(無題)
向かい合って座るテーブル。湯気の上がるふたつのカップにはそれぞれ、ブラックのコーヒーと甘いカフェオレ。
図書館から借りてきた本を読んでいるのはザックス。
少し前に話題になったミステリー。博識な主人公が友人にうんちくを垂れているシーンが、数ページに渡って続いていた。正直読み飛ばしてしまいたいところだが、「あそこのシーンを乗り切れば、後は一気にラストまで行くぞ」と言った友人の言葉を思い出す。よって、もう少し頑張ってこのうんちくに付き合う事にした。
ノートに向かって何やらペンを走らせているのはアンジール。
仕事だろうか。それとも個人的な覚え書きだろうか。サラサラとペンの音が小さく響く。彼の手に握られているのは、ボディの光沢がとても綺麗なボールペン。聞けば、1stの筆記試験に受かった時に自分で記念に買ったらしい。それなりに高価だったとか。本当は万年筆にしようか迷ったそうだが、普段は専らパソコンで書類を作成してしまい、ペンの類はたまにしか使わないのでボールペンにしたのだとか。万年筆はある程度使ってやらないと、ペン自体に良くないそうだ。
ページを捲る音。ノートの上にペンを走らせる音。カップの中身を飲む音。
それらが時折聞こえるだけで、後は静かな夜だった。
いつの間にか、ページを捲る音が消えた。
ザックスはアンジールの手元を見ている。書かれている文字を読んでいる訳ではない。ただ、彼によってノートに文字が書かれるのを見ていた。白い紙に黒いインクで姿を現す文字。生まれ出る文字。
余白がなくなったので次のページに移る。腕がノートの上を、斜め上へ移動する。接地したペン先が、一瞬止まる。
トントン、トン。
ペン先が小さくノートを叩く。どう書こうか考えているのだろうか。それとも、ただ単に休んでいるだけなのか。
ザックスはアンジールをそっと見た。彼は瞼を閉じて、何かを考えているように見えた。
トン。
アンジールがゆっくりと目を開く。目の前のザックスをチラリと見て、視線は再びノートに落とされた。
ペンが文字を綴り始める。しかし、それは数字だった。
11
「?」
ザックスはアンジールが計算でも始めたのかと思った。
11 12 32
「あ」
ザックスが気付く。そして、その頬をゆっくりと淡く染める。
11 12 32 44 93
アンジールの手からペンが静かに転がる。彼の手を離れたそれはゆっくりとノートとテーブルの上を転がって、ザックスの前で止まる。それをザックスが拾った。ノートに腕を伸ばして、そのまま数字を綴る。
15 94 75
カタン、と椅子が音を立てた。頬に触れる掌。見つめ合う瞳。ほんの少しの恥じらいと、沢山の嬉しい気持ち。
そっと、テーブル越しのキス。
「愛してる」