ピアス


 「んー……」
 さっきからザックスは、左耳の耳朶を気にしている。指先で探るように触れては離し、また触れる。
 隣で本を読んでいたアンジールは、ページを捲る手を止めた。
 「どうした?」
 「ん……ちょっと調子良くないかな、って」
 栞を挟んで、パタンと閉じられる本。その音から立派な装丁の分厚い本だと知れる。アンジールは本をローテーブルの上に置くと、ザックスの方を向いた。
 「どれ、見せてみろ」
 「うん」
 そっと左耳をアンジールに向ける。掛かる髪の毛を耳に挟んで、耳朶が晒された。小さな碧い石がキラリと光る。それがはめ込まれているピアスホールの周囲が、少しだけ赤くなっていた。
 「どうなってる?」
 「少し赤い。心持ち、腫れてるかな」
 指先で耳朶にそっと触れて、裏側も確認する。耳朶とキャッチャーの間も、やはり少し赤みを帯びていた。
 「あー、やっぱり。昨日からちょっと、違和感感じてたんだよね」
 もう何年も前に開けたピアスホールは安定して、滅多な事では炎症を起こしたりしない。それでも、極希にこうして調子が悪くなったりする。そういう場合は大抵、蒸し暑い日が続いた時だとか、物凄く疲れた時だとか、無理な力が加わった時だとかだ。
 「消毒した方が良いぞ」
 「うん」
 ザックスがピアスを外そうとした。
 首を僅かに左へ傾ける。そのまま左手で耳朶裏のキャッチャーを掴み、右手で碧い石をそっと掴む。
 パチン。
 小さな音が響いて、耳朶を貫いていたピアスが外される。ザックスの掌に転がるピアス。
 「どうしたの?」
 ザックスが、ソファから立ち上がりかけたまま動きを止めているアンジールを見上げた。
 「え……あ、いや、何でもない。消毒薬持ってくる」
 「うん」
 アンジールがリビングから出る。ひとり分の重さを失ったソファは、小さくふわりと揺れた。ザックスは掌のピアスをぼんやりと見つめる。
 「別に、良いのにさ……」
 小さく唇を噛んだ。


 「どうかしてる……」
 洗面所に据え付けられている棚から、消毒薬を取り出しながらアンジールは呟いた。
 ピアスを外す。その動作に心が掻き乱されてしまった。
 目の前に自分がいるのに、あのほんの僅かな間だけ、ザックスには「自分の指先と耳朶とピアスだけ」だったのだ。
 彼を貫く小さな金属。もう何年も、いつもずっと、彼を貫いている小さなピアス。
 「…………」
 消毒したら、暫く外しておいた方が良いのだろうか。それとも、はめておいた方が良いのだろうか。ピアスをしない自分には分からなかった。でも、もしはめておくならば、この手ではめさせて貰おうと思った。
 小さな碧い光をこの手で、彼の耳朶にはめてみたい。
 貫いてみたい。
 アンジールはザックスが待つリビングへと戻って行った。