いつものようにアンジールの部屋に転がり込む。
自分の部屋にいる時間より、彼の部屋にいる時間の方が圧倒的に多くなってから既に数週間。
お互いの気持ちは通じ合わせているから、このまま彼の部屋に住んでしまおうかと思う。現にアンジールもそう言ってくれるのだ。
しかし、いざ自分の荷物を運んでこようとすると、何故だか妙に恥ずかしくて、自分でももどかしく思いながらも未だ実行に移せないでいた。
もう、誰よりも大好きなのに。
「なぁ、アンジール。ちょっとパソコン貸してー?」
リビングのソファに座って雑誌を捲っていたザックスが、何か思いついたように立ち上がり、キッチンで洗い物をしているアンジールに尋ねた。
今日の夕食は、クリームトマトソースのパスタだった。
アンジールがリビングを覗きながら、「あぁ、構わないぞ」と返事をする。
「サンキュ」
ザックスは早速、ローテーブルの上に置かれているノートパソコンを開く。スリープ状態が解除されて、画面が明るくなった。
セキュリティの為、パスワードの入力を求められる。カーソルがチカチカと点滅している。
「っと……。アンジール、パスワード入力なんだけど」
声を掛け、ザックスはアンジールが洗い物を終えるまで待とうとした。さすがにこればかりは本人に入力して貰わないとどうしようもない。
しかし、キッチンからは水音と共に予想外の返事が返ってきた。
「ザックス、今から言うから良く聞けよ」
「えっ?! パスワードを?! ……って、良いのかよ」
「構わないさ。ただし、一度しか言わんぞ」
「あ、うんっ」
ザックスはキーボードの上に手を乗せると、パスワードを聞き逃さないように耳を傾けた。
キッチンのアンジールは蛇口から流れる水を止めて、ひとり小さくそっと笑みを浮かべる。そして、静かに目を閉じた。
「パスワードは以下である。……リマ、」
キッチンからリビングへと、アンジールの良く通った声が響く。
「オスカー、」
『これって……』
ザックスは驚きながらも、聞き逃さないように集中し、同時にキーボードを叩いて一文字ずつパスワードを入力していく。
「ビクター・エコー・ハイフン・ズールー・ジロ・ツリー・ナイナー。以上」
……カチ。
最後の一文字を打ち込むと、部屋が静まり返った。
『マ、ジ……かよ』
ザックスは耳の奥で、ドクドクと早鐘を打つ自分の鼓動を聞いていた。耳が熱い。
「復唱は?」
任務時と同じ口調のアンジールの声に、ザックスは慌てて返事をした。
「繰り返します。パスワードは以下である。
リマ・オスカー・ビクター・エコー・ハイフン・ズールー・ジロ・ツリー・ナイナー。以上」
「間違いない事を認める」
声を近くに感じてザックスがキーボードから顔を上げると、目の前にアンジールがタオルで手を拭きながら立っていた。
「アンジー、ル……あの、これ……」
ザックスが見上げる。アンジールが蒼い双璧を細めながら「開けただろ」と聞くので、ザックスは慌ててエンターキーを押した。
パスワードが認証され、通常のデスクトップ画面が表示される。しかし、ザックスはそれどころではない。
「…………」
「どうした、これでネットでも何でも使えるぞ?」
「う、ん……あのさ、さっきの……パスワード、」
「一度しか言わないと言っただろ」
アンジールが上体を屈めて、ザックスの両頬に手を添える。そして、額にチュッとキスをした。
おとなしくキスを受けるザックスだが、パスワードをもう一度聞きたくて仕方ない。
出来れば、きちんと。
「でも……お願い、もう一度」
ザックスはアンジールの腕をグイと引っ張る。「座れ」と促された形になったアンジールがザックスの隣に座ると、ザックスはそのまま体を傾けてきた。
「もう一度?」
「うん、聞かせて」
「そんなに聞きたいのか?」
彼が小さく笑うのが分かった。きっと自分の耳や首筋は真っ赤になってる。だって熱い。
それでも、
「聞きたい。きちんと聞かせて、よ……」
ザックスはアンジールのシャツの胸元を小さくキュッと握った。
「仕方ないな」
視線が重なる。見つめ合ったのを合図に、唇を重ねた。チュッチュッと啄むような甘い口づけの合間に、アンジールが熱く囁くように言葉を紡ぐ。
ザックスの濡れた唇に、何度も何度も。
『お前を愛してる 有り難う』
20120310
フォネティックコードを使いたくて書いたもの。
パスワードは「LOVE-Z039」。これにコードを当てはめると、
Lima Oscar Victoe Echo - Zulu Zero Three Nine
発音は本文参考。
※フォネティックコード Phonetic Code
無線通話などにて、英数符号を口頭で伝える際に正確に伝達するためのコード。