ほんのりと頬が色付いているのは、どういう訳かいつも以上に飲んでしまったアルコールの所為。
ザックスはゆっくりと立ち上がって、窓の側へ寄った。さすがに窓辺は温度が低い。寒がりのザックスの為にアンジールは空調を効かせて、シャツ一枚でも寒くない室内だった。
珍しく、窓ガラスが曇っている。外との温度差が大きいようだ。目の高さの位置の曇りを、掌で拭う。夜でも人工の光に溢れ、星空は滅多に見えない。でも、今日は空から白いものが落ちていた。
『雪……?』
ザックスが確認するように、じっと外を見つめる。雪だ。アンジールに教えようと思ったら、後ろからそっと頭を撫でられた。
「さっきから、何をそんなに熱心に見ているんだ?」
「ほら、雪」
ザックスが自分の目線より、ほんの少し上の部分の窓ガラスの曇りを掌で拭った。
「……本当だ、ここじゃ珍しいな」
アンジールが窓の外を長めながら、そっとザックスの腰に腕を回す。その頭に顎を埋めるようにして、彼の髪の毛の柔らかさと、シャンプーの香りを楽しむ。ザックスは自分の腰に回されたアンジールの腕に、自分の手をそっと重ねた。
「寒くないか?」
「ん、平気」
ふわり、ふわりと舞い降りる雪。心なしか、いつもより窓の外が静かに感じる。きっとすぐに止んでしまうのだろうけれど、滅多に見られない雪にザックスは心躍った。
「どうりで底冷えすると思ったら」
アンジールは、いつもより設定温度を高めにした空調を思い出す。
「なぁ、アンジールは冬、好き?」
ザックスは首だけ振り返って、尋ねた。
「冬か? そうだな……冬空は好きだ。バノーラでは星が綺麗に見えてな。お前は寒いのが苦手だから、冬は苦手か?」
「うん、ちょっと苦手……でも、ゴンガガでも冬の空は星が綺麗だった。さすがに雪は降らなかったなぁ……。あ、星といえば空の片隅に、ごちゃごちゃと星が集まってるの知らない?」
「もしかして、プレアデス星団の事か?」
アンジールの問い掛けに、「うーん、名前までは知らないけれど」とザックスは呟いた。正直、星座を読むのは今も得意ではないし、名前までは覚えていなかった。
「確かに、冬空に星が集まってる部分があるな。プレアデス星団だ。別名で『ごちゃごちゃ星』と言ったりするらしいから、お前もあながち間違いではないな」
アンジールが笑いながら、ザックスの頭を撫でる。ザックスも何となく頬を膨らませつつ、楽しそうに笑った。
「ほら、あの一番明るい星……シリウスだっけ? あれも綺麗だよな」
「あぁ、シリウスな。ギリシア語で『セイリオス』、輝くもの、焼き焦がすもの……」
青白く夜空を照らす、強い輝き。夜空を見上げた時に目が離せなくて、眩しくて冷たい色に、その身を焼き焦がされるような錯覚。
アンジールは思わず、ザックスを抱き締める腕に力を込めた。
「アンジール?」
「……ん、あぁ、何でもない。そう言えば、『ドッグ・スター』とはシリウスの事を指すそうだ」
「ドッグ……、犬……って、そこで笑うなってのッ!!」
背後でクスクス笑うアンジールに、ザックスは回された腕に爪を立てて抗議した。
そんな話をしながら、窓辺に佇んで外を眺める。雪はしんしんと、音を立てずに降り続ける。窓ガラスの掌で拭った部分が、既にうっすらと曇り始めた。
「ザックス……」
アンジールが甘く囁きながら、ザックスの首筋に顔を埋めた。息を吸い込むと、彼の匂いがする。髪の毛の生え際に唇を寄せると、ザックスがくすぐったそうに首を竦めた。
「なぁ、アンジール」
ザックスがゆっくりと、目の前の曇りガラスに指先で文字を書いた。
『スキ』
それを見てアンジールが微笑みながら、ザックスの書いた文字の上に丸印を付けた。今度はアンジールが文字を書く。
『キス』
ザックスが同様に文字の上に丸印を付けると、すぐに首筋にキスされた。アンジールは、ザックスの柔らかく温かい首筋を小さく吸って、小さな朱い跡を残す。唇は耳元をたどって耳朶を甘噛みすると、耳の後ろ辺りを舐め上げた。気持ち良くて、背筋がゾクリとした。
戯れのようなキスを繰り返し、同時にゆるりと体を撫でられる。それはゆっくりと、でも着実にザックスの体温を上昇させた。アンジールはたくし上げたシャツの中にそっと手を入れて、脇腹を上下に撫で上げた。
「……ッ」
ザックスの息を飲む音が聞こえると、小さく笑いながら耳に舌を差し込む。濡れた音が零れる。
「あ……んッ」
同時に訪れた快感に耐え切れず、ザックスが両手を窓ガラスに突いた。そのまま、ずるずるとしゃがみ込む。
窓ガラスには、上から下に大きな線が二本描かれた。
「どうした? 立っていられなくなったのか?」
ザックスをその手で煽りながら、アンジールは楽しそうな声音で囁いた。脇腹から背筋、胸元から鎖骨へ、その手は止まることなくザックスの肌をまさぐり、快感に染め上げてゆく。
ザックスが、ゆっくりと縋るように後ろを振り向く。その目元は朱を帯びて潤み、物欲しげな色でアンジールを見つめる。
「アンジール……」
「ん?」
察してくれれば良いのに、と頭の片隅で思う。でも、アンジールはもどかしい愛撫を止める気配がない。ザックスは瞼を閉じて、窓ガラスに指を当てた。
『ホシイ』
「何をだ?」
綴られた文字を見て、アンジールが耳元で囁く。ザックスは恥ずかしくて、泣きそうになった。お願いだから、これ以上熱を上げないで。
小さく震えながら、窓ガラスに再び文字を綴る。
『シテ』
「なぁ……」
ザックスは懇願するように呼び掛ける。消えそうな「お願い」という声に、アンジールは無言のまま、ザックスの体を抱き締めた。
愛しい声が熱い。体が熱い。自分の腕の中で、艶やかに鮮やかに色付いていく。俺を欲しがれ。もっと欲しがれ。いやらしく淫らに、俺が欲しいと叫べ。
アンジールはザックスを煽りながら、自分自身が煽られているのを感じていた。この体の奥の灼熱を鎮めてくれるのは、ただひとり。
体の奥の疼きを感じながらも、アンジールはザックスを焦らす。
「だから、何、を?」
「ッ」
あぁ、もうっ。
ザックスは首を横に振りながら、耐え切れないとばかりに、窓ガラスに文字を書き足した。
『アイ シテ』
急いて乱れた筆跡が、ザックスの心情を物語る。強引に体ごと振り返って、アンジールの首に腕を回す。ぎゅっと力を込めて抱き付いて、首筋に顔を擦り付けた。まるで、アンジールの目線から少しでも逃れるように。
恥ずかしくて、でも欲しくて堪らない。
アンジールの腕が、ザックスの頭を首筋から上げさせる。きつく閉じていた瞼にキスが落とされる。それが何だかとても優しくて、ザックスはそっと目を開けた。アンジールが、じっと真っ直ぐに見つめてくる。
ザックスの中で何かが、ドクリと音を立てた。
口づけは同時で、飲み込まれそうな激しさに震える。濡れた音が途切れなく響いて、まるで部屋の湿度が上がるようだった。何もかもが熱い。
薄い透明な板の向こうは、今もしんしんと雪が降り続いていた。
曇る窓ガラス、掌の跡、残された文字、伝い落ちる水滴。
ザックスは、アンジールの頭を抱え込むようにして、その耳元に熱く淫らに囁いた。
Please give me your s......
20091227