やはりおやつには、いつものプリンにしようと思う。だから、アンジールは少々大げさに、如何にも「おっぱいプリンを作るのは難しい」という感じで話す。本当は別に難しくも何ともないのだ。強いて言えば手間が掛かるくらい。プリン液を二種類作らなければならないし、先端部分が層になるように時間をおかなければいけないのだ。
「ふーん……。でも、またちゅくってー」
アンジールの考えがザックスに伝わったのか伝わらなかったのか良く分からない。しかし取り敢えず、今日のおやつは「おっぱいプリン」だったので満足そうだ。
「分かった。また今度、作るな」
「うんっ!! ごちそーさまー」
スプーンを置くと、ザックスは妙なメロディーで「おっぱーいぷーいーんー」と歌い出す。すっかり空になった器をトレーに乗せて、アンジールはご機嫌なザックスを見ながら嬉しそうに笑った。
* * *
あれから数日後。
ふたりはスーパーに買い物に来ていた。カートに乗ったザックスが、要冷蔵のデザート売り場の前で「おりる」と言う。アンジールがザックスの体をひょいと持ち上げて、床に下ろした。ひんやりとする売り場には、プリンやヨーグルト、ゼリーやシュークリーム等、沢山のデザートが陳列されている。
足元でザックスがちょこちょこ動くのを感じながら、アンジールはいつも買っているプレーンヨーグルトを棚から取ると、カートに乗せたカゴに入れる。
「ねー、あんじーゆー」
「んー、何だ?」
ヨーグルトに新製品を見つけたアンジールは、パッケージの説明を熱心に読む。いつも買っているものより、カルシウムが多いようだ。今回は試しにこちらを買ってみるべきだろうか。
足元にいるザックスの「ねーねー」という呼び声が、その時のアンジールには少し遠くに聞こえていた。アンジールがなかなか自分の方に向いてくれないので、ザックスはアンジールの足をぺちぺちと叩きながら大きな声で言った。
「ねー、おっぱいぷいんはー? あんじーゆー」
「ッ!!」
「おっぱいぷいーん!!」
「こっこら、ザックスッ、お店の中では静かにっ!!」
慌ててザックスの口に指先を当てて「しー」とするものの、元気な声は周りの視線を釘付けにしてしまった。しかも「おっぱいプリン」だなんて。「あらあら」とか「まぁ」とか「可愛いわねぇ」と言った囁きと共に、ザックスには優しく見守るような、そしてアンジールには同情にも似たような視線が注がれる。小さい子供は悪気なく無邪気に、大人にはちょっと恥ずかしい言葉を平気で言ったりしてしまうものなのだ。
でも、さすがに恥ずかしい。アンジールは、いつもの彼らしくなく慌てふためいた。もう、あらぬ誤解をされていない事を祈るのみだ。なるべく平静を装いつつも、さっさとザックスを再びカートに乗せるとレジへと向かった。
「ねー、なかったよ、おっぱ……、んーっ」
「しーっ!! ザックス、しーっ!!」
ザックスの小さな唇に指を当てながら、アンジールは天を仰ぎたい気持ちになる。レジの順番まで、もう少し時間が掛かりそうだった。
嗚呼、恐るべし魅惑のおっぱいプリン!!
20110618・23(追記)
ザッくんはプリンが大好物です。(『コイしたい。』参照)