(無題)


 あいつは甘えたがりだ。
 何でもないような時にあいつはそっと、まるで猫のように体を寄せてくる。それはふたりでテレビを観ている時や、本を読んでいる時、眠る前の穏やかな時間だったり。
 さりげなく俺の手に触れて、指先を絡ませる。背中や肩口に頬を寄せたり、額を付けたりする。
 こちらが何かに集中している時、それは例えば読書であったりもする、そんな時はあいつのしたいようにさせていた。
 決して無視したり放っている訳ではない。キリの良いところまで読み終えると、「待たせたな」と言わんばかりにその体を優しく抱き寄せる。
 その時のあいつは恥ずかしさもあるのか控えめながらに、それでもとても嬉しそうな顔をするものだから堪らない。
 時には首筋や耳朶に唇を押し当てられたりして、実は結構くすぐったい。
 でも、それが酷く熱を帯びていて舌先で肌を小さく舐められたりすると、さすがにこちらもすっかり煽られてしまう。
 そうするともう、手を付けていた事を止めざるを得ない。一冊の本をなかなか読み終えないのは、そんな理由からだ。


 * * *


 ザックスはリビングのソファに座り、ラインマーカーを手にしながら何やら熱心に本を読んでいた。
 見覚えがあるそれは、とある講義のテキストだった。そういえば、近く試験やらレポートの提出があると言っていたような。
 アンジールがふたつのカップをローテーブルに置いて、ザックスの隣に座る。ザックスの目線はテキストに落とされたままだ。
 「試験か?」
 「んー」
 集中しているらしく生返事。そっとテキストを覗いてみると、少し前に教えた部分だった。
 アンジールはこの部分が試験に出た場合、今のザックスには問題ないであろうと確信する。
 何故なら、ザックス本人が思っている以上に、彼はその項目を良く理解していたから。アンジールが試しに課した問題も、全て正解だったからだ。
 それでも、試験に備えて勉強する事は良い事だ。集中しているようだし、邪魔をしないようにしよう。そう思う心とは裏腹に、アンジールはザックスの髪の毛にそっと触れた。
 いつも彼がしてくるように、そっと。
 滑らかな感触の髪の毛を何度も何度も梳く。いつもは整髪料で整えられているけれど今は洗いざらしのままで、指の間を髪の毛が通る感触が少しひんやりとするようで心地良い。
 生え際は肌の色と髪の毛の色とのコントラストが美しく、こめかみを指の腹でそっと押した。
 「どしたの?」
 ザックスがチラッとアンジールの方を見て言った。
 「いや、別に。嫌だったか?」
 手の動きを止めずに返事をするアンジールに、ザックスは「嫌じゃないよ」と小さく笑いながら答えると、再びテキストの文字を追い始める。


 * * *


 碧く光る石を纏うこの耳元に、熱い吐息を吹き込んで、止め処なく溢れ来るこの思いを囁きたい。
 耳の後ろが弱い事はもう随分前に覚えた。唇を押し当てて、チュッと舐め上げるとその滑らかな肌を小さく震わせるんだよな。
 普段は制服で隠されている首元がこうして晒されていると、その白さに鮮やかな紅い印を幾つも付けたくなる。刻みたくなる。
 なぁ、声を聞かせてくれないか。俺だけが知っている、あの甘く切なくも艶めかしい声を聞かせてくれ。
 この愛らしい唇を淫らに濡らして、震わせながら。


 * * *


 「ん……、アンジー……ル」
 「何だ?」
 「う、ん……ぁ」
 いつの間にか床に転げ落ちたテキストとラインマーカー。アンジールは背後からザックスを抱き締める。滑らかな項に唇を寄せて、指先でザックスの唇に触れながら。
 ザックスは緩やかに息を上げる。アンジールの指先が唇を割り、自分の舌に触れて感触を確かめるように触られると、否応がなしに体の奥が熱くなる。
 シャツの上から胸元を探られて、ザックスは熱い息を零した。
 「なぁ、」
 脳髄に響くような低音の囁き。アンジールの唇が耳に押し当てられる。
 「お前を、今ここで抱きたい」
 自分を欲してくれているストレートな言葉に、ザックスは頬を染めた。嬉しさと恥ずかしさが同時に込み上げる。
 でも体は正直に熱を上げていて、ザックスは切なげに眉を寄せながら、胸元を彷徨うアンジールの手に自分の手を重ねる。
 「ぁ……、ここ……で?」
 「あぁ、ここで……お前とセックスしたい」
 お互いの指先をきつく掴んだのが先なのか、強引に振り向かされて口づけされたのが先なのか、もう分からなかった。
 ただ確かなのは、目の前の相手の全てだけ。
 ザックスは頭の奥が熱くなるのを感じた。アンジールが強く強く自分を求めているその事実に。
 多少手荒くも激しく熱い愛を打ち付けて欲しくて、ザックスはゆっくりと顎を上げた。



 もっと泣かせて。涙を啜るその唇が愛しいから。
 もっと泣いて。碧が溶けた涙が愛しいから。
 もっと溶けて。ひとつになりたいから。




 20130104