日が段々と傾きかけてきた公園から、徐々に人が減ってゆく。
「ザックス、そろそろ帰るか?」
ザックスから放たれたボールを受け止めながら、アンジールは言った。ぽよん、とした柔らかい感触のボールは、アンジールが持てば小さなものだが、ザックスが持つとかなり大きく見えてしまう。
「うぅん、もうちょっとあそぶー」
今日は外に出た時間が遅めだったので、まだ遊び足りないらしい。ザックスは「はやくー」と、両手を挙げながらボールをせがむ。
「いくぞ」
アンジールがやれやれと笑いながら緩やかに投げたボールは、僅かにザックスの手をすり抜けて後ろへ転がってゆく。
「あーっ、まてー!!」
ザックスが楽しそうにボールを追いかけた。
「ザッくんの、ぼーるー」
ころころころと転がるボールは、誰かの足元で止まった。そして、そっと拾い上げられる。漸くザックスが追いつくと、そこには同じ年頃の男の子が立っていた。
同じ年頃といっても、勿論「今のザックスと」という意味だ。本来はもう成人も近い歳だが、小さくなってしまったザックスは、本人曰く「みっちゅ」なのだ。
「はい」
男の子がボールを差し出す。
「ありがとー!!」
ザックスは持ち前の明るい笑顔で受け取った。すると何処からか、男の子を呼ぶらしき声が聞こえてくる。
「ぱぱー!!」
男の子は声がする方向にくるりと向いて返事をすると、そのまま走り去って行った。その後姿を、ザックスはじっと見つめた。
「ザックス」
気が付けば、アンジールがすぐ近くに来ていた。ザックスがボールを持ったまま見上げる。夕暮れの逆光の中でも、アンジールの優しい笑顔がザックスには良く分かった。
「ぱぱ……?」
ボールを離して、アンジールの足にきゅっとしがみついた。アンジールはしゃがみ込んで、ザックスをそっと抱き寄せる。
ほんの小さなきっかけで、ザックスは時々こうして記憶が混乱してしまう。
「あんじーゆ、ザッくんのぱぱ、ちがう……」
アンジールのシャツの胸元を握り締めながら、小さく呟いた。まるで自分自身で確認して、言い聞かせるかのように。
「あぁ」
アンジールはザックスの背中を、ぽんぽんと小さく叩く。少しでもザックスの混乱と不安が、彼の中から小さくなるようにと願いながら。
「……ぱぱ……、」
「寂しいか?」
ザックスの顔を覗き込んだ。
「……へーき」
ザックスは笑った。でも、シャツを掴んだ手は、尚一層きゅっと握られる。
「ザッくん、へーきだよー」
小さいなりに強がっているものの、ザックスは段々泣きそうな顔になる。ズズッと小さく鼻を啜る音がした。
「ザックス……」
アンジールの優しく包み込むかのような声音に耐え切れなかったのか、ザックスは「うわーん」と泣き出してしまった。
「ぱぱ……、ぱぱいない……ザッくん、あんじーゆ、いゆもんっ……」
ひっくひっくと小さくしゃくり上げる体を抱き締めながら、アンジールはザックスの名を呼び続けた。
「だいしゅきだもんっ、……あんじーゆ、だいしゅきだもんっ」
涙と鼻水で濡れた顔を、ぐりぐりとアンジールの胸に押し当てる。アンジールはザックスの顔を胸元から上げさせると、指先でそっと涙を拭った。小さな頬を両手で包み込むと、ザックスの澄んだ碧い瞳がじっとアンジールを見つめる。
「大丈夫。安心しろ、ザックス。俺はいつでも、ずっとザックスと一緒だ」
「いっしょー、ザッくんといっしょいてーっ」
「ずーっと一緒だ」
アンジールはザックスの頭を撫でて小さな額にキスをすると、その体をぎゅっと抱き締めた。
『俺はいつまでもずっと一緒にいるさ』
夕日に照らされて、ふたりの影が長く伸びる。もう、公園には誰もいなかった。
20100708