良い匂いでさくさくだった甘いクッキーは、いつだったかな。
小さな焼き菓子は形が可愛くて、ドライフルーツが入っていたり、生地がバナナの味だったり。このバナナ味が気に入ったらしく、食べ終えたと同時に「あした、ちゅくって」とせがまれたな。
煎餅が小さく小さくなったような珍しいそれは、ザックスが食べるとぽりぽりと小気味よい小さな音がした。
アンジールは自分の隣でクッションの上に座っているザックスの頭を撫でる。
「これ、あんじーゆ、ちゅくったの?」
小さな指先でこんがりとした色の菓子を摘んで、アンジールの目の前に差し出す。
「いや、貰ったんだ。美味しいか?」
「うん!! おいしー」
毎日ザックスが楽しみにしているおやつの時間。それが最近、ちょっといつもと異なっていた。いつもはアンジールの手作りおやつだが、そうではないおやつの日が数日おきにやって来ていたのだ。
「あんじーゆー」
キッチンのガス台で牛乳を温めているアンジールの足元に、ザックスがパタパタと駆け寄ってしがみついてきた。そして、まるで後ろにひっくり返ってしまいそうな程に首を反らして、アンジールを見上げてくる。
「どうした、ザックス」
丁度牛乳が温まったので、ガスを止めてコンロからミルクパンを下ろす。もうすぐおやつの時間なので、ザックスにココアを作る為に牛乳を温めていたのだ。
アンジールを見上げながら両腕を伸ばしているザックスを軽々と抱き上げると、大きな碧い瞳はとても嬉しそうにキラキラと輝いて、頬にちゅっと可愛いキスまでしてくれた。
「あんねー、あれなにー?」
「どれだ?」
「あれー」
ザックスがテーブルの上に置かれている箱を指差した。綺麗に包装された箱が置かれている。見慣れない箱にザックスは興味津々だった。アンジールは小さな体を抱いたまま、テーブルの近くへ移動する。左手でザックスを抱いたまま、右手で箱を取ると「何だろうな」と少しおどけた表情でザックスの顔を覗き込む。
「わかんなーい」
少し拗ねたような口調でも、その顔は楽しそうに笑っている。アンジールはザックスの頬に自分の頬を寄せた。すべすべでぷくぷくした頬は柔らかくて気持ち良い。微かに甘い匂いがするようで、アンジールは息を吸い込んだ。顎の髭が当たってしまったらしく、ザックスは「おひげいたーい」と叫びながら大笑いした。
「中に何が入っているか開けてみるか?」
「うん!!」
ザックスは返事に合わせて大きく手を挙げた。ふたりはリビングのソファに移動する。アンジールが先に包装紙を取ると、箱をザックスに差し出した。ワクワクしながらザックスが箱の蓋を開けると、中には個装された菓子が綺麗に並んでいた。それは頂き物の菓子だった。
「わあぁ!! これ、おかし?」
「当たり。今日のおやつだ。食べるか?」
「うん!! ザッくん、たべゆー!! おやちゅーおやちゅー」
ソファの上で飛び跳ねんばかりの勢いのザックス。アンジールはローテーブルの高さに合わせてクッションを重ねると、ザックスを座らせた。
「ちょっと待てるな?」
「うん、ザッくんまてゆ」
「いい子だ」
ザックスの小さな頭を一撫でしてキッチンに戻ると、牛乳が多めのココアとブラックのコーヒーを作り、小皿を二枚トレーに乗せて戻ってきた。
「これ、あおだねー、あおいろ。きれー」
菓子を指差しながらザックスは嬉しげに言う。包みは青と黄色、白の色鮮やかなデザインで、青色はザックスの好きな色だった。アンジールはそんなザックスを微笑ましげに見つめる。
包みを開けて菓子を小皿に乗せ、今か今かと待ちかまえるザックスの前に置いてやる。
「わぁ……」
ザックスはまじまじと菓子を見つめた。頂き物の見慣れない菓子は、いつものおやつの時間を何だか違う雰囲気にした。菓子はこんがりとした生地で、ホワイトチョコのクリームらしきものをサンドしている。鼻を近付けると砂糖とバターの甘くて良い匂いがした。ザックスが「食べて良い?」と言わんばかりの表情でアンジールを見つめる。アンジールはクスリと笑った。
「ちゃんと『いただきます』したら、食べて良いぞ」
「いただきまーしゅ」
小さな手をきちんと合わせた。ザックスが菓子を一口囓ると、さっくりとした小気味よい音が聞こえた。同時に、生地の小さな破片がローテーブルやラグマットの上にパラパラと落ちるけれど、アンジールは気にしない。後で掃除機をかければ良いのであって、ザックスには行儀の悪くならない程度に自分で自由に食べさせていた。
小さな口の中に香ばしさと甘さが広がる。とても優しくて温かい味。どんな時でも、甘い物は気持ちをほっこりさせてくれる。ザックスは、くふんくふんと笑った。
「美味しいか?」
アンジールがコーヒーを一口飲んで、ザックスに聞いた。唇の端に付いた小さな生地の破片を指先で摘み、食べてしまう。
「おいしー!! あんじーゆもー」
この美味しさと嬉しさをアンジールと共有したくて、ザックスは菓子を食べるように頻りに促す。せかされたアンジールが菓子を食べるのをじっと見つめて、「美味しいな」の声にまるで自分の事のように喜ぶ。
「おかし、おいしーねー」
「気に入ったか?」
「うん!! ありがとー」
にこにこ顔で、手にしている菓子の残りを囓る。
さくさく、さくさくさく。
軽やかで何処か可愛げな音を聞きながら、自然と笑みが零れてしまう。アンジールは小さなザックスを見つめ続けた。その視線は、限りなく優しさと甘さに溢れていた。
20100828
お菓子の描写は、夏コミに差し入れで頂いたお菓子をモチーフにしています。
とても美味しくいただきました。どうも有り難うございました!!