恋かもしれない


 「マジかよ……」
 目の前の鏡に映る自分を見て呆然とした。正確に言えば、「鏡に映る自分の耳元を見て」だが。
 トレードマークとなっている左耳のピアスがないのだ。いつもなら碧色の石がはめ込まれている耳朶。だけど今は小さなピアスホールだけ。
 「嘘だろ、オイッ……いつ落とした??」
 確かめるように指先で触れる耳朶は、いつもと異なる触り心地。
 ザックスは取り敢えず洗面台の周りを見回すが、それらしきものは見あたらない。自分で着脱している時ならばまだしも、気付けばなかったので何処で落としたか全く見当が付かない。念の為、ベッドの枕元付近もくまなく探すが見あたらない。
 「部屋の何処か……?」
 そう呟きながら見渡した自室は、大して広くもないのに妙に物に溢れていて乱雑で、床が僅かしか見えない。この有様では探す気にもならないし、仮に落としたとしていても探し出すのは不可能に近いと思った。
 高い物ではないけれど、石の色が気に入って露店で買ったピアス。着けているうちに愛着が湧いてきて、いつしかそればかり着けるようになっていた。「そればかり」といっても、他にはチタン製のファーストピアスをひとつしか持っていないのだが。
 「あーぁ、どこいったんだろ……気に入ってたのになぁ……っと、ヤベッ」
 ふと目にした時計の時刻を確認して、ザックスは慌てて身支度を調える。これからアンジールと実地訓練も兼ねて、市街地へモンスターの駆除へ行くのだ。遅れたら何を言われるか分からない。
 ひと月ほど前に自分の教育係に就いた1stのアンジールは、基本的な生活習慣に結構厳しい。おかげでそれなりに早寝早起きの、規則正しい生活を送るようになった。勿論、訓練中も充分に厳しくて、激しい叱咤に結構落ち込みそうになるのだが、そればかりではなくて彼は良い所も見つけ出して必ず褒めてくれる。これが結構嬉しくて、モチベーションが上がるのだ。
 「急げ、俺っ!!」
 慌てながらも髪の毛を手櫛で大雑把に整える。背中に背負った剣をガシャンといわせて、ザックスは自室のドアから勢い良く飛び出した。

 *

 『ん?』
 市街地への移動中のトラックの荷台で、アンジールはザックスの異変に気付く。異変といってもそれは些細な事で、彼は先程から事ある毎に自分の耳朶に触れているのだ。彼にそんな癖はなかったと思うので、妙に目に付く。本人は恐らく無意識なのだろう。でも指先は時折、確かめるように耳朶に触れる。
 大して広くもない荷台で、足を伸ばせるように少しずれて向かい合わせに座る。アンジールは自身の大剣の柄を握り、具合を確かめながらザックスに言う。
 「刃こぼれとか、してないな?」
 「えっ、あぁ……大丈夫、の筈」
 「武器の手入れはきちんとしておけよ」
 「うん」
 ザックスが横に置いていた自分の剣を手繰り寄せる。アンジールはそっと彼を見遣った。
 黒い髪の毛の隙間から覗く耳朶に、いつもの碧色がない。見慣れない所為か、何だか妙な感じだった。着け忘れたのだろうか。いや、今までそんな事はなかったので、恐らくなくしてしまったのだろう。無意識の内に、ずっと気にしているのだから。
 アンジールはさり気なく聞いてみる。
 「気になるのか?」
 「え、」
 「耳……いつものがないじゃないか」
 ザックスは一瞬だけ驚いたような顔をして、小さく息を吐いた。
 「気付いたらなかった……いつも着けてるから、ないとどうも変な感じでさ」
 そういうものなのだろうか。自分は装飾品の類を身に付ける習慣がないので、いまいち良く分からない。だが、いつも身に付けているものがないという事は、やはり落ち着かないのだろう。
 「何処で落としたのかなぁ……結構気に入ってたからショック」
 ザックスは今度こそ大きな溜息をついた。アンジールはそんな彼をそっと見ながら、手にしていた大剣を静かに置いた。


 * * *


 信じられなかったけれど、良く考えれば別におかしくも何ともない事なんだよな。
 俺が勝手に思い込んでただけ。
 夕飯食べようって声掛けたら、珍しく「先約がある」って言われちゃった。いつもだったら、「緊急の会議だ」とか「同期の誰々と食事だ」とか言うのに、今回に限って「先約がある」の一言で終わり。
 ま、予定があるなら仕方ないし、無理にこっちの都合に合わせて貰うなんてとんでもないから、こっちも「分かった。じゃ、また今度」で軽く手を振る。
 そんな時に限って同期の連中は誰一人とて掴まらなくて、社内食堂もちょっと飽きてきたから、外に出てみた。
 閉店時間の迫るスーパーの店先は賑わっている。出来合いのものを買って部屋で食べても良いし、行きつけの店で食べても良いし、どうしよかと考えながら歩いていたら……見つけてしまった。
 思わず立ち止まって、それからすぐに歩道の端に寄ってしまった。向こうはこっちには気付いていない様子。でも、俺にはすぐ分かった。制服ではない、見慣れない私服姿の彼だけれども。
 予想外で彼の姿を見つけた事への驚き。そして、少しの沈黙の後、胸が静かにざわめき出した。耳の奥で鼓動が煩い。頭の後ろがヒヤリとした。嫌な感じだ。
 店の中から出てきた彼は、リボンの結ばれた小さな袋を持っている。静かに周りを見回すと、そのまま通りの人混みの中へ紛れてしまった。
 これから待ち合わせして、時間が時間だから食事だろう。その前に、あの紙袋の中身を差し出すのだろうか。それとも、食事を楽しんだ後だろうか。
 自分には敷居が高すぎて入れないような店から出てきた彼。
 ライトアップされたショーウィンドーは、遠目からでも良く分かるほどに光り輝いている。中で綺麗に並べられた、色とりどりの宝石たちによって。
 気が付けば、俺はいつの間にか自室のドアの前にいた。帰ってくる途中の事は覚えていない。静まった部屋と薄暗い玄関。ドアが閉まる音が聞こえたと同時に、僅かに顔が歪む。そして、涙が一滴零れた。
 「あ、れ……」
 何でだろう。どうしてだろう。
 答えは分かっているけれど、認めたくなくて、でもそう思えばそう思うほど、先程見た光景が頭の中で蘇る。
 「何だよこれ……、何、泣……て」
 ゆっくり、でも絶え間なくポロポロと零れてくる涙を拭っても拭っても、止める事が出来なかった。

 *

 真新しかった小さな箱が、気付けば何だか薄汚れてしまった。角が丸みを帯び、綺麗に掛けられていた細いサテンのリボンは、いつの間にか取れてしまった。
 無理もない。無造作にポケットに入れて、絶えず持ち歩いているのだから。
 あれ以来、タイミングがどうにもこうにも悪くて、急遽短期の遠征が入ったかと思えば、今度は入れ違いで遠征先からあいつが戻ってくる。科目によっては集中講義が開講される時期だから、あいつは訓練に出てこない。こればかりは仕方ないと思えども、教育係の自分の元に送られてくる出席状況とレポートを見ながら思わず溜息をついた。
 お互いの時間が全くといって良いほど噛み合わない。廊下で擦れ違ったりするものの、ありがちな挨拶を交わすだけ。
 何なんだ、これは。
 いらついている自分を認めたくはないけれど、認めざるを得ないのは、普段は口にしない煙草に手を伸ばしてしまったからだ。
 デスクライトのみが灯る自室で、燻らせた紫煙が天井へ向かって音もなく昇る。
 もしかして、意図的に避けているのか?
 開いた携帯の画面には、ついさっき受信したばかりのメールの本文が表示されている。
 『ごめん また今度な』
 瞼を閉じると、画面の残像が青白くちらつく。ここ数回は連敗中なので、そろそろどうしてやろうかと意地悪く思う。
 それに、このままだとそのうち箱が壊れる。ただでさえ砂埃で汚いのに。
 それに……。
 午前中に彼と廊下で擦れ違った際に、髪の毛の隙間から覗いた耳朶を思い出した。
 「ただの銀色のピアスなんて、お前には似合わんな」


 * * *


 静まり返ったフロアには、微かな空調の音しか響いていない。自分の足音が妙に大きく聞こえるのは気の所為だろうか。
 上げなければならない書類を片付ける為に、アンジールは自分に与えられた部屋へと向かう。別に1stなら誰でも使用可能なミーティングルームでも構わないのだが、個人用にと一部屋割り当てられているのだ。集中してせっせと仕事に励めという事だろうかと、ふと思う。
 無機質な廊下の角を曲がった時。
 「あ」
 「ん?」
 視線の先には見慣れた姿。でも、何だか妙に久し振りに感じてしまう姿。ふたりの視線が宙で重なったかと思ったら、視線の先にいるザックスがくるりと踵を返して姿を消した。その余りにも分かり易い行動に、アンジールは思わず笑ってしまいそうになる。だが、今日はここで逃がす訳にはいかない。
 「待て、ザックスッ!!」
 『待たないー』
 心の中で言いながら、もう一つ角を曲がると何かにぶつかった。
 「わっ!! ごめんっ!!」
 「っと……。ん? 久し振りだな、ザックス」
 「えっ!?」
 顔を上げたら目の前には、憧れて止まない英雄の姿があった。それなりの勢いでぶつかったにも関わらず、セフィロスはまるで何事もなかったように平然とザックスを見つめている。いや、見下ろしている。彼は身長が高いのだ。
 「セフィロス!! ごめん、俺急いでて」
 顔の前で両掌を合わせて謝ると、セフィロスの冷ややかにも見える瞳がほんの少し細まる。そして僅かに口元に笑みらしきものが浮かんだ。その様を見てザックスは安心した。しかし。
 「セフィロス、そいつを捕まえてくれ!!」
 背後からアンジールの声と足音が迫ってくる。
 「じゃ、そーゆー事だから……って、おわっ!!」
 突然、ザックスは制服の襟をむんずと掴まれる。まさに「首根っこを掴まれる」だ。ザックスの襟を掴んだセフィロスが腕をこのまま持ち上げると、ザックスは「まんま小犬」のような姿を晒す事になってしまう。さすがになかったが、限りなくそれに近い状態だ。
 相手が相手なので、さすがのザックスも観念した。大人しく動きを止める。
 「これで良かったか?」
 セフィロスが掴んでいる方の腕を見ながら、駆け寄ってきたアンジールに尋ねた。
 「あぁ、助かった。すまんな。それよりセフィロス、いつ帰還したんだ?」
 久しぶりに会う友人に、アンジールの声は嬉しそうな色を帯びる。
 「つい今し方だ。帰還早々に小犬捕獲の手伝いをさせられるとはな」
 小さく笑った友人に「すまん」と言って、アンジールは困ったように笑い返した。
 「もう逃がすな」
 「あぁ、そうする。帰還報告が落ち着いたら、食事でもしよう」
 返事代わりに片手を上げて歩き出したセフィロスを、アンジールが見送る。そんな彼にザックスは声を掛けようとしたが止めた。彼に掴まれている腕を見つめる。逃がすまいという事だろうか、少し痛いくらいだ。
 「あ、あの……、アンジール……」
 「もう逃がさんぞ」
 アンジールのいつもと少し異なる、ともすれば不適な笑みに、ザックスは怖いと思うどころかドキリとしてしまった。目の前の彼が、格好良くて堪らなかったのだ。
 『何だよ、俺……』
 悔しいのか情けないのか、嬉しいのか切ないのか。様々な感情が複雑に絡み合って、胸を覆った。

 *

 「さて、どういう事か説明して貰おうか」
 アンジールの仕事部屋らしい一室に通されて、早々に問われる。部屋自体は大して広くない。コンピューターの類が置かれた机と、簡易的なロッカーに仮眠用のソファ。それだけの、ある意味殺風景な部屋だったが、ソファの近くに鉢植えが置いてあるのがアンジールらしいと思った。
 「えっと、」
 「訓練には欠席」
 「あれは、講義が……重なってて」
 「分かってる、集中講義だな。それ以外は、振り替えを行う事になっていると思うが」
 「…………」
 俯いてしまった彼は何だか小さく見える。こうして一対一で会話をするのは久し振りだ。右肘に擦り剥いたような跡を見つけた。実技で怪我でもしたのだろうか。
 「……ザックス。お前、俺が教育係だとやりにくいか?」
 「違うっ!!」
 思いの外大きな声を上げたザックスに、アンジールは驚いた。顔を上げてアンジールを見つめてくる碧い瞳。その瞳が少しだけ揺れている。あと少し、何か言ったら堰を切ったように涙が溢れ出してしまう、そんな危うさを含んでいた。こんな状況であるのに、涙で濡れた碧も綺麗だろうなと思ってしまった自分は、もうどうしようもないと思う。アンジールは息を付いて、肩を小さく上下させた。
 「では何故、俺から逃げたりする? 俺はお前に用があるのに」
 「……訓練とか講義とか、毎日やらなきゃいけない事ばかりで」
 ザックスは自分で何を言っているのか良く分からない。どうにもこうにも、頭の中が混乱している。
 「結構、場合によってはかなりきつくて……部屋帰っても疲れて何も出来なくて、食事出るのも億劫だし、」
 ポツリポツリと話し始めたザックスに、アンジールは無言で耳を傾ける。しかし、その内容は予想外の方向に傾いていった。
 「ひとりで食事の気分にもならないし、かといって仲間と騒ぐ気分でもないし……誰かと一緒にいたいと思うけれど無理だし、なくしたピアスはずっと見つからないし……買えばいいんだろうけど、気に入ってたから……」
 まるで悩み相談室みたいだ。自分の思いつくままに話しているらしいので、良く要領を得ないような内容だが、アンジールにはこれで充分だった。だって、現にこうしてザックスの腕をさっきみたいに掴んでも、彼は全く抵抗しない。少なくとも、嫌がってはいない。そればかりか、最も重要な事を確信してしまった。
 『これだけ期待させといて、まさかのどんでん返しは勘弁してくれよな』
 アンジールは小さく息を吐く。
 「そうか、良く分かった。お前は自分でもどうして良いか分からなくて、悩んでいたんだな」
 「う、ん……そう、かな……。そうかも……」
 「俺も似たようなものだった」
 「そう、なの? ……って、何が?」
 ザックスが意外そうな顔をした。何でも完璧にこなしてしまう1stのアンジールに、一体何の悩みがあるのだろう。
 「会いたくても会えないのは、仕事といえども辛いな。いつも、つい気にしてしまう」
 チラリと見たザックスの顔が、見る見るうちに歪み、泣き出してしまいそうになる。全く以て分かり易い。胸が痛んだが、もう少しの我慢。
 「やっと会えたかと思えば僅かな時間、むしろ一瞬だ……。一緒に行って選ばせてやりたいと思っても無理だしな。だから、」
 アンジールが言葉を句切り、制服のズボンのポケットをごそごそと探る。ザックスはアンジールのそんな行動を不思議そうに見つめる。そして、ザックスの掌を両手で包むようにして何かを乗せた。
 「似合うと思って選んだのだが、気に入ってくれるか分からん」
 静かに彼の手が退かされると、自分の掌にはくたびれた小さな箱がひとつ。
 「えっと……、これ、」
 「開けてみろ」
 ザックスが恐る恐る箱を開けると、そこにはピアスが入っていた。箱の内側に小さく書かれた店名を見て、ハッとした。あの日、アンジールが出てきた店の名前だった。
 「お前には銀色のピアスは似合わん」
 「ア、アンジールッ、でもこれ」
 ザックスはどうしていいか分からなかった。
 「ずっと気にしてただろう? お前が出た講義の教官が俺の同期でな……ザックスが絶えず耳を気にしているから、検査が必要じゃないかと俺に言ってきた。単純に耳の具合が悪いのかと思ったらしいな」
 自分では気付かなかったが、ザックスはいつもと異なるピアスを着けている耳朶に絶えず触れていたのだ。味気ない銀色のファーストピアス。
 「でも、これは……俺じゃなくて、」
 俺じゃなくて、大切な人に贈る為に買ったのではないのだろうか。
 掌の小箱をじっと見つめる。綺麗な蒼色の石が光るピアス。海を閉じこめてしまったかのような、深い深い蒼。そういえばこの色は、彼の瞳の色と良く似ている。
 「お前じゃなかったら、誰なんだ?」
 「だ、だから、その……アンジールの、好きな……」
 「それがお前だったら?」
 「え……」
 一瞬、アンジールが何を言っているのか理解できなかった。そんなザックスを見ながら、アンジールは焦れったくて仕方がない。この状況を楽しむ余裕はもうなくて、ザックスの驚き具合も分からないではないけれど、我慢できなくてアンジールはザックスの手を握った。
 「俺はお前が好きなんだ」
 ほんとにほんとに?
 「ほ、本当……?」
 「嘘を言っても仕方ないだろ。本当だ。俺はお前が好きだ……気付けば好きになっていた。あぁほら、泣かないでくれ」
 突然すぎるのと嬉しいのとで思わず涙を溢すザックスの頭を、アンジールはクシャクシャと撫でた。
 「泣くほど嫌か?」
 「違っ……だって、」
 「じゃあ、泣くほど嬉しいか?」
 小さく何度も頷くザックスがとても意地らしくて、アンジールはザックスの額に掛かる前髪を退けると、そっとキスをした。唇を残したまま、「こういう『好き』なんだが……」と言うと、ザックスはまた何度も頷いた。耳朶が赤くなっているのが可愛らしい。
 「ピアス、着けてくれるか?」
 「うん」
 ザックスは着けていたピアスを外すと、ズボンのポケットに入れた。そして、指先が小さな蒼いピアスを摘む。少し首を傾けて左耳に着ける動作を、アンジールは黙って見つめる。ザックスは、自分がピアスを着けるところを見られるのが、今は何だか恥ずかしかった。耳朶に蒼い光がひとつ。
 「どう、かな」
 「似合うな、うん」
 「ありがと。……そういえばこの石、アンジールの瞳の色に似てる」
 「気付いたか? その通りだ。いつも、お前の一番近くに居たくてな」
 ザックスの顔がパッと朱に染まる。サラリと殺し文句のような事を言って、どうしてこの人はこんなに格好良いのだろう。彼が酷く大人に見えて、でもそんな彼の自分への気持ちを嬉しく思って、ザックスはまた泣きそうになった。
 「なぁ、ザックス」
 「何?」
 「お前の気持ちを聞きたいのだが……、聞かせてくれないか」
 そう、さっきからアンジールの告白ばかりで、ザックスは自分の気持ちを彼に伝えていないのだ。もう、充分伝わっているのだけれど、やっぱりちゃんと言葉で聞かせて欲しい。
 「俺、アンジールの事……好きだよ。大好きだ……あんたの事考えて、」
 泣いてしまうくらいに大好きです。
 両腕でふわりと抱き締められる。頭上から「良かった」という声が聞こえて、とても嬉しくなった。アンジールの背中にザックスはぎこちなく両腕を回す。すると、自分を抱き締める腕に少しだけ力が込められるのが分かった。
 「なぁ、ザックス」
 「何?」
 「取り敢えず、今夜は一緒に食事をしよう。ここ暫くはずっと連敗だったからな」
 少しだけ体を離したアンジールが、ザックスの顔を覗き込む。ほんの少し意地悪そうな笑みで。
 「あ……、その……ごめん」
 「もういいさ。これで、許してやる」
 言い終わるや否や、アンジールはザックスの唇に自分のそれをそっと重ねた。触れるだけで、すぐに離れる唇。目の前の彼が突然の事に驚きの表情を浮かべるかと思ったら、一瞬驚いた顔をしたものの、それ以上に恥じらうように頬を染めて、まさに愛おしい表情をしたものだから、アンジールは思わず喉の奥が鳴りそうになった。
 『俺もどうしようもないな……』
 何か言いたげなザックスを余所に、アンジールは彼をギュッと抱き締めた。その顔には、とても嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


 * * *


 恋かもしれないそれは、恋でした。




 

サイト開設1周年記念のリクエスト企画作品です。
リクエストに盛り込んだ要素は、「すれ違いでじれったいアンザク」です。
全然焦れったくなくて申し訳ありません。汗。
アオ様、リクエストどうも有り難うございました!!

 20110511