026.拗ねる(すねる)


 「よし、そこまで」
 アンジールの掛け声に、ザックスを含めた6人の2ndは手の動きを止めて、覗き込んでいたディスプレイから顔を上げた。同時に、小さく息を吐く音が方々から聞こえてくる。
 神羅が独自に開発し、組織全体で使用しているコンピュータのOSが先日新しいものに入れ替わった。
 すべてを今までとは大きく変えてきた今回のヴァージョンアップは、スタート画面から大胆に変更され、慣れるまでは使い難いであろう事が必至だった。よって、各方面では多少の作業効率低下も懸念されていた。
 しかし、システム開発の担当者曰く、今回は満を持してのヴァージョンアップであり、かなりの自信を持っているとの事が、広報誌のインタビューでも書かれていた。
 突き詰めれば肉体労働者であるソルジャーとて、コンピュータとは無縁と言う訳にはいかない。アンジールたち1stも開発の段階からテスト版を渡され、モニターとして意見を求められてきたのである。そして、完成版の講習会も受けて、本日日付変更と同時に現場での本格的な運用が開始されたのである。
 「あーもーっ!! コレ、すんごく使い難いっ!!」
 ザックスは椅子に座ったままで勢いよく両腕を真上に突き上げると、ブンブンと振り回す。アンジールは自分の予想通りの行動をしたザックスに、呆れながらも唇の端で小さく笑った。最初は操作に戸惑うであろう事は充分予想していたので、今日の演習の内容を急遽変更したのである。
 本来の予定ならば、今日は「肉体の動き〜武道の動作を中心に〜」とのテーマで、古より伝わる武道に於ける体の様々な動作をあらゆる角度から考察し、負荷が少なく、且つ効率的な肉体の動きとはどのようなものかを実践を交えながら説明しようと思っていた。
 しかし急遽、先述のような理由で新OSの講習会と相成ったのである。
 「だから説明しただろう? 慣れるまでは使い難い、と」
 「そうだけどさぁ……」
 唇を尖らせながら、ザックスはチラリとディスプレイを見つめた。隅に表示されている時刻は正午を少し回ったところ。自分の腹時計の正確さに、我ながらさすがと思う。
 隣のデスクに座っていたカンセルも、こめかみを押さえながら言う。
 「使い慣れたら慣れたでいいんでしょうけど……、やっぱりなぁ」
 皆がそれぞれに感想を述べ始める。アンジールはその様子を静かに眺めながら、気になった意見を素早くメモに残す。ある意味、これを望んでいたと言っても過言ではない。現場の意見は開発の上で重要だ。自分が彼らからどんどん意見を吸い上げて、上に報告しなければ現場の状況は何も変わらないのである。
 「さぁ、時間も時間だし、昼にしよう」
 「待ってましたーっ!!」
 ザックスがグッと拳を握る。
 「が、しかし」
 アンジールが腕組みをしながら言葉を続けた。
 「今日は昼飯も、仕事の内だ」


 * *


 アンジールの後に続いて、一向は然程広くはないが給湯設備の整ったミーティング・ルームへと移動した。コの字型に並べられているテーブルの上には、何故か非常に大きな鍋と段ボール箱大のコンテナボックスが並べられている。遠征先などに荷物を運ぶ際に利用しているそれは、とても見慣れたものだ。
 「今日の昼飯は無料だ。有り難い事に一食分が浮くぞ」
 月末ともなれば、皆、懐事情は似たようなものだ。アンジールの言葉を聞いた途端、部屋が俄にざわめく。
 「その代わり、味やパッケージング、その他すべてに於て有意義な感想・意見を述べる事」
 一瞬、部屋が静まり返る。
 「これって、もしかして」
 「ちょっ……まさか」
 「俺、前回も当たったぜ……」
 皆が顔を見合わせながら、不安そうな表情で口々に言い合う。アンジールはやれやれと息を吐いた。
 「仕方ない、これも仕事だ。諦めろ」
 そう言いながら、一番前に座っていたザックスに大きな鍋を手渡した。
 「皆の想像通り、今日はレーションの試食会だ。ザックス、取り敢えずたっぷりと湯を沸かしてくれ」


 *


 「レーション」とは所謂「携帯食糧」の事である。
 下された命令内容にもよるが、遠征先や任務先に必ずしも調理施設が整っているとは限らない。野外では尚の事である。清潔な食堂で主食と副菜が揃い、温かい物は温かく、冷たい物は冷たい、そんなきちんとした食事が取れるのは、神羅ビルでの内勤時くらいのものである。市街地では制服のまま飲食店に入るのも、任務以外では原則禁止されている。だが、事情を知っている馴染みの店などを持っている場合は別だ。
 そのような訳で、一般兵は勿論の事、ソルジャーも1stから3rdまでクラスに関係なく、各人の胃袋が非常に世話になるのがこの神羅製のレーションである。先人曰く「腹が減っては戦は出来ぬ」とはまさにその通り。空腹が満たされれば精神的にも落ち着き、眠る事が可能となる。それは体力・気力の維持にも繋がり、ペアからグループ、果ては隊全体の士気へも直結している。
 ソルジャーなので数日間は、不眠不休で戦い続ける事も理論上可能である。また、薬を投入する事によって空腹を感じさせない、若しくは満たす事も可能である。しかし、これらの行為は最終的な緊急手段であり、余程の事がない限りは極力回避すべき事とされている。その昔、肉体的に問題がなくとも、精神的に異常を来すケースが続発したからだ。
 ソルジャーひとりの「維持費」に年間莫大な経費がかかっているため、外部を始めとする多方面から、現有ソルジャーの人数をはじめとして、それにはまったく関係のない事柄までもが挙げられ、色々と難癖を付けられる事も日常茶飯事である。その辺りの対処は組織の大きさも手伝ってか手慣れたものだが、アンジールが廊下を歩いていたりすると、何処からともなくスルリやってきた赤毛のタークスが「大変だぞ、と」なんてぽろりと愚痴をこぼしたりするのである。
 さて、そんなこんなで今日の昼食は、レーションである。品質と技術向上のために、定期的に新製品のサンプルが作られ、現場で一番多くレーションを食するという理由で、ソルジャーが試食を行う事になっている。ちなみに、行われる日程等は何故か一切分からず、ザックスは一度アンジールに尋ねた事があるが、彼も良く分からないとの事だった。実施前日、若しくは当日の朝に連絡と共にサンプルを詰めたコンテナボックスが教室なり遠征先なり、果ては自室まで届けられるのである。驚くやら呆れるやらである。要するに、抜き打ちで行われるのだった。
 「別に俺はそんなに嫌いじゃないんだよねー」
 壁一枚隔てた別室でザックスは仲間の反応を思い出しながら、給湯器から鍋に湯を注ぎ、更にそれをコンロにかけた。
 自分は基本的に「雑食」だと思っている。要するに好き嫌いなく何でも食べる。有り難い事に体質的に食べられないものもない。この事はソルジャーの適性にも関わってくる部分なので、ある意味「丈夫が取り柄」な体に産んでくれた両親には感謝しなければならない。
 取り立ててグルメな訳でもないし、かといって極端な味覚音痴でもない。「空腹は最高のスパイス」と言うが、出されたものはいつでも何処でも大体美味しく食べられる。以前、「それは凄く幸せな事だし、ソルジャーとしても有利だ」とアンジールに言われて、自分の事ながら改めて感心し、自信を持ったものだ。
 ザックスの指導教官でもあるアンジールが、彼の年上の恋人となっておよそ半年の月日が流れていた。恋仲である事は当然周囲には秘密にしながら、ザックスはすっかりアンジールの部屋に自分の生活拠点を移しつつあった。そんな中で大きく変化したのが食生活である。自炊をしなければと頭の隅で思いながらも、忙しさにかまけてついつい食堂のお世話、ともすればインスタントや出来合いのものですませていたザックスに、料理全般が得意なアンジールはせっせと食事を作って食べさせた。栄養バランスが良く、愛情のこもった食事のおかげか、夜もぐっすりと眠れるし、そのおかげで日中の集中力は以前と比べるとすこぶる高くなった。それでもアンジールから言わせれば、まだまだ足りないらしいが。
 そんな生活をしつつも、ジャンクフードの類いが嫌いになった訳では毛頭ない。時折無性に食べたくなるし、仲間と一緒に満喫する事もしばしばだ。
 気付くと、鍋から湯気が立ち始めている。
 「そろそろ沸きまーす」
 充分に沸騰してから、ザックスは鍋をコンロから下ろして運んだ。一般家庭には大きすぎるくらいの巨大な鍋だ。
 「この上に置いてくれ」
 アンジールの指示によりカンセルが携帯コンロをテーブルの上に置くと、ザックスはゆっくりと鍋をその上に置いた。コンロを点火して沸騰状態をキープし続ける。その間、他の者たちはコンテナボックスの中身を取り出してテーブルに並べ、中に入っていたチェックリストで種類と数に間違いがないかを確認する。
 「種類と数に間違いはありません」
 「よし、間違いない事を確認した」
 そしてアンジールはチェックリストに署名を行った。
 テーブルの上には缶詰とレトルトパウチ、ビニールで真空包装されたものなどがずらりと並べられていた。皆どれもOD色と呼ばれる茶色に灰色を混ぜたような独特の色をしている。
 「今日のメニューは……」
 アンジールが手元の端末を操作すると、壁に設置されている大型モニターにメニューが表示された。サフランライス、ラザニア、鶏肉のトマトソース煮込み、コールスローサラダ、ビスケットに五穀パン。飲み物はコンソメスープとハーブティー。嗜好品としてチョコレートとガム。
 「新たにラザニアか……グラタンはなかなか美味いよな」
 「コールスローサラダってのが微妙だ。まさかフリーズドライじゃないだろうなぁ、おい」
 「チョコレートとガムって、組み合わせが……。間違っても同時には口に入れられないぜ」
 「溶けるっての!! でも、何でバナナ味なんだよ。どうせならバナナチップを入れればいいのに」
 若さと勢い、期待も手伝ってか、レーションの試食を行う時は毎回こんな様相、つまり非常に賑やかである。アンジールは缶詰のひとつを手に取ると、パッケージこそ変わり映えしないそれを見ながら、味を期待して湯が沸き立つ鍋に投入した。


 *


 基本的にレーションを食器に盛り付けたりはしない。遠征先でも基地や本部にいる1stは別として、どのような状況下でも素早く食べる事が可能な食事とされているので、中身の形態と共にパッケージングも工夫されている。レトルトパウチされている米の場合は、滑らかに取り出せるように油分が多い。副食はチューブ状になったものもある。包装から直接食べるのが基本だ。
 しかし、試食の時は別である。最初の数口は直接食べるが、残りは食堂から借りてきた食器に盛り付けて食べる。ザックスは鍋から取り出した缶詰を開けた。ラザニアだった。美味しそうな匂いが鼻を刺激する。
 「あー、美味そう!! そういえば、この缶、いつもより開けやすいかも」
 プルタブの形状に改良が行われたらしい。
 「あ、美味い! しかもこれ……このラザニアって、“サルデーニャ”の味に似てないか?」
 温まった各レーションを食べながら、ラザニアを一口食べたひとりがそんな事を言った。恐らく店の名前だと思われるが、ザックスは知らなかった。確かにこのラザニアは美味いが、関係あるのだろうか。
 すると、思いがけずアンジールが返事をする。
 「お前、良く分かったな。このラザニアの監修をしたのは“サルデーニャ”のシェフだそうだ」
 「へぇー、やっぱり。どうりで風味が独特だと思った」
 「俺、この前、その店やっと行った!」
 次々と声が上がる。聞くと、最近ミッドガルでちょっとした話題になっているイタリア料理店らしい。オーソドックスな味に、主にスパイスにや特製調味料によって独特の捻りを加えた料理が特徴だ。ディナータイムは少々値が張るが、ランチタイムはリーズナブルな価格設定で男女問わず人気があり、行列ができる事も珍しくない。
 「カンセル、その店知ってるか?」
 ザックスは何となく小声になって、隣でサフランライスに鶏肉のトマトソース煮込みを載せているカンセルに尋ねた。
 「勿論。最近、流行りだからね。結構美味いぞ。小綺麗な店だから、女の子と行ったら喜ぶんじゃないかなぁ」
 情報通のカンセルの事だから、恐らく知っているだろうとは思っていたが既に行った事があるとは。自分は全然知らなかったので、何となく何処か羨ましいような気持ちになる。
 「アンジールさん、行った事あります?」
 「あぁ、一度だけな。打ち合わせと称して、ディナータイムに行った」
 「何かカッコイー!!」
 「ランチとはやっぱりメニューが違うんですか?」
 その店について次々と話題が出てくる。
 『アンジール、行った事あるんだ……ふーん』
 胸の奥が燻るようにチリッとする。

 あ……、

 そのほんの僅かなチリッとした痛みは、質の悪い小さな棘のように徐々に自己主張を始め、じわじわと痛みの範囲を広げる。咀嚼して飲み込みかけたラザニアが、喉の奥で酷く重い粘土のような塊となり、危うく噎せそうになる。咳き込みそうになるのを我慢して、何でもないように水の入ったグラスを掴むと胃袋に流し込んだ。
 喉の奥がきゅっと掴まれたような感覚。耳の後ろから項にかけての辺りが、ぞわりと気持ち悪い。
 悔しいというよりも、何故か泣きたくなる。鼻の奥がツンとした。
 悲しいとは異なる何とも表現し難い、若しくは適切に表現しする事を拒否したいのかもしれない、そんな思いに戸惑いながらも、ザックスは皿の中を覗き込むように少し俯き加減で二、三度瞬く。
 良かった、涙は出てこない。
 会話に加わるタイミングをすっかり逃してしまったザックスは、尽きる事なく弾む会話を何処か遠くで聞きながら、目の前の食事を食べる事に専念した。


 * *


 アンジールが各方面への報告を済ませ、緊急で開かれたミーティングに出席し、本日のすべての仕事を終えて自室に戻ったのは午後11時を少し過ぎた頃だった。
 「ただいま。……ザックス、寝てるのか?」
 玄関を始め、部屋の奥へと続く大して長くない廊下は既に照明が落とされている。いつもならどちらかが先に帰ったら、もうひとりが帰宅するまで最小限の照明は点けておくのに。普段とは異なる様子にアンジールは首を傾げる。リビングも静まり返っていた。
 「もう寝たのか」
 僅かに開いている寝室のドアの隙間から、細く灯りが漏れている。アンジールはゆっくりとドアの内側へ入った。ベッドの上にブランケットの大きな塊ができている。頭の天辺から足の爪先まで、ザックスはすっぽりと埋もれている。ここ最近は別に肌寒い訳でもないし、今も適温適湿だと思う。
 『ふむ……』
 アンジールは片眉を僅かに上げた。これは完全に眠っている訳ではない。所謂、「ふて寝」の類いだ。さて、その原因は如何なるものか。まぁ、おおよその予想は付くのだが。
 アンジールは自分でも呆れつつ、愛おしく且つ可愛らしいと思ってしまうベッド上の塊を横目に、クローゼットから着替えを取り出すとバスルームへと向かった。
 寝室にドアの向こうから微かな水音が響いてくる頃、アンジール曰く「愛おしくて可愛らしい塊」が、もぞもぞと動く。洗いざらしの髪の毛が姿を現したかと思ったら、ザックスがそろりと顔を出した。辺りの様子を窺うようにして、そっとドアに背を向けて体を丸める。
 「帰ってきたんだ、アンジール。声くらい掛けてくれてもいいのに……って、寝てるって思うか、これじゃ。別にさ、拗ねてる訳じゃないし、ふて寝とかじゃないんだけどさ」
 「違うのか?」
 「ッ!!」
 突如振り落ちてきた声にザックスは慌てふためいて振り返る。そこにはミネラルウォーターのボトルを手にしたアンジールが立っていた。
 「ふ、風呂……、入ってるんじゃ」
 「あぁ、湯を張ってるところだ。お前、間違えて栓を抜いただろ」
 あぁ、そういえば。最近、自分の方が帰りが遅くて風呂も後に入る事が多かったから、ついうっかりバスタブの栓を抜いてしまった事を思い出す。そうこうしているうちに、アンジールはさっさとベッドに腰を下ろし、気付けばザックスの目の前に蒼い瞳があった。
 「ご、ごめんっ、つい……。じゃ、俺、もう寝るからっ」
 「コラ、待て」
 ガバッとブランケットを頭から被って、ザックスは背を向けようとした。しかし、被ったまでは良かったが、その後は肩を押さえられて仰向けになってしまった。アンジールはザックスの両肩に腕を突くような体勢となる。
 「何をそんなに拗ねてるんだ?」
 「拗ねてなんかないっての!」
 ブランケット越しに聞こえてくる声はくぐもっていて、語気に勢いがあっても何だかクスリと笑ってしまいそうになる。
 「そういう物言いを拗ねてるって言うんだ」
 この期に及んで手足をジタバタさせているザックスを、アンジールはブランケットごとギュウと抱き締めた。徐々に抱き締める両腕の力を加えていく。
 「ちょっ……待っ、た、アンジー、ル……くる、し」
 当然の事ながらアンジールは全然本気など出していないのだけれど。アンジールはすんなりと両腕の力を緩めた。ガバッと目の前のブランケットが跳ね上がり、ザックスが顔を出した。
 「もっ……、苦しいっての! 窒息、する」
 「あれくらいで窒息する訳ないだろ。仮にしたとしても、俺が直ちに蘇生させてやる」
 妙に自信に満ちた顔にザックスは悔しいかな胸の奥をキュンとさせる。この人は嫌になるくらい本当にカッコイイのだ、何もかもが。
 そう思うと何だか急に全身の力が抜けて、ザックスは抵抗するのを止めた。
 「ほら、最初から素直にそうしてればいいのに。で、何で拗ねてたんだ」
 「……別に」
 「ほぉ……。なら、拗ねてる理由を俺の口から言って欲しいのか?」
 それはそれで、凄く恥ずかしい。ザックスはブンブンと首を左右に振った。そんなザックスの頭を撫でて、アンジールは目の前の滑らかな額に軽いキスを落とした。
 「……すまなかったな」
 頭ごと優しく胸に抱かれる。ザックスは、鼻を小さくスンと鳴らした。
 別に謝らなくてもいいのに。でも、こうしてこの人に謝らせてるのは、俺なんだな。
 何でも最初は……初めては、「一緒がいい」と思うのは、我が儘なんだろうか。
 「ん……俺も……、ごめん」
 小さな呟きに、アンジールは抱き締める腕の力を少し強める事で応えた。
 拗ねたり強がったり、そうかと思えば、しゅんとしたり泣きそうになったり。
 年下の恋人が目まぐるしくクルクルと表情を変える度に、自分も右へ左へと振り回される。
 しかし、これが年の功というものであろうか。彼より幾らか年上のおかげで、然程苦になることもなく、ともすればそれを楽しんでいる自分がいるのであった。
 アンジールは小さく笑う。
 『さて、どう伝えようか』
 教育係でもある立場上、彼のオフの日程は当然把握済み。既に店にディナーの予約は入れてある。こちらの希望を伝えて、特別メニューを準備して貰う事にもなっている。しかし、敢えて当日まで予定自体を内緒にしておこうか。
 「……ル……、アンジール?」
 「ん、何だ?」
 「何、ぼんやりしてんだよ」
 「いや、俺は本当にお前の事が好きで好きで堪らないなぁ、と思っていたところだ」
 「はぁ? どしたの? ま、いいけどね」
 俺もそうだから、なんて言いながらザックスは満面の笑みを浮かべて、アンジールにギュウッと抱き付いた。




 20130629