・流血描写があります。
上記条件が大丈夫な方のみ、どうぞ。
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月明かりの下、血飛沫を浴びたお前の姿は、まるでこの世のものとは思えない程に妖しくて美しかった。
ターゲットのモンスターが夜行性の為、行動を活発にする深夜にこちらも動き始める。今夜は晴天で三日月。魔晄の瞳なら充分すぎる程の明るさだ。
起伏が少ない草原が視界の遙か先まで続く。所々に、背の高い草や木がまるで小さな島のように存在した。
「そろそろ、お出ましかな?」
ザックスが携帯を開きながら言った。
「多分……。ほら、あれだ」
小さな茂みの中から、アンジールが真っ直ぐ正面を見据える。ザックスも、その視線の先を辿った。
夜なのに鳥が舞い降りる。それも、かなり大きな鳥だ。体部分は牛ぐらいもありそうだった。大きな翼を静かに羽ばたかせて、地面に着地する。辺りの草が風でなびいた。全身を覆おう羽は濃紺にも濃緑にも見える。鋭い脚の爪が鋭利な刃物のように光った。
「俺、正面から」
ザックスが剣の柄を握り直す。その横顔は凛としていて、躍動感にみなぎっていた。
「分かった。俺は背後に回り込む。では、行くぞ」
「うん」
頷き合って、アンジールは静かに素早く移動を開始した。
羽ばたく度に、地面の土や草が巻き上がる。耳障りな音域の鳴き声を発しながら、ザックスに向かって降下する。
予想外にターゲットの体力数値は大きかった。背後からアンジールが数回、翼を斬りつけたのでその体は不安定に揺れていた。それでも、この大きな体を宙に浮かばせる事が出来るのだ。
「ザックスッ」
「任せろって」
一瞬、ザックスの姿が視界から消える。身を屈めたかと思ったら、剣を勢い良くその巨体に突きつけた。「ギャッ」と嫌な声が一際大きく響く。ザックスは柄を両手で握ると、そのまま勢い良く走り抜ける。肉と骨を切る音がした。
夜空に片翼と無数の羽と、血飛沫が舞った。モンスターは血まみれの切り口を晒しながら、鈍い音を立てて地面に落下した。全身をビクビクと痙攣させている。アンジールはその首元に剣を振り下ろした。ズブリと音がして勢い良く血が噴き出し、やがてその体はピクリとも動かなくなる。
肉の塊となったものは、空気に触れている部分からジクリと腐敗を始める。嫌な臭いが小さく漂い始めた。
静寂が戻ってくる。異なるのは、その地面に生々しい肉塊が現れただけ。
「……良し」
アンジールはザックスの方を見遣った。足元を見るように俯いていたザックスは、ゆっくりと顔を上げた。
その顔には、べっとりと血が付いていた。翼に斬りつけた時に、勢い良く浴びたと思われる。髪の毛は赤黒く光り、前髪から滴が垂れた。ザックスが頭を振ると、小さな飛沫が彼の周りに舞った。
そして、碧い瞳がゆっくりとアンジールを見た。
自分を無言で見つめるアンジールは、その顔左半分を血で染めている。最後の一振りの時に、噴き出たものを浴びたのだ。彼の整った顔が血にまみれているのを見て、ザックスはそれを綺麗だと思った。何故か、そう思った。
彼の蒼い瞳からの視線が静かに熱く、自分に絡み付くのを感じた。
無言。沈黙がふたりの間にゆっくりと滑り込んで、横たわる。
「……クッ」
突如ザックスは、まだ血の滴る剣を握り締めると、アンジールに向かって襲いかかった。それをまるで予期していたかのように、アンジールは自身の剣でザックスの剣を受け止める。甲高い金属音が何度も響き渡り、時折、火花めいたものが宙に散る。刀身が月明かりを受けて、瞬きのように煌めいた。
キ、ン……
「あっ」
ザックスの剣が彼の手を離れて宙に舞う。目でそれを追うと、アンジールに強く肩を押されて地面に仰向けに倒れた。背中に衝撃が走る。離れた場所に、カランと剣が落ちる乾いた音がした。間髪いれず、顔のすぐ真横にアンジールの剣が突き立てられる。
「ッ!!」
ザックスは息を飲んだ。目だけを動かして横を見る。血が付いて鈍く冷たく光る刀身を、殊の外眩しく感じた。
蒼い双璧が、自分を真っ直ぐに見下ろしてくる。胸がざわめいて、体が震えた。得たいの知れない何かが、自分の奥から物凄い勢いでせり上がってくる。それは熱くて凶暴で、何もかも奪いたくて壊したいと、猛烈に思わせるもの。
「……なぁ」
碧と蒼がぶつかり合う。アンジールは目を細めた。体の中に渦巻いて暴れる熱い何かが、今にも飛び出してきそうだった。瞳の奥が熱くて痛い。
「これ……、退けて」
そして、ザックスは唇を舐めた。それは酷く淫らに。たったそれだけの動作で、アンジールが必死に押さえつけていた何かを、いとも簡単に解き放った。
優しいキスも、甘い戯れもいらない。そういう何もかもが、今は物凄くもどかしくて邪魔なだけだ。
血がこべり付き、固まりかけている髪の毛を乱暴に掴んで、噛み付くように口づける。歯と歯がぶつかり合って、小さく音を立てた。濡れた舌を性急に絡ませ合って口内を貪ると、鈍い鉄の味がした。
「ア、アァァ……ッ」
ザックスは声にならない叫びを上げる。アンジールが応えるように体を掻き抱き、赤黒く汚れた首筋に歯を立てる。噛み切ってしまいたかった。彼の真っ赤な血潮を浴びて、染まりたかった。
お互いの制服を剥ぐように取る。ここが何処かなんて、場所なんてどうでも良かった。ただ、目の前の体が欲しかった。
血と汗と、土の臭い。冴え渡る夜空の下で、お互いがお互いを酷く欲しがって、体の奥底から叫んだ。
早く繋がりたい。早く、早く。この体と心は、結合を求める性本能のままに動く。
「んっ、あぁッ!!」
多少強引に最奥で繋がりながら、アンジールの肩越しに見た三日月が、まるで鋭利な刃物に見えた。腕を伸ばしたら届きそうで、それをそのまま目の前の首筋に突き立ててしまいたかった。彼の生温かい血が流れる様を思い描いて、ザックスは身震いする程に感じた。
「クッ」
自分自身を挿れた部分がきつく締まって、アンジールは声を漏らす。自分の下で体を開き、最奥を晒して熱を咥え込みながら、喘ぎ叫ぶ喉の白さが目に焼き付く。
アンジールはその首に、両手で包むように触れる。少しだけ力を込めるとザックスが淫らに、綺麗に透き通るような笑みを浮かべた。
「ん、」
ザックスがゆるゆると両腕を持ち上げる。アンジールの真似をするように彼の首に手を添えて、そっと力を込めた。
お互いが、じわじわと手に力を込める。やがて徐々に血管が圧迫され、息が苦しくなる。耳の奥で鼓動がうるさく鳴り響き、頭の奥が反転してしまいそうだった。
何もかもを破壊してしまいたい死の本能が、繋がりながらお互いの体を浸食していく。所詮、この肉体も細胞が活動を止めれば、傍らに転がるあの醜い肉塊と同じだ。
それでも。
「ク……ッ、」
ザックスの指先がアンジールの首の皮膚を抉り、ゆっくりと落下する。アンジールは手の力を緩めて、目の前の唇に口づけた。最奥を深く突き上げると、ザックスが咽せながらせわしく呼吸をする。
お互いの体が、赤と白にまみれ、汚れる。この体に対極の花を咲かせて。
狂おしく求めて繋がって、それをこの手で壊してしまいたい。ふたりの叫びが重なり合って、夜空に響き渡る。
血と汗と、体液の記憶。
還りたい。
20100202