Blue


 朝は何かと慌ただしい。
 目覚ましより先に起きたのはアンジール。
 隣ですやすやと眠る恋人には一応声を掛けるのだけれど、「もう少し」の声に目覚ましが鳴るまで放っておく事にした。
 寝室を出て、キッチンで水を飲む。洗面所で顔を洗って寝室に戻ると、目覚ましのベルが鳴っている最中だった。
 ブランケットの中からのろのろと伸ばされた腕が、ゆっくりと目覚ましのスイッチを切る。
 「起きろ、ザックス」
 「う、ん……」
 カーテンを開け放つと、部屋の中が一気に明るくなった。
 アンジールはクローゼットから自分とザックス、ふたり分の制服を出しながら声を掛け続ける。
 ここで声を掛け続けないと、ザックスはまた眠ってしまうのだ。
 「起きないと遅刻だぞ」
 「んー……」
 「ほら、起きろ」
 「うん……、分かっ、たー」
 もぞもぞと漸く体を起こしたザックスは、眠たげに目を擦りながらアンジールを見た。
 「おはよう、ザックス」
 アンジールの声と共に、額に優しい感触。小さくチュッと音がした。そして自分の制服が差し出される。
 「おはよ、アンジール……。制服、サンキュ」
 両手で受け取ると、ザックスはベッドを降りた。自分がそうしている間に、アンジールはすっかり着替えを終えていた。
 「朝食作ってる。お前はさっさと顔を洗って、着替えろ」
 「うん」
 アンジールはキッチンへ、ザックスは洗面所へそれぞれ移動した。
 寝室には眩しいまでの朝の光が差し込んで、今日がとても良い天気になる事を知らせていた。


 *


 「お前、今日は市街地巡回だな?」
 「そう、最近整備が決定した地区。まずは基本のモンスターの調査と駆除から」
 ザックスが、カリカリに焼かれたベーコンをフォークで口に運ぶ。
 「あぁ、あの地区か。元々市街地でもあまり治安が良くない場所だったが……」
 トーストを食べる手を止めて、アンジールは何か思い出している。
 「そうらしいな。俺、詳しく知らなかったけど、今回事前資料読んで知ったんだ。その昔荒れすぎて、モンスターが住み着くようになったんだとさ」
 「ふむ……何だかモンスターが住み始めたのが先なのか後なのか、良く分からんな」
 少し呆れたような声で言うと、アンジールはデザートのオレンジを口にした。
 どんなに忙しくても、アンジールは朝食にデザート、それは大抵果物だ、を必ずつける。
 「取り敢えず、暴れてオッケーなら暴れてくるぜ」
 ザックスはニッと笑って、皿の上に最後に残ったプチトマトを口に放った。
 「程々にな」
 「んでさ、アンジールは? 今日何処?」
 「俺か? 俺は一日ビルの中だ。午前中は打ち合わせやその他の雑務。午後から最近システムを入れ替えた緊急ヘリポートで、テストシミュレーションだ」
 「そっか。緊急ヘリポート、俺も一度見たいっ!!」
 ザックスは緊急ヘリポートに行った事がなかった。このヘリポート、余程の事がなければ使われる事はない。そうなる前に事態を収めてしまうのが神羅だ。
 「今度連れてってやる。……あ、そうだ」
 アンジールは思い出したように言った。
 「今日の一五時頃、空を見てろ」
 「空?」
 ザックスは思わずリビングの窓から外を眺めた。青空が広がっていた。一日の始まりとしては最高だ。
 「あぁ、空だ。お前のいる地区からでも見えるだろう。寧ろ、丁度良いかも知れんな」
 「何? 何か見えるの?」
 「以前お前が見たがっていたものだ。……っと、悠長に話をしている場合ではないな」
 時計を見たアンジールが、綺麗に空けられた食器類をシンクに置く。ザックスも後に続いた。
 慌ただしく準備をして、ふたりが部屋を出たのはそれから十分後だった。


 *


 現在時刻一四時五五分。
 ザックスは腕時計を確認した。あと五分少々で一五時。アンジールが言っていた。何かが見えるらしい。
 モンスターの調査は、取り敢えず終了した。多少の痕跡はあるものの、目標を確認した訳ではない。
 よって、本日駆除の必要性もなければ、ザックスが暴れる必要もなかったのだ。
 多少がっかりしながらも、ザックスは小型端末で調査の結果を入力していた。
 他のメンバーは、一足先に戻っていた。
 「さてと、そろそろ時間だけど……」
 ザックスは立ち上がって体を伸ばす。そのまま空を見上げた。何も変化はない。この辺り一帯は高層の建物がなく、澄んだ青空が広がっていた。
 「一体、何が……」
 ぐるりと見渡したその時だった。自分の左後方に突如エンジン音らしき音が現れた。ザックスは振り返る。
 「あっ」
 ザックスの視線の先の空には、青空に映える四つの白い機体が見える。戦闘機だろうか。それら四機はタイトなダイヤモンド隊形を組んでいた。
 「えっ、マジ!? これって……ファン・ブレイクッ!!」
 思わず声を上げたザックスの上空を、機体は一気に通過した。凄まじい轟音が響き、遠のいて行く。機体はあっという間に点となって空に溶けた。
 ザックスは声もなく、ただ空を見つめた。
 それから僅かな時間をおいて、再び上空から音が聞こえた。ザックスはどの方向から聞こえてくるのか、空を見回す。
 目を凝らすと、上空右方向に小さく機体が見える。縦一列のトレイル隊形。機体は一機増えて、五機になっていた。
 機体がぐんぐんと大きくなる。同時に音も大きくなる。
 「凄い……凄いっ!!」
 驚きを声にするザックスの上空で、五機はトレイル隊形から大きなデルタ隊形へと移行すると、大きく三六〇度水平旋回した。
 空を振り仰ぎ、機体を追うザックスの表情が驚きと嬉しさで満ちる。
 「チェンジ・オーバー・ターンッ!! うっわー……」
 五機は徐々に密集したデルタ隊形へと収束、機体同士がかなり接近した状態でそのまま飛び去っていった。
 青空には白く美しいスモークの航跡が残された。
 ザックスは暫し、その場に立ち尽くし、空を見上げたまま動かなかった。
 目の前で繰り広げられたつかの間の光景に、ただただ嬉しくて感動していた。
 同じ頃、アンジールも違う方角から空を見上げていた。
 きっとザックスは興奮しているに違いないと思いながら。


 * *


 一週間前。
 「なぁなぁ、この“特殊特別航空部隊”って知ってる?」
 ザックスが薄い冊子を開きながらアンジールに尋ねた。冊子は神羅の広報誌、その最新号だった。
 「あぁ、知ってる。航空機、この場合主に戦闘機だな、その開発と性能試験を主に行う部隊だが。お前、見た事ないか?」
 「ない。だって、部隊の所属基地、場所が場所だもん。あんなに遠くなんて、任務でもない限り行かないし行けない」
 航空機でも半日以上は優に掛かる場所にあるのだ、その基地は。しかも孤島だ。基地以外、他に何もない。
 「確かにな。まぁ、訓練は海上上空で行うからなぁ」
 「んでんで、アンジール。この部隊の飛行、見た事ある?」
 「あぁ、あるぞ」
 「あーっ!! 良いなぁー、俺も見たい見たいっ!! 凄いんだって、このアクロバット飛行。ほらっ」
 ザックスは写真を指差した。それは編隊飛行を行っている写真だった。
 「俺も一度だけしか見た事ないが、凄かったな。驚いたと同時に、感動した」
 「あー、羨ましい……俺も見たい。一度で良いから見たいっ!!」
 「滅多にこっちには来ないからな……。でも、そのうちいつか、見られるさ」
 「うん、そうだと良いな。来なくても、見に行こうかな」
 「その場合、仕事なのか休みなのか分からなくなりそうだな。仕事で行った方が、ラクに見させて貰えそうなものだ」
 アンジールはクスリと笑った。
 ザックスも笑って、広報誌の開いているページの端を折った。




 20130427

違う場所で同じ時刻に、空を見上げるふたりを書きたかったものです。
気付けば、アンザクらしくない趣味全開な話に。汗。
航空部隊のモデルは、言わずもがなの……。大好き☆
「Change Over Turn」「Fan Break」も、実際の飛行展示科目から。
あの驚きと感動は、もう最高です。あぁ、興奮して動悸が……。