「はあぁぁぁ」
向かい合って座っている目の前で、ザックスが盛大な溜息をつく。もう何度目だろうか。
「落としたものは仕方ないんだ。再試は再試だ」
アンジールは手にした端末の画面を見ながら言った。そこにはザックスのあらゆるパーソナルデータが表示されている。当然の事ながら、成績も。
「それはそうなんだけどさぁ……ああぁ、何でっ!!」
思い出しても悔しいのか、ザックスは自身の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた後、またしても大きな溜息をついた。肩ががっくりと下がる。
必修科目である講義の試験が先日実施されたが、ザックスはとんでもないミスをしてしまった。解答欄をひとつずらして書いてしまったのである。それさえなければ合格点だったのだが、如何せん解答がすべて間違っている事になるので、結果再試となった訳である。この件についてはザックスの教育係でもあるアンジールにも当然連絡が入り、然るべき指導をしてくれと伝達があったのだ。
「ザックス、お前は少し落ち着きに欠けるんだ」
アンジールは両腕を組んで、ザックスの方に向き直る。
「あらゆる状況下でも、物事を冷静に判断しなければならない。これはソルジャーにとって、そして上に立つ立場となる者にとって非常に大切な事だ」
2ndといえども、ザックスもソルジャーである。今はまだ経験がないものの、いずれ彼も一般兵等に指示を出す側になる時が来るだろう。その際、指示を出す側が冷静さを欠いて混乱していたら、全体の混乱を生じさせかねない。アンジールはそこをザックスに押さえて欲しいのである。
「分かるだろう?」
「うん……」
ザックスはしょんぼりと、しかし素直に返事をした。自分でも分かっているのである。分かっていても、なかなか思い通りにいかない。それは重々承知していた。勢いだけでは通用しないのである。
俯き気味のザックスにアンジールは小さく息を吐いて、彼の頭にポンと掌を乗せた。そろりとザックスの顔が上がる。
「解答自体は九割以上合っていた」
「えっ……、ホントに?」
解答自体は合格点とは聞いていたが、よもやそこまで高得点とは予想外だった。碧い瞳が驚きで大きく瞬く。
「あぁ。凄いじゃないか、よく頑張ったな」
アンジールは優しく笑いながら、大きな掌でザックスの頭を撫でた。頭を撫でる掌の感触が心地良くて、ザックスはそっと笑みを浮かべた。
「だから、あまり落ち込むな。内容が理解できていない訳ではないから、落ち着いてやれば次は大丈夫だ。そうだろう?」
余程自分が落ち込んでいるようにアンジールには見えたのだろう。事実、落ち込んではいるのだが。慰めて、元気づけようとしてくれているのが良く分かる。
「うん、ありがと……。あ……あのさ、アンジール」
「何だ?」
ザックスはいつしかアンジールの手を取って、感触と体温を確かめるように握っている。
「うん、えっと……」
「何だ、急に……」
そうは言いつつも、アンジールはザックスの言葉を待つ。だが、何故か待てども一向に続きの言葉が出てこない。その代わり、手を握る力が強くなる。
『何を今更……というより、相変わらず、か』
ザックスの意図を読み取って、アンジールは僅かに蒼の双璧を細めた。おもむろに椅子から立ち上がると、繋いだ手を引いてザックスも立ち上がらせる。そしてそのまま引き寄せて、彼の体をふわりと抱き締めた。
「…………」
ザックスは静かに両腕をアンジールの背中に回した。安堵感に包まれる。
「お前にはできる。大丈夫、俺が保証する」
「ん……、ありがと」
不安な時、落ち込んだ時。そして自分でも分からないけれど、どうしようもなく寂しい時。ザックスはこうしてアンジールの体温を求める。それはただ、手を繋ぐだけでもいい。肩を寄せ合うだけでもいい。自分の体の何処か一部が、アンジールに触れていればそれで良かった。
もう、知ってしまった。すべてを包み込むかのような彼の温かさと優しさを。そして、対を為すように存在する、激しさも。
「フフ……慰めて欲しかったのか?」
「うん」
恥ずかしがるかと思いきや素直な返事に、聞いた自分が逆に恥ずかしくなってしまうようなこそばゆさを覚える。
「妙に素直だな」
「んー……」
アンジールの胸元に自分の額を押し付けるような仕草をして、ぎゅっと抱き付く。背中に回されている手がシャツを掴む。甘えるような仕草は、ザックスがアンジールを深く求めている合図だった。
ザックスの顔をそっと上げさせると、その滑らかな額にちゅっと小さなキスを落とす。
「さて、どうしたい?」
アンジールは少し意地悪く笑った。目の前の頬が少し膨らむと同時に、薄紅色になる。
「聞くなよ……、今更」
「そうだなぁ」
そう言って笑いながら、アンジールはいつの間にかザックスのシャツの前をはだけさせていて、露わになった鎖骨を優しく撫で上げた。
「なぁ、アンジール」
「何だ?」
「何でもない、呼んだだけ……」
ザックスの瞼が閉じるのと、シャツがパサリと乾いた音を立てて床に落ちたのは同時だった。
20120909