最初は蝶が留まるように、そっと触れるだけ。
唇を舌先で小さく舐めると、ピクリと体を震わせた。
今日は、ここまで。
舌先で舐めた唇を、優しくそっと押し開く。
ここでもやっぱり、ピクリと体を震わせた。
戸惑いを隠せない舌先に触れる。
今日は、ここまで。
ゆっくりとゆっくりと、花が開くのをじっと待つ。
無理矢理こじ開けるなんて事はしなくて、辛抱強くじっと待つ。
静かに差し込んだ舌先を、恥じらう舌先に迎えられた。
なぁ。もう、いいだろ?
抱き締める腕に力を込めて、舌と口内の柔らかい部分を舐め上げた。
知らないキスを、教えてあげる。
「……んっ、はぁ」
ザックスは水中から顔を上げたように息を吐いた。
「息、止めなくても良いのに」
アンジールが背中を撫でながら、クスリと笑った。
「止めてるつもりはないんだけど、さ……」
ザックスが恥ずかしげに頬を上気させて、その体をアンジールに預けた。心持ちくったりとした熱い体を、アンジールはぎゅっと抱き締める。
お互いの舌を絡ませ合って口内を探る深いキスに、ザックスはつい息を止めてしまう。要するに、キスをしながら上手く呼吸が出来ないのだ。
予感めいたものがあったのかどうかは、実は良く分からない。
何故なら、お互いが見えない力に引かれるように唇を寄せて、それはとっても自然で正しくて、ザックスはその瞼をいたく綺麗に当たり前のように閉じたから。
それでも、最初は触れるだけのキス。
強引に奪うような事はしたくなかったから、アンジールは少しずつ教えるようにじらすように、ザックスにキスをした。
手順を大切にした。
ザックスが自ら、その先の未知なるキスを欲しがるように。
「…………」
シャボンの玉が割れるような小さな音を立てて、お互いの唇が漸く離れる。
ザックスは熱に潤んだ碧い瞳で、アンジールをじっと見つめた。
「上手くなったな、キス」
「ん……、アンジールが、」
ザックスはその先の言葉を隠すように、再びアンジールの唇に自分のそれを押し当てた。舌先を吸おうとした時、優しく両手で頬を包まれて顔を上げさせられる。ザックスは、少し拗ねたような顔をした。
「俺が何だって?」
アンジールが鼻先がぶつかりそうな距離で、うっすらと笑いながら問う。その表情は色香を漂わせていて、体の奥が小さくジンとした。
「アンジールが……」
ザックスが彼の首に回した腕に力を込める。ぎゅっと抱き締めて、抱き締められて、その耳元で「丁寧に教えてくれたから」と囁いた。
ふたりだけのキスを、探して、見つけて、また探して。
軽くて短くて優しいのも、深くて長くて激しいのも、お互いにもう何度交わしたか分からない。
上手く息が継げるようになって、恥じらいつつも知らないキスを素直に欲しがったザックスに、アンジールは愛おしさを込めて優しくその唇に教え与えた。
向かい合ってベッドの上に座り、上体を静かに前に傾ける。そっと唇だけを触れ合わせた。
「……ずっと、こうしてたい」
ザックスの呟き。触れては離れ、また触れて。蝶が舞うようなキスを繰り返す。
「ずっと、こうしてよう」
そう言いながらも、アンジールはザックスの指先に触れて、掌や甲を何度も撫で上げた。唇で触れて、指先で触れて。やがて、されるがままだった指先が、静かながらも強く握り返す。
「やっぱり、」
「やっぱり?」
何度交わしても、すっかり慣れても、透き通った初々しさを失わない唇がねだる。
「もっと、深く……」
唇を触れ合わせたまま、ゆっくりと口を開く。もっと深く、熱い奥へいきたくて。
濡れた音が響き始めると、ザックスはアンジールの首に両腕を回して引き寄せる。ふたりの体が、シーツの海に沈んだ。絡ませ合いながら、深度はどんどん増してゆく。
『一緒に、溺れよう』
お互いの指先が意味ありげな動きで、肌の上を熱く彷徨い始めた。
20100123