今度その手を掴んだら 後編


 掌が温かい。
 彼と手を繋ぐのが大好きだった。握れば握り返してくれる。ただそれだけが嬉しくて、ザックスは手を繋ぐのが大好きだった。
 「…………」
 掌を握り返される感触で、ザックスは目覚めた。見上げた先には見慣れない天井。自分の体は、ベッドに横たわっている。
 あの後呼吸が落ち着いたザックスは、コトリと意識を失った。極度の緊張からの解放か、薬の所為なのかアンジールには分からなかったが、呼吸は落ち着いていたので取り敢えず建物を後にした。もう残っている者はひとりもいなかった。少し離れた地点で、廃棄されて間もない建物を見つけたので、ひとまずそこで休む事にした。取り敢えず、「ザックスの奪還成功、敵殲滅」の連絡だけ入れると、アンジールはザックスの傷の手当てなどを行った。
 拠点とされる建物にアンジールは潜入すると同時に、全ての者を容赦なく切り捨てた。自分に向かってくる者、逃げる者、誰それ構わず斬りつけ、それだけには留まらず致命傷または即死状態にした。建物の1フロアを回った時点で、グループと言っても単なる寄せ集め程度の集団だと分かる。大体、我先にと逃げ出す者が続出したのだ。
 この程度の反抗グループは、いつもならアンジールは放っておいたかもしれない。しかし「ザックスが捕らえられた」という事実が、アンジールを激しく情け容赦なく突き動かした。
 本音を言うならばザックスを、いつでも自分の目の届く範囲に、側に置いておきたい程だ。それくらい大事で愛しくて止まない。しかし、現実にはそうも言ってられない。反新羅だとかソルジャーだとかは、どうでも良かった。上層部が聞いたら、すぐに首をはねられてしまいそうな問題発言を心の中で漏らしながら、アンジールは「ザックスをこの手に取り戻す」、ただそれだけを胸に突き進んだ。頭の片隅で「俺らしくないな」と思いつつ。
 「ザックス」
 名前を呼ばれて首を動かすと、ベッドの端に座ったアンジールがいた。体を起こそうとすると、手を貸してくれる。もう体は重たくなくて、多少怠い感じがするものの、動かせない程ではなかった。
 クッションを背当て代わりに当てられて、ザックスはベッドの上に座る。気付けば制服から簡単なローブのような物に着替えさせられていて、砂埃にまみれた肌も綺麗に拭かれていた。ザックスはハッと息を飲んだ。あの部屋での記憶が蘇る。硬く冷たい床、生温い息、下卑た笑い声に、体を這い回る掌の感触。犯されかけた体が小さく震えた。そっと頬に触れる。ナイフで傷付けられた箇所は、もう痛くなかった。
 「薬を打たされていたので、解毒剤を飲ませた。手足に痺れはあるか?」
 アンジールの問い掛けに、ゆっくりと首を横に振った。何だか、アンジールの顔が見られなかった。作戦開始時から今までの出来事が、頭の中を猛烈な勢いでフラッシュバックする。あまりの事に眩暈すら感じてしまう。息苦しかった。
 自分のミスから自らの命を危険に晒し、部隊の仲間にも、そしてアンジールにも心配と迷惑を掛けてしまった。それなのに、自分は今すぐにでも目の前の彼に抱き付きたくて、そうしたい程恐怖を感じてしまったのだ。腕を伸ばす資格などないのに。自分が物凄く情けなくて、何だかもう涙すら出ない気がした。
 ザックスはきゅっと唇を噛み締めて俯く。ブランケットの端を両手で握り締めながら、何かに耐えるようにしていた。両肩が小さく震えている。
 「ザックス」
 「…………」
 アンジールの呼びかけにも、顔を上げない。静かな沈黙だけが部屋を支配した。
 「ザックス」
 再度の呼び掛けに、ザックスは漸くゆっくりと俯かせていた顔を上げた。そっと窺うようにアンジールを見る。いつもは額に落ちる前髪の一房が、不格好に短くなっていた。「やはり切られたんだ」と、ぼんやり思った。ザックスの両の瞳には涙が滲み、怯えているようにも見えた。首を竦めるようにして、じっと、でも何か言いたげにアンジールを見つめる。
 アンジールの腕がザックスの頬に触れた。ザックスの体がピクッと震えて、一層強くブランケットを握り締める。アンジールは目の前の碧い瞳を見つめながら、優しく微笑んだ。
 「無事で、良かった」
 「うっ……、あぁぁっ」
 ふたりの腕がお互いの体に回されたのは同時だった。ザックスはアンジールの胸にしがみつき、アンジールはそんなザックスを力強く抱き締めた。
 「お前がロストしたと聞いて、俺は、もう……っ」
 絞り出すような苦しげなアンジールの声は、いつもの彼からは想像も出来ないものだった。ザックスは何度も「アンジール」と言いながら、額に触れる胸の温かさに涙が込み上げてきた。
 「ごめっ……、俺……、怖かった。皆に迷惑掛けて……、アンジールに、あんな事したまま、もう……」
 その先の言葉を言えなくて、言いたくなくて。ザックスは「ごめん」と呟いて涙を零す。アンジールの唇がそっと零れた涙を拭い取った。瞼の上にキスをして、こめかみにも唇で触れると、アンジールは顔を上げた。
 お互いの両手を握り合って、見つめ合う。やっと会えた気がした。もう離さない。離れない。
 「…………」
 ザックスがそっと、アンジールの二の腕に手を添える。そのまま上半身を僅かに反らすようにして、アンジールの唇に自分のそれを重ねた。重ね合った唇から、お互いの体温がゆっくりと解け合うようだった。自分からそっと舌先で唇を割るようにすると、応えるように彼の舌先に優しく絡め取られた。
 自分だけが知っている、彼の唇の感触。こんなにも優しくて、温かくて、どうして心が落ち着く。ザックスはアンジールの二の腕に指先を沈めた。
 ちゅっと小さな音を立てて、唇が離れる。
 「ぁ」
 気持ち良さに思わず声が漏れてしまい、ザックスはそれを恥じた。すぐに耳朶が朱に染まる。涙で潤んだ瞳は、微かに熱を帯びて揺らめいた。アンジールはザックスの手を取ると、その指先にキスを落とす。
 「ザックス」
 自分を見つめる蒼い瞳は柔らかい笑みを湛えていて、冷酷に大剣を振るっていた時のものとはまるで違った。優しくも真摯な眼差しに、ザックスはもう逃げたり誤魔化したりするのを止めた。
 今言わないで、ならば一体いつ言うのだ。
 「ア、アンジール……あの、」
 「何だ」
 「う、ん……その」
 「…………」
 アンジールはザックスを促す事なく、じっと待った。既に頬や項までも色付いて、何か言いたげな唇が小さく開かれては閉じられる。アンジールはザックスの指先を小さく握った。それを合図にしたかのように、ザックスはアンジールの指先を握り返しながら、小さく、でも精一杯言った。
 「この間の……続き、を」
 カアッと頬が火照るのが自分でも分かった。言ってから、恥ずかしさに居たたまれなくなった。
 でも、もう決めた。
 手を握り合ったままアンジールがそっと動いて、ザックスの赤く色付いた耳元に顔を寄せる。耳朶に填められた碧い石が、キラリと煌めいた。
 「いいのか?」
 「う、ん」
 頷いて、そっと首を傾ける。晒された首筋にアンジールの唇が落とされた。


 知らない天井、知らないベッド。目に映る景色の中でザックスが知っているのは、自分を抱き締めるアンジールだけだった。簡素なベッドは少し狭いけれど、ふたり分の重さをきちんと受け止める。シーツの擦れる音に、時折微かな声が混じった吐息が重なった。
 素肌で抱き合うのは、どうしてこんなに気持ち良いのだろう。どんな上質のシーツよりも、ずっとずっと滑らかで心地良い。
 「……んっ、ぁ」
 幾度目か分からない深い口づけを交わす。ザックスの肌は絶えずアンジールの掌で緩やかに愛撫を施され、全身が薄紅に色付いていた。しっとりと吸い付くような肌に、アンジールは思わず小さく声を上げてしまった。
 「ザックス……、ザックス」
 何度も名前を呼んだ。呼びたかった。胸元に唇を寄せて肌を緩く吸い上げると、制服に隠された色白の肌に鮮やかな花弁が散る。左右の色付きに触れると、ピクリと体を震わせて甘い声を上げた。その声はアンジールの情欲をそそるには充分過ぎるほどで、もっと聞きたくてアンジールは暫しザックスの胸元に顔を埋めた。
 「あっ、そこ、ばかり……ダメ……、ぁ」
 ザックスの体は敏感に感じて、熱を昂ぶらせる。熱い中心部分、そしてその先に触れて欲しくて、ザックスは恥じらいながらも「触って」と請うた。そんなザックスにアンジールは「可愛いな」と囁きながら、昂ぶっている中心の熱にそっと指先を絡ませる。擦るようにすると透明な体液が流れ出て、アンジールの指先を濡らした。そのまま秘められた最奥へと指を滑らせると、ザックスが息を飲む音が聞こえた。指先はそのままで、アンジールはザックスに顔を寄せる。敏感な部分を触れられながら、見つめられるのは恥ずかしい。
 「アンジール……」
 呼んだと同時に、唇に触れるだけのキスをされた。頬にもキス。アンジールの両手が、頬を包み込むようにした。
 「ザックス……お前が、好きだ……俺はお前がとても愛しい、誰よりも何よりも。だから……」
 お互いの額がコツンと触れる。
 「お前に、もっと触れたい……お前の中に、入りたい……、お前が、欲しい」
 突然、アンジールの首にザックスの両腕が回される。そして、ぎゅうっと力強く抱き締められる。一瞬驚いたが、すぐにアンジールはクスリと笑った。これはザックスの照れ隠しだ。その証拠に、アンジールの頬に自分の頬をぴったりと寄せ合わせて、頷きながら「抱いて」と熱っぽい声を漏らす。その頬も項も真っ赤にしている筈だ。
 「ほら、ザックス……」
 アンジールの問い掛けに、腕の力を緩める。再び中心部分への愛撫が再開されて、ザックスは切なげに眉を寄せた。最奥にアンジールの指先が触れる。尾てい骨の辺りがゾクリとして、無意識の内に両脚が強張った。ザックスの緊張や不安を少しでも和らげたくて、アンジールはザックスに声を掛け続けた。
 「ザックス、大丈夫だ」
 「あ……う、ん……ごめん」
 「謝る事はないさ。無理そうだったら、そう言えばいい。な?」
 「ん……、っ」
 アンジールはゆっくりと、濡れた指先をザックスの内へ挿れる。沈み込ませるようにすると、内壁が指先をきゅっと締め付けた。
 「あっ、……やっ」
 感じた事のない感覚に、ザックスは戸惑いを隠せない。反射的に閉じられようとする両脚をアンジールはそっと押さえて、指先の進入を一旦止める。
 「大丈夫か? 力抜いて、ゆっくり息しろ……、そうだ」
 「う、んっ……」
 何度も声を掛けながら、やがてアンジールの指先は付け根までザックスの内へ沈んだ。暫くして慣らすようにそっと内壁を探ると、ザックスは腰を揺らした。ジワリと広がる感覚、それは異物感でも嫌悪感でもなくて、初めての快感だった。
 「アンジールッ」
 ザックスが切羽詰まったような声で、アンジールを呼んだ。
 「どうした? 辛いか?」
 指の動きを止めて、心配そうに自分を覗き込む彼。大好きだと思った。
 『大好き、大好きだ……、もう、こんなに大好き』
 怖くないと言ったら嘘だ。不安がないと言っても嘘だ。でも、それ以上の強さで、彼が欲しくて堪らない。何もかも飛び越えて、彼とひとつになりたかった。
 恥ずかしげな表情に、ほんの僅かに艶っぽさを滲ませながら、ザックスの唇がアンジールにねだる。
 「平気だから……もう、挿れて」
 アンジールの指先が、きゅっと締め付けられた。自分でも分かるのか、ザックスは両腕で顔を隠した。アンジールは内から静かに指先を引き抜くと、ザックスの顔から両腕を優しく退かす。「恥ずかしい」と言って瞼を閉じたままのザックスに、「恥ずかしがってるお前も可愛い」と囁いて、瞳を覆う瞼にキスをした。
 唇にもキスをして触れ合わせたまま、ザックスに「いいか?」と聞く。ザックスは彼の頭を抱くようにして「いいよ」と言うと、そのまま深く口づけた。


 何も怖くなかった。
 不安なんて、いつの間にか何処かへ消えた。
 ただ、愛しさと優しさと気持ち良さだけが、溢れて止まなかった。


 汗ばんだ頬にそっと触れられる。額に貼り付いた前髪、一部分は不格好に短いけれど、それらを優しく退かされた。
 「ザックス……、平気か?」
 「ん、平気……っ」
 長い時間を掛けて、アンジールは丁寧にザックスの内へ己の熱を沈ませた。ザックスが少しでも苦痛を感じないように、締め付けにじっと耐えながら最奥を慣らす。
 「アンジール……あの、さ」
 「ん?」
 自分を見下ろしてくる彼は優しげで、でもどこか苦しげに息を漏らす。繋がり合った部分から、ジワジワと全身に快感が広がる。
 「……に、なった?」
 ザックスが口の中で、恥ずかしげにゴニョゴニョと呟く。アンジールはザックスの顔を覗き込んで、「ちゃんと、ひとつになってる」と笑った。
 ふたつが、ひとつに。
 言葉にしてしまえば、何て短い。でも、そうなるまで、とても遠回りをしてしまった気がする。もっと早く、自分の気持ちに素直になって、言えば良かった。お互いがそう思った。だって、こんなに気持ちいいだなんて。こんなに、心満たされるなんて。驚きを隠せなかった。
 ザックスが微かに腰を揺らしながら、「動いていいよ」と言う。アンジールは優しく律動を開始した。規則正しくベッドが軋む音がして、時折切なくも甘い声が宙に舞う。
 『あっ……な、に……あぁっ』
 突如、繋がり合った部分から急速に広がっていく快感に、ザックスはどうして良いか分からなかった。戸惑いつつも、口からは艶めいた声が止め処なく出るだけ。
 『感じてるのか……』
 アンジールはザックスの変化に敏感に気付いた。自身を咥え込んだ部分が、一層強くきゅうっとアンジール自身を締め付けてくる。ザックス自身も既に昂ぶっていて、先端から透明な滴が絶えず溢れ出ていた。そっと手を添えてやると、一際甲高い声が上がる。
 「ア、アンジールッ、どうしよ……っ、お、俺っ」
 切羽詰まった声に、アンジールはザックスの手を握った。すぐに、きつくぎゅっと握り返してくる。
 「どうした、ザックス。きついか?」
 腰の動きを緩めると、ザックスは嫌だというように首を横に振った。熱と涙で潤んだ瞳でアンジールを見つめながら、「いきそう」と切れ切れに言う。アンジールは嬉しげに微笑んで、額と瞼、唇に次々とキスをした。
 「実は俺もだ。一緒にいくか?」
 「うん」
 そしてザックスは、綺麗に笑った。アンジールが、思わず目を奪われてしまう程だった。何て、愛おしい。
 「一緒にいこうな……」
 きつく手を握り合う。でも、もっと全身でアンジールの事を感じたくて、ザックスはアンジールの背中に腕を回そうと身動ぐ。察したアンジールが繋いだ手を解くと、すぐに背中に両腕が回された。ぎゅっと引き寄せるようにしがみつく様は、まるでもっと奥へと促しているようにも思えて、アンジールは自身の熱が更に昂ぶるのを感じた。
 「あっ、もぅ……、あっ、あっ」
 ザックスの腰が小刻みに震え出す。同時にアンジールを飲み込んだ部分の締め付けがきつくなる。爪先がピンと伸びて、宙に弧を描く。アンジールも必死に抑え込んでいる吐精感が、もう限界まできていた。
 「あっ、も……いくっ、アンジールッ」
 「ザックスッ」
 聞いた事のない程濡れた音が一層大きく響いて、深く抉るように最奥を突かれた。ザックスは嬌声を上げながら、アンジールの背中にきつく爪を立てた。そのまま幾本もの赤い筋を付けながら果てる。全てを解放して、アンジールはザックスの内に白濁の熱を迸らせた。
 「クッ……ハァ、ハァ」
 ザックスの肩口に顔を寄せて、アンジールはそっと頬に触れる。ふたりの荒い呼吸音が重なり合う。
 「大丈夫、か?」
 きゅっと瞼を閉じたままのザックスは、頬に触れるアンジールの手にゆっくりと自分の手を重ねた。終始こうして、真っ先に自分の事を気遣ってくれる、優しい彼。
 「ん……、ありがと」
 ザックスは嬉しげに、そして恥ずかしげに、はにかむように微笑んだ。唇にキスされて、彼の重みを感じる。ゆっくりと呼吸を整えながら、先程の余韻に身を委ねる。お互いを包み込むように抱き締めて、ふたりはそっと目を閉じた。


 お願い。
 少しだけ、今はふたりで眠らせて。




 20100314

Thanks 1,000Hit !!
1,000Hit記念のリクエスト企画作品です。
リクエストは、Rin様の「捕虜となったザックスをアンジールが奪還、そのままお初」でした。
リクエストに上手くお答え出来たか、少々不安ですが・・・・。汗。
どうも有り難うございました!!