じんぐるべる


 「じんぐーべーじんぐーべー しゅじゅがーなゆー」
 幼児特有の舌っ足らずで、ザックスは楽しげに歌を歌っている。ラグマットに寝そべって、床に置かれた小さなツリーを眺めながら。
 高さ50センチほどのツリーには、色とりどりの飾り付けが施されている。頂きには一際大きな銀の星。雪だるまやステッキ、プレゼントの箱を模したオーナメントが吊り下げられていて、雪に見立てた綿がふわふわと載っている。そして、チカチカと光る電飾がぐるりと巻かれていた。
 「あんじーゆー」
 「何だ?」
 キッチンからトレーを持ってリビングにやってきたアンジールが、ローテーブルにトレーを置いてザックスの横に座る。ザックスはごろりと寝返りを打って、アンジールの脚に抱き付いた。大きな掌はザックスの柔らかい髪の毛を優しく梳く。碧い瞳が嬉しげに笑った。
 「おやちゅ?」
 「あぁ。今日はクッキーだ」
 「クッキー!!」
 ザックスはすくっと起き上がると、アンジールの膝の上にせっせとよじ登って座る。小さな手を突いたローテーブルのトレーの上には、大小ふたつのカップ。ひとつはコーヒー、もうひとつはホットミルク。そして、皿の上には星や雪だるま、熊の形に型抜きされたクッキーが幾つも載っている。それらのクッキーの中には、透明な袋に入ってリボンが通されているものが幾つかあった。ツリーの飾り付け用にアンジールがラッピングしたものだった。
 アンジールの指先がリボンを摘んで、ザックスの目の前にクッキーをぶら下げた。ゆらゆらと揺れるクッキーに、ザックスは目を輝かせる。
 「ツリーにこのクッキーも飾ろうな」
 「かざるー!! ちゅりーにくっきー」
 もう食べる事よりも早くツリーにクッキーを飾り付けたくて、ザックスは幾つもクッキーを手にする。
 「うわぁ!!」
 突然ひょいと体が持ち上がって、そのままツリーの前へふわりと降りる。見上げたらアンジールがザックスをのぞき込むようにして笑っていた。
 「あんじーゆ、ここねー」
 「よしよし、分かった。ここだな」
 「そーそー」
 小さな指先が示す場所に、アンジールはクッキーを吊してゆく。ツリー自体が小さいので、ツリーの表面はもう飾り付けが沢山で重たげだ。飾り付けで被われてしまっているといっても過言ではない。
 「ザッくんのくっきー、ここねー」
 せっせと星形のクッキーをザックスが吊す。暫しふたりでクッキーをツリーに飾り付けていった。
 「くっきー、しゃんたしゃんたべゆー?」
 「ザックスが飾ったから、サンタさんも喜んで食べると思うぞ」
 言いながらアンジールがザックスの頭を撫でると、「うふふふ」と嬉しそうに笑ってザックスはアンジールにきゅーっと抱き付いた。柔らかい頬をアンジールの胸元に押し当てると、良く知った石鹸とアンジールの香りがザックスの鼻腔を掠める。それはとても心地好くて落ち着く匂いで、ザックスはすんすんと息を吸った。
 「ねーあんじーゆ、けーき、ちゃんとちゅくったー?」
 ザックスが指先でアンジールの顎を撫でて、顎髭の感触を確かめながら聞いた。小さな指先がこちょこちょとこそばゆくて、アンジールがクスリと笑う。ザックスの体をきゅっと両腕で抱き締めると、「きゃー」と歓声が上がる。
 「ちゃんと作ったさ。苺の載ったクリスマス・ケーキな」
 「いま、たべゆー?」
 「今はクッキーで、ケーキは夜ご飯のデザートだ」
 「あっ!! おやちゅくっきー」
 おやつを思い出したザックスを抱いたまま、アンジールはローテーブルの側に戻る。クッキーを手渡すと、元気な声がリビングに響いた。
 「いただきまーしゅ」


 「これで良し、と」
 アンジールはクロスを絞って、シンクの上に広げた。水切りカゴにはいつもより多めの食器が伏せられている。
 クリスマス・イブの夕食はとても楽しくて、ザックスは終始ご機嫌だった。いつもと違う食卓の雰囲気、見慣れない料理、そして苺が沢山載ったクリスマス・ケーキ。
 ふたりで沢山食べて沢山笑って、ゆっくりお風呂に入ると、ザックスははしゃいで疲れたのか早々に寝てしまった。
 「楽しかったんだな……」
 アンジールが寝室のドアをそっと開けて中に入る。窓辺でツリーがキラキラと輝いていた。ベッドには、ブランケットに埋もれるようにして眠るザックスの姿。頭にはサンタクロースの三角帽子を被っていて、何とも可愛らしい。そして、ベッドサイドには大きな靴下が置かれていた。
 アンジールはしゃがみ込んで、ザックスの額に掛かる前髪を指先で退ける。
 「んー……」
 むにゃむにゃと口を動かしながら、ザックスは小さく身動いだ。その顔は何処か笑っているようで、もしかしたら楽しい夢を見ているのかも知れないとアンジールは思う。すべすべの頬に顔を寄せたら、まるで甘いような匂いがする。そっと小さな頬にキスをした。アンジールは静かに立ち上がると、デスクの引き出しの中から小振りの箱を取り出した。カラフルな包装紙に青いリボンが巻かれているそれは、サンタクロースからザックスへのクリスマスプレゼント。
 『しゃんたしゃん、ザッくんにもきてくれゆ?』
 世の中がクリスマスの色に染まり始めた頃、ふとザックスがアンジールに尋ねた。その顔は思いの外真剣で、アンジールは驚いてしまったくらいだ。「良い子にしてたら必ず来るさ」と言うと、ザックスは「はーい!!」と元気良く手を挙げたのだった。
 アンジールはベッドサイドの靴下の中にプレゼントを忍ばせる。そして、ザックスを起こさないように気を付けながら自分も静かにベッドに入った。すると、ザックスが体を寄せてくる。すっかり寝ているのにどうして分かるのだろうか、アンジールがベッドに入るとザックスはいつも無意識に体を寄せてくるのだった。
 『可愛いな……』
 そっと腕を回して包み込むようにする。小さな手はいつの間にか、アンジールのシャツの胸元を握っている。
 「おやすみ、ザックス」
 優しい囁きはすうっと部屋の空気に溶ける。窓辺に置かれたツリーの煌めきとザックスの寝顔を、アンジールはひとり静かに見つめている。その眼差しはとても優しい色を湛えていた。




 20101224