(好き+愛してる+全部)−嫌い=あんた


 思ってもいない事を口にするのは、こんなにも苦しくて切ない。
 でも、彼の為だと思って口にした。
 心の奥で、「ごめん」と何度も叫びながら。


 * * *


 「好きじゃないっ!! あんたの事なんか、好きじゃないっ」
 何度もそう叫びながら、ザックスはアンジールの全てから逃れようとした。アンジールの言葉にも耳を貸さず、ただひたすらに逃れようともがく。
 ふたりが喧嘩とは異なる言い合い、それはある意味一方的なものだけれど、それを続けて既に時間は十五分が過ぎようとしていた。
 ザックスは隙あらば玄関まで駆けて、アンジールの部屋から飛び出さんばかりの勢いだ。しかし、廊下とリビングを隔てるドア部分で、アンジールが遮っている状態だ。
 アンジールは思い返す。そう言えばここ数日、いつもと違ってザックスの様子がおかしかった。
 自分の事を避けていた気がする。それはあからさまではないけれど、彼と多くの時間を共に過ごしてきた自分にはとても良く分かった。何処かよそよそしいと言うのだろうか。周囲の者達は決して気付かないかもしれないし、ザックスも平静を装っている振りをしているのかも知れないけれど、アンジールには物凄く良く分かった。
 それと、急に同期の友人達と飲みに行くだとか、部屋に泊まりに行くだとか。予定していたトレーニングも急遽キャンセルだとか。時々はそういう事もあるけれど、最近は立て続けだ。普段のザックスからは余り考えられない事だった。お互いに思いを通じ合わせてからは、特に。
 自分で言うのも何だけれど、俺達は相思相愛だ。俺はザックスの事が物凄く大切で愛しているし、ザックスも俺の事を愛してくれている。少なくとも俺はそう思っている。
 今まで一度も喧嘩をした事がない訳ではない。小さな諍いは度々あったけれど、最終的にはすぐに仲直りのキス。
 なのに、今のこの状況は一体何だ? 俺にはザックスの真意がサッパリ分からない。
 「ザックス、俺の話を聞かないかっ」
 「嫌だっ!! 聞く事も話す事も何もないっ」
 先程からずっと嫌だ嫌だの一点張りで、普段穏和なアンジールもさすがに頭にきた。
 「ザックスっ!!」
 アンジールの大声と共に、パンッと乾いた音が辺りに響いた。
 「あ、」
 ザックスは自身の身に起こった事が咄嗟には理解できなかった。ただ、左の頬がジンと熱くなった。
 「ザックス……、お前、さっきから自分が何を言っているか分かっているのか?」
 アンジールは、打たれた頬に手を当てながら動きを止めたザックスの、両の二の腕を力強く掴んで言った。瞬間、思い切り抵抗するかと思いきや、アンジールの予想外にザックスは大人しいままだった。それでも、腕を掴まれたまま体を引いたり捩るようにして、少しでもアンジールから遠ざかろうとしている。
 「好きじゃない」
 「俺の事が?」
 「嫌だっ、嫌だっ!!」
 いつしかザックスの綺麗な碧い瞳からは、大粒の透明な涙がポロポロと零れ落ちていた。アンジールはその様を見ながら、「あぁ、こいつの涙はどうしてこんなに綺麗なんだろう」と思い、今すぐにでも指先で拭ってやりたくなった。しかし、今はこの掴んでいるザックスの腕を離したら、彼が駆け出していってしまいそうで出来なかった。
 ふと、アンジールは冷静になって目の前のザックスを見つめた。
 相変わらず惜しげもなく恥ずかしげもなく、子供と言うには大きい、でも自分から見ればまだまだ子供の青年がポロポロと涙を零して、頬をすっかり濡らして俯いている。
 さっきからずっと、「嫌だ」とか「好きじゃない」とかを繰り返す。
 それに、本気で逃げようと思えば、俺を殴ってでも逃げようとすればいいのに。2ndでもザックスだってソルジャーだ。勿論止める自信はあるものの、本気で殴ってくればさすがの俺もかなり痛みを感じるに違いないのに。
 『…………』
 もしかして、お前……。
 アンジールは自分の自惚れを信じてみる事にした。そうすれば、辻褄が合うのだ。合ってしまうのだ。
 そう思えば目の前のザックスが、だただだ可愛くて愛しくて仕方がなくて堪らない。
 掴む腕の力を少しだけ緩めると、それに気付いたのかザックスが顔を上げる。漸く、ちゃんと彼の碧い瞳を見た気がした。それはザックスも同じで、自分より少しだけ上にあるアンジールの蒼い瞳を覗き込んでいた。
 「そんなに、嫌なのか?」
 「んっ……」
 「嫌なんだよな」
 「…………」
 ザックスは無言のまま、大きく頷く。また涙が目尻から零れ落ちた。
 「そうか……」
 アンジールは息を付いた。そして、
 「分かった」
 言い終わるや否や、アンジールは目の前のザックスをきつくきつく抱き締めた。ザックスもアンジールに抱き付く。声を上げて泣きながら。
 アンジールはザックスの頭を胸に抱くようにして、柔らかな髪の毛を指先で梳き、慈しむように頬を寄せた。そして、滑らかなこめかみに唇を寄せる。
 「ほら、素直に言ってみろ」
 「…………」
 ザックスの口からは、ひっくとしゃくり上げる声しか聞こえない。
 「余計な事は考えなくて良い。お前が心配しなくても大丈夫だ……何も心配する事はない。俺はお前の本当の気持ちが聞きたいんだ」
 アンジールの胸に顔を埋めながら、ひっくひっくとしゃくり上げるザックスに、アンジールは困ったように微笑む。そっと胸元からその顔を上げさせると、先程打った頬を優しく撫でて、漸くその碧い瞳を濡らす涙を指先で拭った。
 「こんなに泣き虫だったのか?」
 「……だって……」
 「そんな風に泣いてしまうお前が、俺はとてもとても好きだ」
 「アンジール……」
 「お前は? 俺の事、『好きじゃない』か?」
 「ん……」
 恥ずかしそうに視線を反らしてザックスは俯く。アンジールはクスリと笑う。
 「じゃあ、聞かせてくれないか?」
 その唇で言って欲しいんだ。『好きじゃない』なら何なのかを。
 「……好き……好き、大好きだ……ッ」
 『やれやれ……、まだ恥ずかしいのか』
 それでもアンジールはやっぱり嬉しくて、蒼い双璧を細めた。
 「やっと言ったな……俺もお前が大好きだ」


 * * *


 つまらない噂話に囚われ、振り回された。
 『組織内での同性同士の恋愛は、個々の評価に影響する』だなんて。
 自分の事なんてどうでもいい。あんたの足を引っ張りたくなかった。重荷になりたくなかった。だから、噂話を耳にしてから、実はずっと気になっていた。
 俺とアンジールは、もうずっと前から「秘めた関係」だから。
 1stで実力も申し分ないけれど、日々更なる高みを目指すあんたを、たかだか2ndの自分が原因となってあんたの全てに泥を塗る訳にはいかない。それぐらい、分かってる。
 でも……、でもさ……。
 あんたの側にいるのが普通になってた。「なぁ」と呼んで顔を上げた時、あの海のような深い蒼色の瞳がない時の虚しさと言ったら。
 自分の気持ちに嘘をつくのは本当に苦しくて、日を追う毎に身を切り裂かれそうになった。やっぱり、もうダメなんだ。
 嫌だ。嫌だよ。
 あんたと「離れる」のが「嫌」なんだ。
 「嫌い」って言葉をあんたには言いたくないから、「好きじゃない」って言った。
 ごめん。もう絶対に言わない。
 ……でも、ある意味、間違いじゃないんだ。「好き」、じゃないんだ。
 もうずっとずっと、「愛してる」なんだ。
 でも……、やっぱり両方だ。
 「好き」も「愛してる」も、全部あんただけだ。


 時折、お前はそうやって色々と考え込んでしまう。ひとりで、空色の碧い瞳を曇らせながら。必死に気付かれないようにしているのだろうけれど、俺にはすぐに分かってしまうんだ。
 覚悟ならとっくに出来てる。評価やら何やら、そんな下らない事の為に簡単に手放せる程、この思いは半端なものではないのだ。
 お前の気持ちは、全部知ってるから。
 ずっと俺を、好きでいろ。


 * * *


 「あの、さ……」
 「何だ?」
 「ん……、その、」
 言わなくても分かるさ。その恥ずかしげに頬を染めた顔に書いてあるから。
 いつになったら、恥ずかしがらずに先に言ってくれるんだ?
 でも、いつでもいつまでも、先に言うのは俺だ。何故ならお前を、もうどうしようもなく誰よりも……

 「愛してる」




サイト開設1周年記念のリクエスト企画作品です。
リクエストに盛り込んだ要素は、「身を引こうとするザックスと、それを引き留めるアンジール」、「ザックスを殴るアンジール」です。
EM様、リクエストどうも有り難うございました!!

 20110220