034.戯れる


 冬の午後はあっという間に夕暮れの空気になる。太陽の位置が低いため、日差しが奥まで差し込む。それが路面に反射して、方角によってはとても眩しい。まるで目の前が白くなってしまうかのようだった。
 中央に大きな池を擁する公園は敷地がとても広く、都会の中のオアシス的な存在だ。木々の種類も豊富で、場所によっては紅葉が楽しめる。
 アンジールとザックスは買い物へ行く途中なのだが、天気が良いので遠回りして公園の中の遊歩道を歩いていた。休日は親子連れを始めとした公園を楽しむ人々で賑わっているが、平日の午後はさすがに人も少なく、時折散歩をする人やランニングを楽しむ人と擦れ違う程度だった。
 「あ、猫」
 落ち葉を踏みしめる音を無言で楽しんでいたふたりだったが、突如ザックスが声を上げて足を止めた。アンジールがザックスの視線の先を辿ると、そこには一匹の猫がいた。猫はけやきの木の根元からこちらを窺うように顔を覗かせている。ミルクティーのような優しい毛色の猫だ。
 ザックスはしゃがみながらゆっくりと猫に近付く。これ以上近付いたら逃げてしまうかも知れないという、何となくそんな気がする距離を保って、掌を上にして腕を伸ばした。
 「おーい、こんにちはー」
 指先をヒラヒラさせると、猫は大きな瞳で興味深そうに見つめてくる。そして、足音もたてずにするすると側に寄ってきた。しかし、ザックスの横を通り過ぎて、アンジールの足元に近寄る。靴の先を探るように見つめ、そっと鼻先を近付けた。何やらにおいを嗅いでいるようである。暫しそれを繰り返すと、猫の頭の中で結論が出たのか、アンジールの足に頭や体を擦り付けてきた。
 「ちぇー、アンジールの方がお気に入りかよー」
 唇を尖らせながらもザックスは笑顔だった。足元を猫に纏わり付かれているアンジールを見るのも悪くない。
 「ふふ、可愛いな」
 時折喉の奥をゴロゴロと言わせている小さな生き物に、アンジールも自然と笑みがこぼれる。
 「な、猫って良いよな。飼いたいなー」
 「無理だがな」
 「うん、分かってる」
 いつ何時、何処へ出撃させられるかも分からない自分たちに、生き物を飼う事は出来なかった。観葉植物の鉢植えの世話だって、やっとだ。
 アンジールの足元に纏わり付いていた猫が、不意に顔を上げた。何かの気配を察知したのか、微動だせずに耳を立てている。
 「あ、」
 ザックスが小さく声を上げるより僅かに早く、猫の方が先に気付いた。向こうのけやきの根元に、黒い猫がいる。体の殆どは黒だけれど、何故か足先だけが白いのでまるで靴下を履いているようだった。落ち葉を小さな音を立てて踏みしめながら、黒い猫はゆっくりとこちら向かってくる。
 「にゃあ」
 柔らかな鳴き声がしたかと思ったら、アンジールの足元にいた猫はするりとその場を離れて、自分へと向かってくる黒い猫へと駆け寄った。二匹はまるで暫くぶりに会うかのように、互いの体を寄せ合って頭を擦り付けている。長い尾がふわんと動いて、絡まった。
 「仲間かな。親子かもしれないな」
 「凄く仲が良いから、恋人かもね」
 その可愛さと仲睦まじさに、自然と笑みが浮かぶ。ふたりはそっと指先を繋いだ。


 * * *


 「あーぁ、猫になりたいなー」
 「何故だ?」
 「だって、いつでも撫でて貰える……」
 「いつでも撫でてやってるじゃないか」
 体を擦り寄せてきた恋人をアンジールは優しく抱きしめ、その背中をあやすように撫でた。掌から伝わってくる温かな体温に、ザックスは嬉しそうにフフと笑った。
 「それにさ、猫はいつだって抱いて貰えるし」
 厚い胸板に額を寄せて、ザックスは目を閉じる。この胸に抱きしめられる度に、恥ずかしがっていた頃の自分が今となっては懐かしい。もう幾度となく、時折この何処かむせ返る森のような香りのする素肌に、自分のすべてを重ねてきた。
 「お前は猫のように、可愛らしく膝に乗るどころじゃないだろ」
 クスリと小さく笑いながら、アンジールはザックスの背筋を指先でなぞった。背骨をひとつずつ数えるようにゆっくりと、そして艶めかしく。同時に小さな吐息が宙に放たれる。
 腰骨の形を確かめるように指の腹で撫で上げると、ザックスは身動いだ。思った通りの反応が嬉しくて、アンジールは蒼い瞳を小さく細めた。ザックスが伸び上がるようにして、アンジールの首筋に顔を埋める。小さく、すん、と鼻を鳴らした。
 「どうした?」
 「……甘えたいだけ」
 「そうか」
 幾分体温が高い体を両腕で抱き締めながら、アンジールはザックスの髪の毛の中に顎を埋めた。少しだけ湿り気を帯びた髪の毛が肌を撫でる。首筋に濡れた熱さを感じた。
 「好きなだけ甘えればいいさ」
 「もし、俺が猫になったら……沢山の猫の中から、俺の事を見つけてくれる?」
 その見かけに似合わず、年下の恋人は時折こんなに可愛らしい事をいうのだ。それが全く以て堪らない。
 「大丈夫さ、ちゃんと印を付けておくから」
 そしてアンジールはザックスの体を引き上げると、その白い胸元、ちょうど浮き出た鎖骨の辺りに静かに唇を寄せて甘く吸い上げた。
 「猫に、なりたい」
 「お前は俺の……、」
 耳元でそっと囁く。すると次の瞬間、ザックスの顔が朱に染まった。
 「あんた、何言ってんの……、バカ」
 恥ずかしさを隠すようにギュッと抱き付いてくるザックスを受け止めながら、アンジールはシーツを引っ張り上げた。




 20140108