001.焦がれる


 ザックスは何度目かの寝返りを打った。
 ベッドに入る前、一応綺麗に敷いたシーツは、もうくちゃくちゃと皺が寄っていたし、枕は妙に温かいし、足元付近のブランケットは何故だか裏返っている。
 眠れない。
 精神が昂ぶっているのが自分でも分かった。しかしそれは、不快な昂ぶりではなかった。
 基本的にソルジャーの精神力は一般人のそれと比較すると強靱なものだが、極度の戦闘状態や凄惨な現場が長く続いたりすると精神が必要以上に昂ぶり、それらはストレスとなって心身共に悪影響を及ぼす。そうならないように、安定剤や睡眠薬の類は、時と場合によって強制的に処方される。
 それは逆の事を言えば、意図的に精神を昂ぶらせる事も勿論可能な事を示しているのであって、状況によってはそのような状態にさせられてから、若しくはさせてから出撃する事も稀にあったりするのであった。それは本当に極希なのだけれど。
 任務や作戦の内容によっては、開始時から展開中、そして終了までリモートで自動的にバイタルチェックが行われる。その際は予め、チェック用の超小型のカプセルやらを注射器で体内に入れなくてはならない。
 実はザックスはこれがあまり好きではなかった。別に注射が嫌いな訳ではない。その場に居もしない奴等に自分の事を常時監視されているようで、それが何だか気に入らないのだった。そうは言っても、既にソルジャーである時点で、自分には本当の「自由」と言うのもがないのかもしれない。
 この体は生きていようが死んでいようが、重要機密事項の塊なのだ。

 眠れない。
 ザックスの精神は、相変わらずゆるゆると昂ぶっている。その昂ぶりは、甘いのに苦くて、ほんの少しだけ切ないもの。
 『ザックス』
 自分を呼ぶ彼の声音が、耳の奥でよみがえる。自分を見る蒼い瞳は、同じ魔晄の瞳なのに全然色が違う。とても綺麗だ。「良くやった」と言いながら、頭を力強くも温かく撫でられて、思わずビックリした。
 でも、凄く嬉しかった。思わず顔が赤くなってしまいそうで、誤魔化すように「子供扱いするなよ」と叫んだ。彼は「悪かったな」と言いながら、楽しそうに笑っていた。
 もっと、話がしたい。もっと、側にいたい。もっと、もっと……。
 「アンジール・ヒューレー……」
 ザックスは彼の名前を呟いた。掠れたような呟きは、そっと薄闇に溶ける。
 半月ほど前に自分の教育係に就いた1st。教育係とは毎日嫌でも顔を付き合わす事になるのだが、ザックスはいつも朝が待ち遠しくて堪らない。そして、夜が長くて堪らない。
 「会い、たい……」
 無意識の呟きに、自分でも思わず動揺してしまった。恥ずかしい。でも、その通りなのだと思ってしまう。
 会いたい。もっと、もっと……会いたい。
 会いたいと思った時、いつでもすぐ、会えればいいのに。
 ザックスはもう一度寝返りを打つ。そして、ブランケットを頭から被った。柔らかくて温かい小さな空間で、ザックスは瞼を閉じる。眠るためではなく、思うために。眠気が訪れるその時まで、この街の何処かにいる彼の事を思う。
 1stの部屋は2ndのそれと比べると、とても広そうだ。彼はもう寝ているだろうか。まだビル内にいるのかもしれない。もしかしたら、緊急の任務で招集されているのかも。
 携帯のメモリーに、彼の電話番号とメールアドレスは入っているけれど……。
 こんな時間に、しかも急用でも何でもないのに連絡したら、変に思われるに決まってる。もしかしたら、怒られるかも。それより以前に今の自分には、彼に連絡する勇気なんて情けない事に持ち合わせていないのだけれど。
 きっと明日も指摘されるに違いない。呆れ顔で、でも笑いながら「また夜更かししたな?」と。
 「……あんたのせいだっての」
 自分勝手な言い分に、ザックスは思わず小さく笑ってしまった。胸の奥がくすぐったい。体が少し温かくなってきた。漸く眠気がザックスを優しく包み込み始める。
 「……アンジー、ル……」

 こんな自分、らしくない。誰かの事を思って、幾夜も眠れないなんて。恋焦がれるなんて。
 でも、こんな自分が、本当の自分なのかもしれない。
 だって、夜の魔法と言うには、あまりにもリアルすぎて。


 こんなにもこんなにも、あなたを深く恋い慕っているのです。




 20110927