春眠
明るい中で眠るのが好きだ。
彼の気配を感じながら眠るのが好きだ。
ふと目を覚ましても、彼の体温を確認してまた眠る。
何て、幸せな。
* * *
小さく体を揺さぶられる。そして微かに聞こえる、自分の名を呼ぶ低音で柔らかく優しい声。
「……ザックス……ザックス、」
「……ん、」
カーテン越しに窺える窓の外の明るさから、時間帯が朝から昼になろうとしているのが分かる。空気は暖まり、ふんわりと春の色と香りを含んでいるようだった。
ベッドの上、肌触りの良い柔らかなガーゼを幾枚も重ねて仕上げられているケットの中から、ザックスが僅かに顔を覗かせた。
洗いざらしでさらさらの黒髪は軽く寝乱れて、滑らかな額に幾筋にもなって掛かっている。ところどころ跳ねているそれは、産毛が生え替わっている最中の小鳥のようで、何だかとても可愛らしい。
少し大きめでゆったりとした寝衣を身に着けて体を丸めるようにしているものの、踝から先がケットからはみ出している。
普段はブーツに隠されている部分の肌は、カーテン越しの陽に照らされて透けるように色白く、滑らかな凹凸の先には、綺麗に並んだ指先。
アンジールは思わず、骨の形を確かめるように踝に触れて、そっとさする。
「……んー」
くすぐったいのか、ザックスが僅かに身じろぐ。そして足先は静かにケットの中にその姿を隠し、小さく息を吐くような音が聞こえた。
ケットの中に顔を埋めるザックスの碧い瞳は、まだ瞼の裏に隠されたまま。
アンジールは小さく笑うと、ベッドサイドでしゃがみ込む。そして、ザックスへと静かに顔を寄せた。
「ザックス……、そろそろ起きないか?」
そっとケットを捲って、額に掛かる髪の毛を指先で退かす。こめかみに優しいキスをひとつ落として、そのまま声を掛け続ける。
「ザックス、ほら……起きよう」
「う、んー……」
ザックスは僅かに眉をひそめる。そして、薄い瞼と睫が震える。
「もうそろそろ、起きないか? 俺だけ起きてるのは、」
寂しいじゃないか。
* * *
起こす時はひたすら優しく、そして甘く。ゆっくりゆっくり根気良く、決して大声を上げたり無理矢理起こさない事。
食事は既に出来上がっている事。リビングから微かに漂う、香ばしく焼かれたベーコンの香り。スクランブルエッグには、彼が大好きなケチャップをたっぷりと。
ミルクが多めの温かなカフェオレには、角砂糖をふたつ入れるのを忘れずに。
そして、碧い瞳が漸く、アンジールの目の前にゆっくりと姿を現す。
「……おはよ、アンジール……」
「おはよう、ザックス。やっと起きたな」
アンジールの掌が頬を優しく撫で、瞼にチュッとキスされると、ザックスはこそばゆそうに、でもとても嬉しそうに笑った。
「何だかずっと……アンジールの声が聞こえてて、」
話しながら小さな欠伸をひとつ。
「ずっと起こし続けてたからな」
「うん、でもそれが凄く心地好くて、まだまだ寝たくて……でも、」
「でも?」
ザックスの両腕がゆっくりと持ち上がって、自分を見つめてくるアンジールの首に回される。碧い瞳に光が差し込んで、水のように透明で何て美しい碧。
「俺ひとりだけ寝てるのは、」
何だかちょっと、寂しくてさ。
20120602