「アンジール!! 靴下の中に何か入ってる」
枕元に置いていた靴下の膨らみを見て、ザックスは隣で眠るアンジールを、叩き起こさんばかりの勢いで揺すり起こした。
「分かった、分かったからザックス……ちょっと離……せ」
ブランケット越しにぎゅーっと抱き付いてくるザックスに、アンジールは寝起きの顔を若干しかめる。体力の差はあっても、寝起きの無防備な体をぎゅうぎゅうと締められると、さすがにちょっと苦しい。
「あ、うん。ごめん」
パッと体を離しても、ザックスは嬉しそうに且つ何処か気恥ずかしそうに笑って、アンジールの目の前に膨らんだ靴下をぶら下げた。
「見て見て」
「サンタクロースが来たようだな」
子供のように喜ぶザックスの髪の毛をくしゃくしゃと掻き混ぜ、そのまま大きな掌をするりと滑らせて頬を撫でる。
暖かなベッドの中、さっきまで眠っていた体は平常より体温がやや高いのか、頬に触れるアンジールの掌が妙に心地よい。
「うん、ちゃんと来てくれた」
ザックスはアンジールに向かって、ニッと笑った。
サンタクロースの正体は勿論分かっている。プレゼントに欲しい物も、直接伝えた。
『サンタクロースが来てくれるなら、お前はプレゼントに何が欲しいんだ?』
『んー……、ピアス、かな』
『ピアスなら持ってるじゃないか』
『いいの。ピアスなら邪魔にならないし、ずっと身につけていられるし。最近はさ、あんな小さな玉みたいな部分に、簡単なメッセージを刻印してくれるんだって。俺、あお色のやつが良いな、って』
『そうか。サンタクロースにお願いしないとな』
『そうだね』
一緒に買いに行った訳じゃないけれど、何となく分かる。あの後、アンジールは店に行って、ピアスを買ったに違いない。尋ねたいけど、それはしちゃいけないような気がして、素知らぬ振りをしていた。
気恥ずかしいような、嬉しいような、何ともいえないこそばゆい気持ちで今日まで過ごしてきたのだ。
「靴下の中は見てみたのか?」
「まだ、これから」
靴下の中身を見ようとするザックスに、アンジールは「ちょっと待て」と言ってベッドを降りた。部屋の温湿度計を確認して暖房を入れ、加湿器を動かすと再びベッドへ。膝掛けを兼ねているブランケットを脇から引き寄せて、ザックスの肩に掛けてやる。靴下に夢中のザックスは、部屋の中がそれなりに寒い事に漸く気づいた。
「さて、見てみるか」
ザックスの体を優しく後ろから抱き締めるようにして、何処となく楽しそうにアンジールが座る。そのまま肩に顎を乗せ、頬を擦り寄せるようにして首筋に小さいキスをちゅっと落とした。腕の中のザックスが、くすぐったさに身動ぐ。その姿が寝起きだからなのかベッドの中だからなのか、いつもより妙に可愛らしい。
暫し猫がじゃれ合うような触れ合いをして、ザックスが漸く靴下の中身を取り出した。
リボンが巻かれた小さな包みがひとつ。掴んだ感触は何だか柔らかい。
少し怪訝に思いながらも、ザックスはリボンを解き、包装紙を開いていく。中から現れ出たのは、暖かそうな黒っぽい塊……。
「アンジール、これって……」
「ん?」
「…靴下?」
ザックスが後ろに首を向けながら、恐る恐る確かめるように尋ねる。まさか、まさか……。
するとアンジールは、微笑みながらザックスにこう言った。
「あぁ、靴下だ。先日洗濯していたら、お前の靴下に穴が開いているのを見つけてな。あれはもう掃除用にしたから、今度からこれを履くと良い」
「マ、ジ……かよ」
アンジールの顔と自分の手の中の靴下とを見比べる。さすがにクリスマスプレゼントだけあって、一足で値段が四桁は軽くしそうな靴下だ。普段自分が履いている、三足まとめてお買い得価格の靴下とは異なり、シンプルながらも細部のデザインや裁断、そして何より手触りが凄く良い。素材が上質である事を物語っていた。
しかし。
「これ、クリスマス……プレゼント?」
「あぁ、そうだ」
「マジでっ?! 靴下の中に、靴下って……ホントにっ?! ええぇっ!! って、ちょっと待って……あぁ、もおっ!!」
ひとりで一頻りあれこれと騒いだ後、ザックスは突如ガバッと身を翻して頭からずっぽりとブランケットにくるまってしまった。アンジールに背を向けて。
「ザックスッ」
「…………」
当然の事のように、アンジールの呼び掛けにも反応しない。
『さすがにジョークが過ぎてしまったかな』
やれやれと思いながらも小さく笑って、損ねてしまった機嫌をどうやって取り戻そうかと思案する。でも、もう既に手は打ってあるのだ。
あとは優しく、根気よく。
「ザックス……、怒ったのか?」
「…………」
ブランケットの中から依然返事はない。ザックスはだんまりを決め込む。アンジールは小さく肩を上下に動かして、自分に背を向けるザックスの体をブランケットごと抱き締めた。するとザックスは、手足をばたつかせて抵抗する。それを少し強引に腕力で以て封じ込めて、取り敢えずザックスの頭に被るブランケットを退けた。現れ出た髪の毛がさらりと彼の耳元を滑る。
アンジールがザックスの耳元に唇を寄せて、そっと、
「似合ってる」
「は? 何言ってんの? 履いてもないのに」
その口調は不機嫌で投げやりな色を帯びていた。クリスマスプレゼントをひとり期待した自分が馬鹿だったと、ザックスは悔しいような悲しいような気持ちになっていた。
「だから……、似合ってるって」
「何なんだよ、一体……」
アンジールが言っている事の意味が分からなくて、ザックスが思わず彼の方を向こうとした瞬間、耳朶を小さく甘噛みされた。唇の感触をそのままに、もう一度囁かれる。
「似合ってるぞ」
「って……もしかして、」
ザックスの顔が見る見るうちに、まさかと言った表情に変わる。ザックスは振り返る。アンジールはそんな彼の顔を覗き込む。漸く視線を合わせたふたり。
蒼色の瞳が、何処となく満足そうに微笑んだ。
「鏡、見てこい」
ブランケットが跳ね上がる。ザックスはベッドを降りると、急いで洗面所に向かった。そんな彼の背中を見て、アンジールは床に落ちたブランケットを拾い上げた。
『まさか、まさか』
指先で触れた感触がいつもと異なる。小さくて固い感触は変わらないのだけれど、明らかに違うのが分かる。
『これって、もしかして……!!』
洗面所に取り付けられた鏡に映し出されたザックスの顔が瞬間、驚きから喜びへと変わる。そして、その嬉しさに満ちた叫び声は寝室にも響いた。
「アンジール!!」
バタバタと忙しない足音と共に、ザックスが寝室に駆け込んでくる。
「なぁ、これ!!」
自分の髪の毛を耳に掛ける。現れ出た耳元で小さな蒼がキラリと煌めいた。
「気に入ったか?」
「うんっ!!」
「決める際に幾つか迷ったが……やはりそれで良かった。似合うな」
「うんうんっ!!」
ザックスが寝室のドア付近に立ったまま、うずうずしている。そんな様子を見て、アンジールは思わず笑ってしまう。
『さっきまであんなに拗ねていたのに……、全くお前ときたら』
アンジールが床に足を下ろしてベッドに座る。なぁ、もっと、
「もっと近くで見せてくれないか?」
アンジールが言い終わらないうちに、ザックスはベッドに座っている彼に飛び付いた。その勢いはアンジールが咄嗟に身構えても間に合わなくて、そのままふたりしてベッドに勢い良く転がる。下になったアンジールが、危うく壁に頭を打ち付けそうになる。
「コラッ、ザックス!! 危ないだろ」
「だってだって、俺すげー嬉しいんだもんっ!!」
広く逞しい胸元に頭をぐりぐりと押しつけていたザックスが、やっと顔を上げた。嬉しさの余り、息が弾んでいる。ベッドに両腕を突いて、自ずとアンジールを見下ろす体勢となった。
アンジールの腕が伸びて、指先がザックスの耳朶に触れる。小さな蒼い石の表面にはとても小さく、肉眼では文字と認識するのが困難なほどの大きさで刻印が施されている。それは、アンジールだけが知るザックスへの愛の言葉。
「繰り返しになるが……似合ってるぞ」
「へへ……、ありがと」
目の前にふわりと現れたその笑顔に、アンジールは胸をぎゅっと捕まれたような気持ちになった。ザックスのこういう笑顔に自分は堪らなく強く惹かれるのだ。それは何処か幼いようでいて、でも美しく綺麗な笑顔。まるで、柔らかい光のような。
「……なぁ、アンジール」
蒼が収まる耳朶や頬はほんのりと薄紅で、言葉を紡ぎ出す唇が可愛らしげで、碧い瞳が目の前の海の奥底を見つめて近づいて、近づいて、
「大好きだ」
メリークリスマス
20120104