「なぁ、お願い。良いだろ? な?」
ザックスは肩で息をしながらも掌を合わせて、アンジールを拝むように見上げた。その瞳にはほんの少しの茶目っ気と、アンジールへの大いなる期待が込められていた。
「全くお前は……仕方ないな」
「やった!!」
呼吸を乱さずに腕組みをしているアンジールが、肩で大きく息をした。その隣で、ザックスは飛び上がらんばかりに喜んでいる。アンジールが手元の端末を操作した。ブンッとディスクが回る音がして、周りの風景がピースとなりパラパラと崩れてゆく。先程までの灼熱の砂漠地帯は、あっという間にひんやりとした無機質な空間へと変化した。
汗をかいた肌に貼り付いていた砂はいつの間にか消えた。それでも髪の毛と口の中までもが、未だに砂でジャリジャリとしているようだった。
「訓練終了。ほら、行くぞ」
「あっ、うん!!」
顎から滴り落ちる汗を手の甲でグイと拭って、ザックスはアンジールの後を追いかけた。
「今はどれも空いてるな。一番奥を使うか」
大きな部屋だ。ゆったりとした空間にロッカーが据え付けられている。壁際には適度な間隔で扉が幾つか並んでいる。アンジールが一番奥の扉の前で壁に付いているパネルを操作すると、小さな電子音と共に扉がスライドした。
「うわっ、凄く広い……」
「確かに、2nd用のものとは違うだろうな」
ここは1st専用のロッカールーム内のシャワールーム。遠征から帰還した者、任務や訓練を終えた者が汗を流す。シャワールームとは名ばかりで、バスタブも備え付けられているので、正確に言えばバスルームだ。アメニティの類もきちんと整っていた。
それに比べると、ザックスが普段使っている2ndや3rdに宛がわれているシャワールームは、当然バスタブなどない。シャワーも小さな個室で、その場に立ってシャワーを浴びて汗を流す為だけのもの。それで充分なのだが。
「バスタブも付いてんの? へぇー」
「俺は使わんな。部屋に戻ればゆっくり風呂に入れるのだから」
「まぁ、そうだよな……」
ザックスはあちこちを興味深そうに見て回る。以前から一度、1st専用のシャワールームを可能ならば使ってみたかったのだ。熱心にバスタブを覗き込んでいるザックスを見て、アンジールはその姿に苦笑しながらも、自身は手前にある脱衣スペースで装備を解き始めた。その時、ふと素朴な疑問に思い当たる。
「ザックス。お前、着替えあるのか?」
「あっ……」
そう、すっかり忘れていた。ここは1st専用のロッカールーム。アンジールは自分のロッカーに常時着替えを入れているものの、ザックスのものは当然ない。そして、1st専用のシャワールームを使える事に大喜びしていたザックスは、着替えの事などすっかり忘れていたのだった。
さて、どうするものか。
ザックスは暫し考えた。しかしすぐ、笑いながら言った。
「俺、このまま浴びる。どうせすぐ乾くし、すぐ部屋戻るから」
確かにソルジャーの制服は、神羅の技術を結集して作られている為、速乾性には大変優れていた。しかし、制服を着たままシャワーを浴びるだなんて、そんな無茶な。
「良いのか?」
アンジールはザックスを見た。ザックスは頭を掻きながら、少し恥ずかしそうにしている。
「1st専用のシャワールームを、見れるだけでも満足なんだ。だからこのままで良い」
「そうか。じゃあ、俺もそうしよう」
「え?」
「風呂なら部屋で入れると言っただろ」
アンジールは笑いながら、珍しく片目を瞑った。それを見たザックスは、はにかむように笑った。
「ほら、装備だけは解け」
「うん」
剣と防具、ベルトを外すとシャワースペースに移動した。少し温めの温度に設定してボタンを押すと、壁に取り付けられた頭上のシャワーヘッドから湯が勢い良く降り注ぐ。
「気持ちいいなっ!! ほら、両手を広げても壁にぶつからない」
まるで水浴びを楽しんでいるようだった。ザックスがはしゃぐように笑いながら、制服のままシャワーを浴びる。いつも跳ねたように立たせている髪の毛が、濡れて頭の形に添って撫で付けたようになっていた。
アンジールはザックスと向かい合うように立っていた。やがて、シャワーを浴びるザックスの腕を静かに掴むと、そのまま体の位置を入れ替える。今度はアンジールにシャワーが降り注ぐ。アンジールは後頭部からシャワーを浴びながら、そのままゆっくりと目を閉じた。その姿は、汗と疲労を静かに流しているようでもあったし、精神を集中させて瞑想しているようでもあった。
ザックスは暫しアンジールを見つめた。アンジールの体で受け止められた湯が、あちらこちらから流れ落ち、あるいは目の前の自分に降り注ぐ。
彼の肌を伝う滴に触れてみたくて、思わずアンジールの顎に指先で触れた。閉じられていた瞼が、うっすらと開かれる。
「……どうした?」
「何でも、ない」
「嘘つきだな」
彼の蒼い瞳が近付く。そっと瞼を閉じた。濡れた感触、濡れた熱さ。触れるだけのキス。
「…………」
ザックスは頬が火照るのを感じた。目の前の濡れたアンジールが、何だか酷く男性の色気に満ちて見えた。どうして、どうしよう。
再びキス。上唇と下唇を交互に甘噛みされて、啄むようなキスを繰り返される。やがてシャワーの水音に、小さくちゅっ、ちゅっと濡れた音が混じる。
「あ……、もぅ」
ザックスが堪えきれずに体を捩る。いつの間にか、抱き締められていた。微かに息が上がってしまい、それを知られたくなくて顔を反らす。アンジールの目の前にザックスの耳元が晒された。濡れた耳朶の上で、碧い粒が小さく煌めく。眩暈がしそうになった。
シャワーは変わらずに流れ続け、ふたりの体を濡らし続ける。
アンジールがザックスの耳元に、唇を寄せた。何か小さく囁く。反らされていた顔が、おもむろにアンジールを見上げた。そして、小さく頷くと同時に、両腕がアンジールの首元に回される。
額と額を合わせながら、鼻先が触れ合いそうな距離で見つめ合う。魅惑的な眼差しと、恥じらいながらも熱く揺れる眼差しが交差する。
静かに濡れながら、ふたりは漸く、熱く深い口づけを交わした。
20100918