ボタンひとつで、彼と繋がる。
「もしもし」
『もしもし』
「久し振りに電話してみた」
『あぁ』
「へへっ、たまには良いよな」
『そうだな』
声は電気的信号に変換されて、伝達ひとっ飛び。
信号を再び声に戻して、彼の耳へと飛び込む。
クリアな音質、感度は最高。
「……ってな感じ。結構、頑張ったよな、俺」
『あぁ、良くやったな』
「ありがと」
今日はこんな事があって、あんな事があって。
日常の報告も何だか妙に楽しいのは、電話の所為かな。
「なぁ、今……、何してる?」
『何って、お前と電話してるだろ』
「うん……だよな。なぁ、名前呼んで?」
『名前? ……ザックス』
どうして、電話越しの声はこんなに色っぽく聞こえるのだろう。
いつもいつでも聞いている、聞き慣れた声なのに、いつもと全然違って聞こえる彼の声。
耳元がくすぐったくて、どうしてか体が熱くなった。
『ザックス? おい、』
「えっ……、あぁ、ごめん、アンジール」
『もう一度』
「え?」
『俺の名前も、呼んでくれ』
「アンジール」
俺は何度も彼の名前を呼んだ。彼の耳元で囁いているつもりで。
届くと良いなと思った。この気持ちと、この熱が。
『なぁ、ザックス』
「……何?」
『そろそろ、会わないか』
「……もう少し、こうしてたい」
『本当に?』
「…………」
ザックスは耳元で彼の声を聞きながら、心の中で「うぅん、嘘」と呟く。
会いたい。でも、もう少しこうしてたいのも、本心。何故なら、電話越しの彼の声が、実は結構好きだったりするから。
ペタリと座り込んだフローリングに、指先でクルクルと円を描く。
うん。でも、やっぱり会いたいな。
すると。
カチャリと寝室のドアが開いて、そこにはアンジールが立っていた。
「電話ごっこ、終わり」
パタンと携帯を折りたたむ音がした。
「アンジール……」
寝室・リビング間での通話。
ドアを閉めても、声が聞こえてしまいそうな距離で、わざわざ電話。
だって、たまには電話で話してみたかったんだ。
でもやっぱり、会って直接聞きたい。その声を、この耳で。
「ザックス」
「ん?」
「電話より、会って話す方が良いだろ?」
「うん。でも……電話も良い、かな」
「何故だ?」
「…………」
沈黙。
染まる頬。伏し目がちの潤んだ瞳。何か言いたげな唇。熱い、皮膚。
お前が言いたい事は、一目瞭然。実は俺も、お前と同じだ。
その口からお前の声で聞きたかったけれど、その姿でもう充分。
だから、抱き締めさせてくれ。そしてその耳元で、お前の名前を呼ばせてくれ。
何て素敵な音色。
20100126