・ザックスと女性の描写があります。
上記条件が大丈夫な方のみ、どうぞ。
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『今回はちょっと頭に来たから。もう』
「知らない、っと……送信、完了!」
ザックスはパタンと携帯端末を折りたたんで、ベッドへと放った。
取り敢えず、外に出よう。部屋着から着替える。履き込んだデニムは汚くない程度に色落ちしている。外は寒そうだから、寒冷地用に支給されている薄手のインナーを着た。市販の物と比べると保温効果は抜群だ。その上からオフホワイトのニットを着る。薄いがアルパカ混なのでそこそこ温かい。
細かな部分のデザインがちょっと洒落ているコートは、今年新調したもの。色は黒。個人的に、派手な色はダウンコートと決めているのだ。大きめのフードに縁取られているフェイクのファーが、袖を通した時に首元をフワリとくすぐった。
マフラーは差し色アイテム。なくても寒くないけれど、首回りに何か巻くのは好きだ。特に今日はニットがオフホワイト、コートが黒だから、寒色のストライプ柄で少々長めのマフラーにした。ラフに巻いたら出来上がり。
カードキーに財布、それから。
ザックスはベッドに放られている携帯端末をチラリと見た。
「……義務だから致し方なし、か」
緊急の呼び出しがかかる事もあるので、端末は常に携帯していなければならない。でも、こういう時は本当に厄介だ。ザックスは掴み取ると無造作にコートのポケットに突っ込んだ。
「候補は2本、時間が合えば両方もあり!」
上映中の映画のタイトルを頭に浮かべながら、魔晄の瞳を隠すためにレンズに薄く色が付いた眼鏡を掛ける。そしてザックスは部屋を出た。
* * *
「ザックス……?」
「え……あれ……?、何でいんの?」
結局、上映時間が合わなくて1本のみを鑑賞して映画館を出たところだった。突如声を掛けられたザックスは驚いて立ち止まる。
目の前には同じ年齢ほどの女性が立っていた。出で立ちはアウトドアのブランドやアイテムで統一され、非常にアクティブな印象を受ける。ややウェーブのかかった明るい栗色の長い髪の毛は緩やかに編まれて、ヘアクリップで器用に纏められている。足元のブーツにはボリュームがあり、膝上の巻きスカートからスラリと伸びる足を包んでいるのは、幾何学模様の厚手のタイツとレッグウォーマー。見るからに暖かそうだ。斜めがけしているショルダーはメンズ仕様で、彼女が持つと些か大きいような気もするがそれが全体とマッチしている。
ほぼ空になりかけているLサイズのドリンクカップを手にしたまま、ぽかんとしているザックスを見て、彼女が僅かに眉を顰める。
「“何で”とは失礼しちゃうわね。映画を観たからに決まってるでしょ」
そう言いながらも、彼女は楽しそうに笑っていた。
「……ひとり? もし良かったら、コーヒーでもどう? あ、もしかしてまだコーヒー苦手?」
彼女の発言にザックスは肩を上下させながら苦笑した。
「今の俺は、コーヒーは得意でっす」
ザックスの言葉に彼女が笑った。耳元のピアスがキラリと光った。
*
取り敢えず、近くにあるセルフサービスのカフェに入って腰を落ち着けた。先に席に戻ったザックスの前には大きめのカップがひとつ置かれているだけだが、彼女はトレーにカップを乗せて戻ってきた。見ると、数枚のクッキーとスコーン、そしてホイップが絞られている。
「久し振りだから、ついね。あら、結局カフェオレじゃない。コーヒーとはブラックの事を言うのよ」
彼女の雰囲気なのか口調なのか、それともふたりの間柄なのか。ザックスには全然嫌味に聞こえない。こういう遣り取りができる相手なのだ。
そしてザックスは思った。この「久し振り」は、「こういう店自体に入るのが久し振り」だという意味だと。彼女は数年前にミッドガルを離れたのだ。そして、基本的なライフラインすら整っていないような地ヘと旅立った。自分が持てるだけの荷物と、情熱のみを連れて。
彼女がコーヒーを一口飲む。カップに口を付ける時、伏し目がちになるのはあの頃と変わらない。
「驚いた?」
「そりゃあ、勿論」
「元気そうね。体の線が……逞しくなった感じ」
彼女の瞳が眩しそうに細まった。
「あの頃と比べると少しはな。一応、訓練しているし……」
「当たり前。貴方たちが頑張ってくれないと、こっちは困るのよ」
フォークでスコーンにホイップを乗せながら、彼女は淡々と話す。
「分かってる」
「毎日毎日……紛争で沢山の人が、死んでいくわ……」
「あぁ」
それなのに、こんな風に暢気にコーヒーを飲んでいる自分。ザックスは伏し目がちにカップを置いた。その様子に彼女が気付く。
「ごめん、別にこんな話をしたかった訳じゃ……」
「分かってる、気にするなよ。しかし、何故ミッドガルに……?」
気付いてしまったけれど、気付いていない振りをしていた。見なかった事にしてしまいたかった。でも、分かってしまった。あの頃の自分が何度も見つめて触れた指先。その指先が時折少しだけ、ほんの少しだけ不自然に震えている。
彼女がおもむろに右腕の袖を捲った。あの頃より、日に焼けた肌。腕の内側に、大きな傷跡が走っていた。
「医者なのに、前戦に出過ぎたわ……。処置があまり良くなかったみたい。だから、意識が薄らぎながらも、自分でオペできればと何度も思ったわ。これだけじゃない、中もそこそこ……、ね」
「神羅の医療センターへ?」
「えぇ。適合率が高いらしいから」
「お前、まさか……」
彼女の瞳が一度ゆっくりと、瞬いた。
「この瞳の色は、今日で最後かもしれないわね」
*
何故泣いているのかと、彼女が問う。
分からない。気付けば泣いていた。
何に対して泣いているのか、自分でも分からない。
分からない。
「相変わらず、泣き虫ね」
「違、う」
「……うん、ごめん。ごめんなさい」
抱き締めていたのに、なのに、自分が抱き締められている。
ただ、涙が止まらなかった。
かつて滑らかだった皮膚の上を走る、線。
それはまるで大地を裂く地割れのようで、空を切り裂く稲妻のようで、瞼の裏に鮮烈に焼き付いた。
* * *
エレベーターの階数表示を見上げる。それは途中で止まる事なく、規則正しい点滅で一階へと近付いてくる。
「……おっと」
「あ……」
音もなく開いたエレベーターの先には、アンジールが立っていた。
「連絡がつかないから、来てみたのだが……」
「…………」
扉が閉まってしまいそうだったのでアンジールが出ようとすると、ザックスは手で押さえて無言のまま箱の中に乗り込んだ。アンジールは何も言わず、そのまま扉を閉める。そして、ザックスの部屋の階数ボタンを押した。
築年数の割には比較的綺麗な建物だった。ザックスはロックを解除するとアンジールを中へと通す。アンジール曰く「足の踏み場もなかった」部屋は、今では随分こざっぱりとしていた。アンジールの指導の賜物か。
「……ごめん」
コートも脱がずに、ザックスがぽつりと呟く。アンジールは無言のまま、小さく首を左右に振った。
「お前を傷付けてしまったのは俺だ」
「……傷付いて、傷付けた……、俺は……」
「ザックス?」
また涙が溢れ出して、でもそれを拭う事もせずにアンジールに抱き付こうとしたのと、アンジールが抱き締めようとしたのは同時だった。
胸が、痛い。きつく綴じた瞼の裏側に、
変色し、引きつった皮膚。小刻みに震える指先。口元を押さえた指の間から滴り落ちる、赤。
結局この腕は何も守れないのか。彼女をあんな体にしたのは、めぐり巡って自分ではないのか。
それなのに、自分はそれらから逃げるかのように、こうして彼に縋り付いている。
俺はなんて、
* * *
これは無理だ、思った以上に拒絶反応が出ている。事前の適合試験では何も問題なかったのに。無理矢理、適合させますか? しかし、それには本体の損傷が酷すぎる。
いじりすぎだ。
『……き……こ、え……、っての』
エラー音ばかりが響いている。やっぱり合わないのか……。
痛みはない。痛覚が麻痺しているのが分かった。開かないとばかり思っていた瞼が開きそうだったので、そおっと力を入れてみる。ほんの少し、僅かに視界が開けた。
照明に反射して、赤黒くぐちゃぐちゃしたものや、そこから四方八方に広がるコード類が見える。
『さい、あ……く』
損傷した部分を有機人工物で補う生体ネットワークの適合はどうやら失敗らしい。「適合率はかなり高い」って説明だったじゃないの。嘘つき。
自分の皮膚に走る傷を見て、苦しそうに瞳を細めた彼を思い出した。胸の奥が切なく痛む。
視界の四方から徐々に色が落ちて、靄がかかってきた。手術台の照明は眩しくて痛いほどなのに、今はそれが柔らかい光となって自分を包み込んでいる。目縁から涙が一筋、伝い落ちた。
音が、遠退く。
『わ、らっ……て……よ』
薄れ往く意識の中で、最後に思い出したのはあの空のように碧い……、
20140223