窓の向こう側の夜空に、花火が上がった。
賑やかな歓声が遠く聞こえてくる。爆竹が鳴っているような破裂音が、立て続けに鳴り響く。ザックスは手にしていた携帯電話を閉じてベッドに落とすと、窓辺から下界を見下ろした。
人が沢山いる。露店の暖かそうな色の明かりが、通りに沿って細く長く伸びている。
ニューイヤーの到来を喜ぶ人々とは何処か対照的な表情で、ザックスは小さく溜め息をついた。窓ガラスが一瞬、白く曇る。
寝室のサイドテーブルには、ふたつのグラスに一本のボトル。
「一緒に開けよう」と約束したけれど、彼が帰ってくる気配はない。携帯電話はここ数日間、沈黙を守っている。そして、今も。
「別に、気にしてないけどさ」
出発前、「クリスマス前には戻る」と言っていたから、そのつもりで他の誘いはすべてキャンセルしてしまった。今更そんな事を言っても、どうしようもないけれど。
改めて考えれば、遠征の予定が状況によってめまぐるしく変更されるのは当たり前だし、自分だって経験済みだ。だから、その事に関して文句は言えない。言うつもりもない。無事に戻ってきてくれれば良い。
でも……。
ザックスは窓辺を離れるとベッドに座り、ボトルを手にする。慣れない手付きで試みる開栓に、この作業をいつも彼が行っている事を否応が無しに思い知らされる。
「無事ならそれで、いいじゃん」
自分に言い聞かせるように呟いて、ザックスはボトルを握る手に力を込めた。
* * *
指揮官として、遠征メンバーが全員その場からいなくなるのを見届けて、アンジールは漸くヘリポート脇の格納庫を後にした。
一定の階級以上が利用可能な連絡通路を足早に抜けて、1st専用の所謂ロッカールームへと急ぐ。辿り着いた先で待っていた分厚い扉の前に立ち、横に取り付けられている小さなモニターを覗き込む。一瞬で網膜をスキャンされ、小さな電子音と共にロックが解除されると、アンジールは部屋の中へと急いだ。
他に利用者は誰もおらず、アンジールが入室した事に反応して部屋がオートで明るくなる。一番突き当たりに用意されている自分の個室に入ったと同時に、アンジールは装備を解き始めた。
彼は今、バスターソードを背負っていない。今回の遠征で予想以上にそれを利用せざるを得なくなり、任務完了後の現場離脱と同時にメンテナンスを頼んだのだ。ミッドガル帰還と同時に顔馴染みの職員、職員と言っても本人曰く自分は「職人」で、神羅が大量生産している武器より各個人が利用している特注の武器の設計や調整を専門としていた、そんな彼がアンジールの帰還に合わせて待機していた。差し出されたバスターソードを見るなり、「今回はかなり派手に使いましたね」とさすがに驚いた様子で言った。
「使わざるを得なくてな……。少々手間がかかると思うが、よろしく頼む」
ともすればアンティークな部類に含まれてしまいそうな武器なので、メンテナンスに使用する材料や機材も限られる。よって通常のそれより手間も時間もかかってしまうのだった。
「任せて下さい。俺もこいつは気に入ってるんで、綺麗に仕上げますよ」
バスターソードは相当の重量があるので、メンテナンス専用の輸送ケースに収めた。「仕上がったら連絡します」と言って、彼はケースを引きながらその場を後にしたのだった。
アーマーやベルトを外す度に、細かい砂埃が落ちた。いつもより多少手荒にそれらを体から外して、ボックスの中へと落としてゆく。口の中が砂っぽい。皮膚の表面が乾いた血糊によって引き攣るようだったし、いやにガサガサする。さすがに慣れているとはいえ、いつになっても嫌な感覚だ。
本当はこうしている時間さえも、惜しい。ヘリポートから見た空に、花火が上がっていた。もう年は明けたのか。
「クソッ」
アンジールは悪態をついて、シャワー室の扉を勢いよく開けた。
* * *
ザックスがグラスに開けたワインを飲み干して、サイドテーブルに戻したのと、玄関のドアがガチャリと音を立てたのはほぼ同時だった。
ベッドから降りて迎えに出るより早く、寝室のドアが開く。そこには、久し振りに見る彼の姿があった。
「おかえり、アンジー……ッ」
言い終わらぬうちに、きつく抱き締められた。そのままベッドに押し倒されると、首筋に唇を押し当てられた。
「アンジ……ちょっ、くる……し」
ザックスが思わずアンジールの背中を叩くと、漸く腕の力が緩められた。改めてちゃんと、目の前の相手を見る。お互いのあお色を見るのが、酷く久し振りのような気がする。
「おかえり」
「ただいま。遅くなって、すまなかった」
「うぅん……」
「約束していたクリスマスも、戻れなかった」
「仕方ないよ」
「今だって……もう年が明けてしまった」
「うん。でも、気にしてないよ」
「そうなのか?」
「んー……全然気にしてないって言ったら、嘘になるけれどさ。でも……」
「アンジールが無事なら……それで、いいよ」
本当は一緒にいたかった。クリスマスも、年越しも。でも、ソルジャーである自分たちはいつ、何処で死んでもおかしくない。だから今は、
帰ってきてくれて、有り難う。
「ザックス……」
堪らず、目の前の愛おしい彼を抱き締めた。
アンジールは自分以上に、ザックスがそういう節目のイベントを大事にして、楽しみにしている事を知っている。仕事だから仕方がないといえども、一緒にいられなかった事が残念で申し訳なかった。
それでも、こうして自分の無事を第一に考えてくれていたザックスが、愛しくて堪らなかった。
「でもさ……ひとつ、ごめん」
「何だ?」
ザックスがすまなそうな顔でアンジールを見上げた。
「一緒に開ける約束だったのに、ちょっとだけ飲んじゃった……」
視線の先には開栓済みのワインのボトル。そういえば、微かに香る甘い唇。湯上がりを思わせる頬や項。そして、自分を見上げてくる碧い双璧。
アンジールは自分の奥に潜む衝動が揺さぶられるのを感じた。
「ん……っ」
抱き締めてキスをする。舐め上げた口内は甘くて、ザックス好みの味のワインだと知れる。濡れた音を響かせて続く口づけに、ザックスの息が徐々に上がる。呼吸が乱れる。
「ア、アンジールッ!!」
「何だ?」
いつの間にか胸元をはだけさせられて、大きな掌が胸元を幾度も撫で上げる。鎖骨に唇を押し当てられて、軽く歯を立てられた。
「あっ……待っ、て」
自分が性急に求められている事が、アンジールの息遣いからも分かる。嬉しいのに、何故か恥ずかしさの方が勝ってしまって、ザックスは知らず知らずのうちに逃げ腰になる。
「待てない」
胸元の敏感な部分を舐められて、背筋がゾクリとした。指先が触れる。
「あ……、んっ」
思わずきゅっと瞑った目をそっと開けると、目の前にアンジールの顔があった。両頬を掌で包まれる。温かくて大きくて、優しい掌だ。暫く見つめ合い、アンジールはザックスの額や瞼に、軽く触れるだけのキスを何度も何度も落とした。そして、唇が触れ合いそうな距離で囁く。
「こんなに、待ったんだ……。もう、待てない」
熱と情欲を帯びた声音に、ザックスは体の奥が熱くなるのを感じた。
ちゅっと可愛らしい音を立てて施されたキスは、徐々に熱を帯びて激しくなる。いつしかザックスの唇の端からは、お互いの混ざり合った唾液が透明な糸となって零れ落ちた。
ザックスが自分に覆い被さるアンジールの背中に回した腕に、力を込めた。唇が離れた僅かな間に、息を継いで言葉を紡ぐ。
「側に、いて……、ずっと」
「あぁ、ずっといる。……寂しかったか?」
「平、気……」
「嘘つきだな」
ひっくと小さくしゃくり上げ、目尻から涙を零れ落としながら、ザックスはアンジールの体にしがみついた。目の前にある肩に小さく噛み付く。甘い痛みが心地よくて、アンジールもザックスの肩に同じように噛み付きながら、快感に粟立つ皮膚を愛撫する。
「あ……、んぁっ、や……待っ」
「待てないって言っただろう?」
「ん……」
ゾクゾクと全身を駆け巡る快感に、体が否応なしに変化を現し始める。アンジールにはもうとっくに気付かれているだろうし、今だってもう、お互い触れ合って泣きそうなほどに熱い。
ザックスの体が蕩け始める。体の強ばりが抜け、手足がアンジールの体に吸い付くようだった。快楽に身を委ね始めたザックスの姿に、アンジールは思わず喉を鳴らす。
「いやらしくして欲しそうな顔、してる……」
「バ、カ……もぉ、」
「ん?」
ザックスがゆるゆると腕を伸ばしてアンジールの頭を掴むと、その耳元に唇を寄せた。いつも自分にされるように耳朶を甘噛みしながら、消え入りそうな声で、
「待てない、から……好きに……、し」
言葉尻は飲み込まれて、それと同時にベッドが一際大きくギシリと音を立てた。
20120114