キッチンからリビング、廊下を横切って寝室へ、上手い具合に直線に細い糸が張られている。
「もしもーし、ザッくんでしゅ。あんじーゆ、きこえゆ?」
『ちゃんと聞こえるぞ』
ザックスは耳に当てた紙コップから聞こえるアンジールの声に、嬉しそうに笑った。
部屋に張られている細い糸の両端には、紙コップが付いている。糸電話だ。ザックスが子供向けの番組で見て、アンジールに「あれで遊びたい」とねだったのだ。幸い材料が全て揃っていたので、アンジールはザックスの為に糸電話を作った。
アンジールの手によって、あれよあれよという間に糸電話が出来上がる。
「ほら、出来上がりだ。これでどうだ?」
「しゅごーい!! ありがとー!!」
ザックスはアンジールに抱き付いて、頬にちゅーっとキスをした。アンジールがその小さな体を、きゅっと抱き締める。早速ふたりはそれぞれ紙コップを持って、糸が絡まらないように気を付けながら、部屋の端と端に移動した。どんどん距離を伸ばして遂にはキッチンと寝室が、途中で糸が物に触れることなく直線で結ばれる事に気付いた。
「もしもーし、あんじーゆー」
ザックスは必ず最初に「もしもし」と言う。何でもない普段の会話も、糸電話を使うと何だかとっても新鮮で、つい「もしもし」と言ってしまうのだ。それに離れた場所で話すアンジールの音声の振動が糸を伝って、自分の持った紙コップから震えるように伝わってくると言う面白さ。紙コップと糸だけで、離れた場所でも会話が出来る不思議さ。ザックスは暫しアンジールとの会話に夢中になった。
「もしもーし、あんねー」
『何だ?』
話しかけてみたものの、何を話そうかザックスは迷う。せっせと考えて、やっと思いつく。
「おやちゅ、なにー?」
『今日はクッキーだ』
「わぁい!! くっきー!!」
思わず大きな声で叫ぶザックスの声は、糸電話を使わなくても丸聞こえで、アンジールは思わず苦笑した。手にした糸電話が僅かに引っ張られる。アンジールは紙コップを耳に当てた。
『ザッくん、くっきーしゅきー』
紙コップから聞こえてくるザックスの声に、「おたのしみに」と返事をする。そして、ふと思いついてアンジールは糸電話越し、こんな事を言ってみた。
「ザックスに会いたいな」
すると、糸電話の糸の張りが緩む。そして、ぱたぱたと小さな足音が聞こえてきたかと思ったら、キッチンにザックスが飛び込んできた。その顔を眩しいくらいの笑顔にして。
「ザッくんもーっ!!」
アンジールが両腕を広げると同時に、「きゃあ」と言いながら思いっきり飛びついてくる。ともすればうっかりバランスを崩して後ろに倒れてしまいそうなものだが、その辺りは全く問題なし。アンジールはいつだって、ザックスをきちんと受け止めてくれるから。
「ザッくん、あんじーゆにあいにきたー」
碧い瞳をキラキラさせながら、ザックスが笑う。
「凄く嬉しいな」
アンジールは笑顔でザックスの頭を撫で、小さな額にキスをした。ザックスが頬を擦り寄せてくる。アンジールが抱き寄せて同じように頬を擦り寄せると、「おひげー」と言いながらクスクス笑って、小さな掌で顎に触れてくる。
「ザックス、糸電話面白かったか?」
「うん!!」
ザックスがアンジールの耳元に口を寄せて、そっと手を当てながら「もしもーし」と小声で喋る。空気が振動するこそばゆさにアンジールは笑った。
「あんねー」
「ん?」
「…………」
ザックスの小さな小さな囁きは、アンジールの鼓膜を小さく小さく震わせる。アンジールの目が愛おしげに細められた。耳元から顔を上げたザックスは、嬉しそうにそして何処か恥ずかしそうに、頬を上気させて笑っていた。
「俺もだぞ」
アンジールが優しく微笑みながら、ザックスの体を抱き締める。ザックスはとても幸せそうに笑った。
20100419