03 声


 ボタンひとつで、彼と繋がる。
 「もしもし」
 『もしもし』
 「久し振りに電話してみた」
 『あぁ』
 「へへっ、たまには良いよな」
 『そうだな』

 声は電気的信号に変換されて、伝達ひとっ飛び。
 信号を再び声に戻して、彼の耳へと飛び込む。
 クリアな音質、感度は最高。

 「……ってな感じ。結構、頑張ったよな、俺」
 『あぁ、良くやったな』
 「ありがと」

 今日はこんな事があって、あんな事があって。
 日常の報告も何だか妙に楽しいのは、電話の所為かな。

 「なぁ、今……、何してる?」
 『何って、お前と電話してるだろ』
 「うん……だよな。なぁ、名前呼んで?」
 『名前? ……ザックス』

 どうして、電話越しの声はこんなに色っぽく聞こえるのだろう。
 いつもいつでも聞いている、聞き慣れた声なのに、いつもと全然違って聞こえる彼の声。
 耳元がくすぐったくて、どうしてか体が熱くなった。

 『ザックス? おい、』
 「えっ……、あぁ、ごめん、アンジール」
 『もう一度』
 「え?」
 『俺の名前も、呼んでくれ』
 「アンジール」

 俺は何度も彼の名前を呼んだ。彼の耳元で囁いているつもりで。
 届くと良いなと思った。この気持ちと、この熱が。

 『なぁ、ザックス』
 「……何?」
 『そろそろ、会わないか』
 「……もう少し、こうしてたい」
 『本当に?』
 「…………」

 ザックスは耳元で彼の声を聞きながら、心の中で「うぅん、嘘」と呟く。
 会いたい。でも、もう少しこうしてたいのも、本心。何故なら、電話越しの彼の声が、実は結構好きだったりするから。
 ペタリと座り込んだフローリングに、指先でクルクルと円を描く。
 うん。でも、やっぱり会いたいな。
 すると。

 カチャリと寝室のドアが開いて、そこにはアンジールが立っていた。
 「電話ごっこ、終わり」
 パタンと携帯を折りたたむ音がした。
 「アンジール……」

 寝室・リビング間での通話。
 ドアを閉めても、声が聞こえてしまいそうな距離で、わざわざ電話。
 だって、たまには電話で話してみたかったんだ。
 でもやっぱり、会って直接聞きたい。その声を、この耳で。

 「ザックス」
 「ん?」
 「電話より、会って話す方が良いだろ?」
 「うん。でも……電話も良い、かな」
 「何故だ?」
 「…………」

 沈黙。
 染まる頬。伏し目がちの潤んだ瞳。何か言いたげな唇。熱い、皮膚。
 お前が言いたい事は、一目瞭然。実は俺も、お前と同じだ。
 その口からお前の声で聞きたかったけれど、その姿でもう充分。
 だから、抱き締めさせてくれ。そしてその耳元で、お前の名前を呼ばせてくれ。


 何て素敵な音色。




 20100126