ここじゃなくて


 夕食後のリビングでのひとときは、いつの間にか熱を帯びた時間に変わった。手を触れ合わせていただけなのに、その手はいつの間にかお互いの素肌を彷徨って、意味ありげな動きをする。軽く触れ合わせるだけのキスは徐々に熱さと深さを増して、息を継ぐのがやっとの程。零れ落ちる吐息を飲み込まれて、舌を絡ませ合う。
 「も……、ここ……嫌だ」
 「何故だ?」
 「だって、明るい、し……」
 そう。ここは明るいリビング。そして、ソファの上。正確に言えば、ソファに座ったアンジールの上、だ。
 「ね、ベッド、行こ? ね?」
 「嫌だ」
 「もっ……ぉ」
 「さっきまで食事してた場所で……、ほら」
 アンジールがザックスの顔を、後ろに反らせる。視界に飛び込んだのは、ローテーブルの上に残された空の食器類。つい先程まで、普通に食事をしていた事を充分に物語っている。
 なのに、自分は今……。
 「コラ、そんなに締め付けるな。興奮したのか?」
 「やっ……、違っ」
 アンジールが意地悪く笑いながら、耳朶を甘噛みした。この日常溢れる空間で、自分はシャツ一枚だけを羽織り、彼の上に跨って繋がっているという事実。羞恥を感じると共に、体の奥が熱くなった。アンジールの手が尾てい骨の辺りをつつと撫でると、背筋がひやりとした。シャツの下から背骨を確かめるように撫でて、一番下の肋骨を擦られる。脇腹を滑って腰骨を擦り上げられると、思わず上擦った声が漏れた。もうどこを触られても、肌は素直に感じてしまう。隠したくても、隠せない。
 「感じやすいのな……、何処か触る度に、ほら……そうやって締め付ける」
 「あっ、あぁ……」
 アンジールがシャツに手を掛けた。脱がそうとするのを、ザックスは首を横に振って抵抗する。
 「嫌なのか?」
 「ん……恥ずか、し……ぃ」
 だってそれを脱がされたら、自分は完全に一糸纏わぬ姿になる。彼は前を寛げているだけなのに。それを思ってきゅっと目を瞑ると、目縁から涙の滴が零れ落ちた。
 「そんなに恥ずかしがるな。……ほら、泣くな」
 アンジールは、首に腕を回して、ぎゅっと抱き付いてくるザックスの頭を撫でた。
 ザックスはベッド以外での情事を嫌がる。特にリビング、ましてやキッチンなどは極端だった。触れ合ってキスをして良い雰囲気になってきたら、アンジールの腕を掴んで無言で訴えるのだ。「ベッドに行こう」と。体は敏感すぎる位に感じてしまうのに、最後の最後で理性が邪魔をする。完全に飛ばせないのだ。
 今日だって何度もなだめて、時には悪いなと思いつつキスと愛撫で誤魔化して、ようやく繋がった。それでもこうして、大きすぎる羞恥に耐えきれず泣いてしまう。
 『一度乱れたら、凄いのにな』
 そう。一度でも理性を飛ばしてしまえば、後は果てしなく快楽に身を委ねて乱れた。その様は身震いする程凄艶で、眩暈がする程淫猥だった。そんな姿を見せる彼が、今は恥ずかしさの余り、ヒクッと嗚咽を上げながら自分の肩口に顔を埋めている。全く以て、物凄いギャップだ。堪らない。
 アンジールは優しく、言い聞かすようにゆっくりと話す。
 「ザックス、悪かった。恥ずかしかったな?」
 「…………」
 無言のままで、小さく頷く。
 「でも、気持ち良くないか? 俺は気持ち良い。こうして、恥ずかしがるお前を抱き締めて……中に入って、」
 その時、ザックスの後孔が、きゅうっとアンジールを締め付けた。自分の意志とは関係ないところで素直に反応してしまい、どうにも出来ない体にザックスがしゃくり上げる。
 「ほらな、こうして感じてしまうお前が、凄く堪らなく愛しいんだ……。気持ち良いだろ?」
 アンジールがザックスの頭を肩口から上げさせる。覗き込むようにするとフイと視線を反らそうとしたが、アンジールはそんな彼の頬を両手で優しく包み込む。じっと見つめると、ザックスが観念したように呟いた。
 「……気持ち、い……」
 「だろ? ほら、な」
 「でもっ、恥ずかし……」
 「恥ずかしくない」
 「だって、明るいと、見える……し」
 「俺しか見てない」
 「でも、でもっ」
 「でも?」
 ザックスはきゅっと唇を噛んだ。アンジールがキスを落とす。啄むようなキスを、頬に額に鼻先に。羞恥と不安を取り去るように、ちゅっとキスを繰り返す。
 「……分かった。そんなに嫌なら、俺も無理強いはしない。そんな事、お前にさせたくないしな」
 アンジールがザックスの腰を支えて、中から自分自身を抜こうとした。でも、まるでそれを嫌がるように、ザックスの後孔がアンジールを締め付ける。同時に「あぁ」なんて甘い声まで上げて。
 『全くもう……お前って奴は』
 アンジールは思わず笑ってしまいそうになったが、グッと堪える。ふぅと息を付いて、冷静に言った。
 「困ったな。ザックス、抜かせて貰えないか?」
 「あ、あの……アンジール」
 「何だ?」
 「その……怒った?」
 腕を掴みながら、相変わらず泣きそうな顔でザックスが聞いてくる。
 「何故だ?」
 「その、だって俺が……」
 あぁ、もうダメだ。俺の負けだ。これ以上は無理、我慢なんて出来ない。アンジールはザックスをぎゅっと力強く抱き締めた。
 「単刀直入に言う。ここで終わるか、最後までやるか。どっちが良いんだ、お前は」
 アンジールの問い掛けに、ザックスは消えそうな位の小さな声で予想外の返答をした。
 「……両方」
 「は?」
 「ん……だから、」
 そっとアンジールの耳元に顔を寄せた。
 「ここじゃなくて、最後までしたい。だから、このままで……」
 アンジールが顔を上げて、ザックスをまじまじと見る。彼は相変わらず恥ずかしがっている事に変わりはないのだが、何だか酷く嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
 『参った。完敗だ』
 目の前の頭をガシガシと撫でると、ザックスは首を竦めた。
 「ほら、背中に腕回せ。脚、上げて……動くなよ」
 「うん」
 アンジールはザックスの腰の辺りに腕を回して、上手く体重を移動させる。まさか、繋がったまま抱き上げるなんて思ってもみなかった。
 「こうしてると、まるで子供だな」
 「子供、言うな」
 「そうだな。いやらしく締め付けたままだもんな」
 「ッ!! 早くベッド行くのっ!!」
 「分かった分かった」
 素直なんだか素直じゃないんだか。でも、可愛いのにいやらしいなんて最高じゃないか。
 『散々焦らされたんだ……、覚悟しろよ』
 アンジールの気持ちを知ってか知らずか、ザックスは彼の胸元に唇を寄せて、赤い舌先で小さく舐めたりなんかしている。腕に愛しい重みを感じながら、アンジールはゆっくりと寝室に向かった。




 20100116