ぷろとたいぷ


 ぺしぺしぺし。
 布越しに小さく頬を叩かれる。
 『……ザックス? まだ起きるには早い、だろ』
 小さく唸りながら、アンジールはブランケットを引き上げた。
 ぺしぺしぺしっ。
 頬を叩く手にほんの少し力が加わった。
 「もう少し、寝させて……くれ」
 言いながら、アンジールは隣で眠るザックスの体を抱き寄せるべく腕を回そうとする。
 「わああぁん!!」
 すると突然、聞き慣れない何だか変な叫び声が上がった。
 「はっ!?」
 アンジールは思わず飛び起きた。真っ先に隣を見ると、そこにいつものザックスの姿はない。代わりに子供が俯せに転がっている。男の子だ。一応「着ている」であろうパジャマは大きすぎてだぶだぶ。手足の先が全然見えない。これでは「着ている」より「着られている」だ。それにこのパジャマ。
 「ザックスが着てたやつだろ……って、まさか?!」
 アンジールが「まさか」の先の最悪の考えにたどり着こうとしていた時、ベッドに転がっていた小さな男の子がもぞもぞと動く。
 「うー、痛いー」
 袖から出ない手で、頭をさすっている。そしてゆっくり起き上がると、アンジールを見上げてきゅっと睨んだ。
 「ぶつかった」
 『あぁ、何て事だ……』
 アンジールは額を押さえながら、もう一度ベッドに突っ伏してしまおうかと思った。これは夢。夢だ夢だ夢だ。
 恐る恐る聞いてみる。
 「お前……ザックス、か?」
 「うん」
 自分を不思議そうに見つめる大きな碧い瞳は、間違いなく魔晄の瞳。小さな男の子は、パチパチと瞬きをした。
 そう、彼は間違いなくザックスだったのだ。


 ベッドの上でお互い向かい合う。オフの朝としては、やはり起きるには早すぎる時間だ。アンジールは目の前のザックスをじっと見た。今の彼の見た目は4〜5歳児くらいだろうか。しかし、中身は変わらず……いや、少し子供っぽさが強く出ている気がする。
 「ザックス……お前、自分がどうなってるか分かっているのか?」
 「うん」
 返事をした後で、彼がハッとした顔で「ヤベッ」と呟いたのをアンジールは聞き逃さなかった。
 「ザックス」
 「な、何?」
 アンジールの呼び掛けに、ザックスはどこか誤魔化すように視線を反らしたかと思えば、何だかオロオロとしている。
 「お前、心当たりがあるんだろう?」
 「えっ、何で?」
 アンジールは腕組みをして、ザックスをじっと見つめた。いつもはあまり目線の高さは変わらないのに、今日はかなり下だ。無理もない。何故なら今のザックスは、4〜5歳児くらいの子供の体型になってしまったのだから。
 「何でって、お前が余り驚いていないからだ。自分の体が小さく……子供になってしまったんだぞ。それなのに、叫びも喚きもしない。と言う事は、何かこうなってしまった事に心当たりでもあるんじゃないかと、俺は思うんだが……」
 アンジールの「違うか?」の問い掛けに、ザックスは大人しく、そして小声で「違わない」と言った。
 「ザックス」
 「ん」
 「……科研、だな?」
 「うっ」
 どうやら図星らしい。ザックスはその小さな体を、もぞもぞとブランケットの中に隠そうとしている。しかし、アンジールに両脚をいとも簡単に掴まれて、ずるずると引っ張り出された。ザックスは「うわあぁ」と声を上げる。
 以前から時々、ザックスは科研が開発した新薬やらの被験者になっていた。科研が自ら募集したり、いきなり声を掛けられたりと、被験者となる方法は様々であった。報酬はそこそこ良くて、小遣い稼ぎには充分すぎる程だった。しかし、危険も充分すぎる程なのだ。
 現にこうしてザックスは、子供の姿になってしまっていた。
 「あれほど止めろと言っただろっ!!」
 「だって」
 「残念だが科研はロクでもない研究員揃いだ。お前いつだったか、いきなり犬の尻尾が生えてきて大騒ぎしたじゃないか。あの時も科研だったろ」
 「うっ……」
 「それに、お前にもしもの事があったらと思うと、俺はもう心配で心配で、」
 「うっ……、うわあぁぁーん!!」
 「ザックス?!」
 突然ザックスは泣き出してしまった。大泣きだ。溢れ落ちる涙を拭きもせず、ただただ天を仰いで泣くばかり。
 「アンジールのバカーッ!!!」
 顔をくしゃくしゃにして絞り出すように言うと、再びわんわん泣き出した。これにはさすがのアンジールも焦った。「小さな子供が目の前で大泣きをしている」状況に、どう対応して良いのか分からないのだ。無理もない。アンジールには弟妹、はたまた子供なんていないのだから。目の前で大泣きするザックスを見ていると、何だか自分が悪い事をしてしまったような、微妙な気持ちになってきた。
 「ザックス」
 アンジールは優しい声音で呼び掛ける。
 「ふえっ……、うっ、うっ、……ひっく」
 何度も大きくしゃくり上げながら、ザックスはアンジールをそろそろと見上げる。その顔は涙と鼻水でぐしょぐしょだ。
 「ほら……」
 アンジールが両腕を広げて差し出すと、ザックスは飛びついてきた。しがみついてくる小さな体を優しく抱き締めて、背中をさすってやる。ケホケホと咳をして、ザックスは徐々に呼吸を落ち着かせてきた。
 「大丈夫か?」
 コクンと頷くザックスの目元の涙を指先で拭う。「あぁ、本当に小さくなってしまったんだな」と実感した。
 「ほら、もう泣くな。悪かった。でも、頼むからもう被験者はしないでくれ」
 「うん、しない」
 言ってから、再びアンジールにぎゅっとしがみついた。
 「また数日したら戻るのかな?」
 「そうだと良いが……」
 ちなみに犬の尻尾が生えてきた時は、3日で元に戻った。科研の研究員に言わせれば、基本的に薬の効力が切れるまで待つしかないらしい。




 20100501

「きみからのおくりもの」を書き始める前に書いた話。(未完)
設定としては、「体型はお子様だけど、基本的に中身はそのまま」という……。
何となくしっくりこなくて、「もう少し小さくてコロコロしたザックスを書きたい」と思い、没になりました。
prototype…プロトタイプ、試作、原型