10 良い夢を


 いつでも、先に眠ってしまうのは自分だった。そして、後に起きるのも自分。公私共にこんなに一緒にいるのに、実は彼の寝顔をあまり見ていない。起きればいつも、彼の笑顔があった。
 初めての大きな任務初日、情けなくも緊張と興奮の余りなかなか寝付けなかった。小さく何度も寝返りを打っていたら、不意に両の瞼が彼の掌で覆われた。大きくて、温かい掌だった。何か言おうと思ったら、「少しそのままでいろ」と言われた。大人しく横になっていたら、体から疲労が抜けていくように感じた。いつの間にか眠りに落ちていた。
 同期の仲間が目の前で死んだ夜、恐怖で眠れなかった。もしかしたらあの場にいたのは、自分だったかもしれない。たまたま、あいつがあそこにいただけで、自分がいても何らおかしくなかったのだ。
 薄暗く埃にまみれたテントの隅で、毛布にくるまった。眠りたくなかった。瞼を閉じれば、昼間のあの凄惨な情景が否応なしにフラッシュバックする。酷く頭が痛くて、吐き気が起こりそうだった。
 背中に彼の気配がする。自分を見下ろしているのが分かる。「情けない、しっかりしろ」と言われるかもしれない。でも、どうしようもなかった。臆病な自分に嫌悪しながらも、振り向けなかった。
 ふわりと、頭を撫でられた。一言二言、彼が何か喋った。良く覚えていないけれど、静かで穏やかな声に体の強張りが溶けたのは覚えている。気付いたら、朝だった。
 並べられたふたつのベッドは、そのうちひとつしか使わなくなった。隣で眠る。少しずつふたりの距離が縮まった。背中合わせで眠る事が、いつしか向かい合わせとなり、やがて無言で手を繋いだ。いつからか、どちらからともなく寄り添い、気付けば抱き締め合うようになっていた。何の戸惑いもなく、それはとても自然で正しかった。
 通い慣れた部屋の馴染んだベッドでじゃれ合い、甘い睦言を交わし、時には声を上げて笑い、声を上げて泣いた。寄せられた唇の熱さに酔い、与えられた快楽に啜り泣く。掴み縋り、彼の日に焼けた肌に爪を立て、時には無意識に噛み付いた。彼は一度も、「痛い」と言わなかった。苦痛に堪え、微かに歪む彼の顔さえも、いやらしく綺麗で愛しくて堪らない。
 甘く痺れるような気怠さが色濃く残る体を撫でられながら、眠りに就く至福。あの眼差しに見つめられながら眠るのは、とても幸せで安心する。
 好き。大好き。愛してる。そして、おやすみ。
 きっと、初めて会った時から、自分は彼を好きになったのだ。目の前の男に恋をしたのだ。とても強く。


 彼の気配を感じながら眠るのが好きだった。指先を絡め、体温を感じて。起きたら彼の蒼い瞳が目の前にある事の気恥ずかしさと、それを遙かに上回る嬉しさと言ったら。
 幾つのも夜を越えて、幾つもの思いを抱いて、彼と共に歩んだ日々。
 あの日。
 ずっとふたりでいようと、誓い合った夜を忘れない。
 だから、もう一度。

 ザックスは瞼を閉じた。
 涙と血と雨が、彼を静かに濡らした。


 * * *


 久し振りだな。
 ずっと、お前を見ていた。
 お前の側にいられなくなって、すまなかった。
 そして、辛い思いをさせて、本当に……すまなかった。
 立派になったな。
 同じ色の制服……、あぁ勿論、嬉しいさ。
 もうすっかり、その剣が似合うようになった。それはお前のものだ。
 ほら……泣くな。
 全く、相変わらず……すぐ泣く。
 いや……分かってる。あぁ、すまなかったな、本当に。
 ん? ……あぁ、勿論。お前が「嫌だ」と言ってもな。


 「もう、離さない」


 * * *


 指先で頬の傷に触れられる度に、皮膚がざわめいた。少し苦しげな表情をしながら彼が言う。
 「傷痕、消さなかったのか?」
 「うん……」
 消さなかった。消せなかった。消したくなかった。だって、あんたが俺の体に残したものだから。
 涙に濡れながら溶け合う体。絡まる意識、流れ込む感情。
 「最期まで、俺だけ……」
 アンジールの頬に触れながら、ザックスは大好きな蒼い瞳を見つめた。あぁ、やっぱりこんなに綺麗な蒼は、何処にもなかった。きっと世界中の何処にだってありはしない。会いたくて見つめたくて、泣く程思い焦がれた蒼。
 「もうずっと……ずっと、お前だけだ……」
 碧い瞳の奥に、無限に広がる空を見た。何があっても、もう絶対に離さないと心に決めて、アンジールはザックスに愛しさを込めて口づけた。
 ひとりきりの、長く暗い夜はもう二度と来ない。
 自分をなだめすかし、偽って無理矢理眠る夜はもう来ない。
 「やっと……漸く眠れる気が、する」
 「俺もだ」
 「さすがにちょっと……疲れ、た」
 「良く頑張ったな」
 「なぁ……俺が眠るまで、」
 「大丈夫、安心しろ。ちゃんと見てる」
 「ん……、ありがと」



 おやすみ、良い夢を。




 20101030